インスリン 自己 免疫 症候群。 インスリン抗体

インスリン自己抗体とインスリン抗体/-第23回 インスリン抗体-HbA1cの他にもある、糖尿病の検査/糖尿病特集サイト/メディマグ. 糖尿病

インスリン 自己 免疫 症候群

糖質を摂取すると、血糖値が急激に上昇• それに伴いインスリンが大量に分泌される• その結果、血糖値が急降下• 低血糖状態になり心身に様々な症状が現れる• 代表的な症状は疲労感、めまい、うつなど• 治療の基本は食事療法• 血糖値を急激に上げない食材が有効 発症の機序などは次の記事に詳しく書いてありますので、まずはこちらをお読みいただくのがいいかもしれません。 有効な治療法はまだ知られておらず、食事療法が主な対処法となります。 それについては、次の記事を参考になさってください。 実例や体験談はネット上にもあまり公表されていませんが、2016年のAKB48の選抜総選挙で14位に入った岡田奈々さんが、選抜入りのスピーチで自分が機能性低血糖症(反応性低血糖症と同じ)であることを告白し、話題になりました。 そのことに関連した記事がこちらです。 加えて僕の高校生の長女が最近、反応性低血糖症と診断された経緯についても記事にしています。 ここまでは最近注目を集め始めている反応性低血糖症についてですが、今回お伝えするのは、ちょっと特殊な原因、「抗インスリン抗体」によって低血糖症が引き起こされる「インスリン自己免疫症候群」についてです。 インスリン自己免疫症候群とは インスリン自己免疫症候群とは、 血糖値を下げる働きをするホルモン「インスリン」に対して、抗体が作られてしまう疾患です。 この抗体を 「抗インスリン抗体」と呼びます。 (上図は抗体の分子構造のイメージです) 「抗体」とは、体内に侵入してきた細菌やウイルス、微生物に感染した細胞を抗原として認識して結合する物質のことです。 異物と認識した対象を排除しようとする生体の防御機構を担っているのが抗体というわけです。 自己の身体の一部を、何らかの原因によって「非自己」と誤認してしまい、排除しようとしてしまう作用を 「自己免疫反応」といいます。 体内で重要な役割を担っているインスリンを排除すべき異物と誤認して、抗インスリン抗体が作られてしまうのが「インスリン自己免疫症候群」なのです。 抗インスリン抗体はなぜ作られるのか 抗インスリン抗体が誤って作られてしまう最もよく知られた引き金は、糖尿病の治療で行われるインスリン注射です。 体外から投与されたインスリンを異物と認識して抗体が作られてしまうわけです。 この場合、投与されたインスリンに抗インスリン抗体が結合して、インスリンの働きを阻害します。 その結果、注射をしているのに効かない、つまり血糖値が高いまま下がらないという事態が起こります。 ですが、今話題にしているのは、このような糖尿病患者の例ではありません。 インスリン注射を受けていない人の体内で、抗インスリン抗体が作られてしまうケースがあるのです。 この体質にある種の免疫刺激が加わると、インスリンに対する抗体が形成されると考えられています。 これらの物質の構造の一部がインスリンのSS結合と呼ばれる箇所を切断し、それが自己免疫反応を惹起するというメカニズムが推測されています。 なぜ抗インスリン抗体が低血糖を引き起こすのか 普通に考えると、インスリンの働きを阻害する抗インスリン抗体ができると、血糖値を下げることができなくなって、高血糖を招いてしまうはずですよね。 ではなぜ、抗インスリン抗体が低血圧を引き起こすのでしょうか。 その理由は、この抗体の性質によります。 抗インスリン抗体は、インスリンとすぐに結合してその働きをいったんは阻害するのですが、結合力は比較的弱く、何かのきっかけですぐにはずれてしまいます。 そのため、 結合していたはずのインスリンが大量に抗体から遊離すると、一気に血糖値を低下させてしまうのです。 血糖値が急降下すると、動悸や手足のふるえなど様々な身体症状、そしてうつや焦燥感などの精神症状が現れます。 インスリン自己免疫症候群の治療 基本的には反応性低血糖症の治療と同じです。 食事制限ですね。 食事の回数を増やしたり、炭水化物の摂取を減らして低GI値の食品を取り入れたりすることで、急激に血糖値が上がらないように食事を工夫することが基本になります。 臨床例では、このようにコントロールすることで、抗インスリン抗体は、おおむね 3ヶ月以内で身体から消失すると報告されています。

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インスリン抗体(125Ⅰ結合率のみ)

インスリン 自己 免疫 症候群

来歴 [ ] (現)出身。 幼少期に開業医であった実父が急逝し、結核の母と自給自足で戦前戦中期を過ごした。 同時期に多数の親類や知人を病で失い、「人命を救いたい」として自らも医者を目指し、医学部に進学した。 1948年9月に同学を卒業後に大学院に進み、助手、講師などを務めた。 1960年から二年間の米国留学を経験し帰学。 1970年に世界で初めての症例を報告した。 1953年7月 九州大学。 論文の題は「血清内カリウムに関する研究」。 1969年10月から第一内科教授。 1974年5月には会長となった。 同年夏にはを企画し、自らも子ども達の指導とケアにあたった。 このサマーキャンプは今日も「小児糖尿病大山サマーキャンプ」として継続して開催されている。 1975年7月から第三内科教授となり、日本の大学病院初となる糖尿病センターを設立し初代所長に就任。 糖尿病センターは病院1号館内に設置されたが、単独建屋施設に入ったのは、1987年3月である。 1987年から副理事長、1990年から2年間、理事長となった。 理事長時代には"患者友の会"であった同協会を、医師・・患者たちの組織へと舵をきり、医療連携の強化を目指した。 1991年3月まで糖尿病センター所長を務め定年退職。 古巣である福岡に戻り、病院顧問として診療を続けた。 2014年2月15日、満88歳で没した。 インスリン自己免疫症候群 [ ] 「」も参照 1968年、九州大学講師であった平田の元に低血糖症状の発作を起こした患者が運び込まれる。 患者は注射やを服用しておらず、のによるインスリン過多も見当たらなかった。 平田はあるデータに着目した。 である。 抗体がインスリンと結合し、体内を巡る。 何らかのきっかけで分離したインスリンが血液中を大量に回り、低血糖症状を引き起こしていたのである。 1970年に学会でこの症例を報告したが、出席者たちは半信半疑であったという。 その後症例が多く報告され、平田説の妥当性が証明された。 同症候群はのちに「平田病」(平田氏病とも)と呼ばれた。 インスリン自己注射の適法化 [ ] が発見されたのはのことである。 欧米では早期に糖尿病患者に対するインスリン自己注射が解禁されたが 、日本ではや医師の根強い反対があり解禁とはならなかった。 1950年代後半に発売されたの存在が大きかったためである。 インスリン療法が必要な患者にとっては、週に何度か通院するか自費で購入するかしか方策はなかった。 平田は1971年に署名運動を始めた。 11万人もの署名を集め厚生省へ提出したが、この時も認可はならなかった。 一時期「長野方式」 と呼ばれる手法を用いた医師もいたが、1976年に厚生省から中止命令が出た。 経口血糖降下薬は効き目の強い薬剤であり、投薬量を誤った医療過誤による事故例が平田の調査では日本全国で500例近くに上った。 訴訟まで発展し、患者側が勝訴した事例もあった。 この後も平田は厚生省やへ月に何度をなく陳情を繰り返し、流れをつないだ。 1981年5月23日、はに対する答申の中で、インスリン自己注射の保険適用を認めるべきとし、同年6月1日から実施された。 平田の永年の懸案事項が解決した日であった。 この答申直前まで厚生大臣の職にあったもまた重篤な糖尿病患者であり、糖尿病の合併症である腎症を患っていた。 エピソード [ ] 在職中は多忙を極め超長時間勤務に加え、食生活も乱れた結果、自身もを発症した。 以後はを徹底したという。 弟子や患者たちからは「糖尿病の神様」として慕われた。 60歳になり医局員たちから祝いが送られたが、そのお返しとして平田はを配った。 これは医学教育の祖、の名言に肖ったものだという。 平田は1991年3月に行われた退官最終講義でもこの言葉を述べて、若い医師・学生への戒めとした。 「Listen to the patient, he is telling you the diagnosis. 」 (和訳)「患者さんの言うことをよく聞きなさい。 話している中に診断名があるのですよ。 」 — ウイリアム・オスラー、、さかえ 19ページ 著書 [ ]• 「糖尿病」 (共著)1957年 医学書院刊• 「糖尿病診療の実際」1965年 金原出版刊• 「糖尿病 -早期発見から生活指導まで-」 (共著)1970年 医学書院刊• 「食事療法シリーズ 糖尿病の食事療法」(共著)1973年 保健同人社刊• 「百万人の医学4 糖尿病」 1976年 読売新聞社• 「糖尿病の食事療法」1976年 金原出版刊• 「糖尿病ハンドブック」1980年 メジカルフレンド社刊• 「糖尿病カラーアトラス」 (監修)1981年 南江堂刊• 「糖尿病の正しい知識」 1981年 南江堂刊• 「糖尿病診療の実際」(共編)1982年 医学書院刊• 「糖尿病性腎症」(共編)1982年 医学書院刊• 「糖尿病」(共著)1984年1月 医学書院刊• 「糖尿病のマネージメント」(共編)1986年 医学書院刊• 「糖尿病性神経障害の臨床」(平田編) 1988年9月 現代医療社刊• 「糖尿病治療のこつ」 1989年11月 南光堂刊• 「糖尿病の治療」 1991年3月 文光堂刊• 「糖尿病の治療(追補版)」1993年10月 文光堂刊• 「糖尿病の治療 第2版」 2003年4月 文光堂刊 ほか多数 受賞 [ ]• 1976年 - :インスリン自己免疫症候群に関する研究• 1987年 - 第1回ハーゲドーン賞:インスリン自己免疫症候群に関する研究• 1992年 - 日本糖尿病学会第6回坂口賞• 2009年 - 第2回 インスリン自己注射問題の解決に対して 脚注 [ ]• 141• 九州大学医学部. 2014年6月27日閲覧。 東京女子医科大学. 2014年6月27日閲覧。 博士論文書誌データベースによる• DIABETES NEWS No. 141• 日本糖尿病協会. 2014年6月24日閲覧。 東京女子医大病院. 2014年6月22日閲覧。 2014年6月22日閲覧。 さかえ 18ページ• 50年のあゆみ 99ページ• 50年のあゆみ 116ページ• JLogos. 2014年6月20日閲覧。 メディカルオンライン. 2014年6月20日閲覧。 医師がインスリン注射を施し、残ったインスリンを患者に渡し、自己注射を行って経過を報告させるという方式である。 朝日新聞 1981年5月24日朝刊13版 3面• 50年のあゆみ 98ページ• 朝日新聞 1984年4月2日夕刊4版 1面• 渡部亮次郎. 2014年6月26日閲覧。 小倉第一病院 - 病院新聞. 2014年6月22日閲覧。 2014年6月22日閲覧。 鈴木万平糖尿病財団. 2014年6月24日閲覧。 参考文献 [ ]• 「糖尿病の治療(追補版)」平田著 1993年10月 文光堂刊 奥付• 「糖尿病の治療 第2版」平田著 2003年4月 文光堂刊 奥付• 日本糖尿病協会• 「月刊糖尿病ライフさかえ」2014年4月号 日本糖尿病協会刊 18-19ページ 「訃報 平田幸正元理事長を偲ぶ」•

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【低血糖症の特殊な例】「インスリン自己免疫症候群」とは

インスリン 自己 免疫 症候群

インスリン自己免疫症候群 [ ] インスリン自己免疫症候群とは、空腹時低血糖・血清免疫反応性インスリン高値・血清中のインスリン自己抗体の存在、の3つで特徴づけられるである。 最初の症例は、1970年にらによって報告された。 別名 平田病(平田氏病とも)とも言われる。 の患者では、自然発生的な低血糖発作の原因としては、・膵外腫瘍についで3番目に多い。 60歳代の発症が多いが、の若い女性患者も少なくない。 男女差はない。 病態生理 [ ] 約半数において、低血糖発作の4-6週間前に、-SH基のようなを持つ薬剤(メチマゾール・カルビマゾール・・・・イミペネムなど)を投与されているため、薬剤誘起性の現象と言われている [ ]。 インスリン自己抗体はに結合する。 しかしこの結合は弱く、インスリンと自己抗体が解離して中の遊離インスリン濃度が上昇すると、空腹時に低血糖を起こすと考えられている。 しかし一方、食後に分泌されたがに結合して直ちには働かないため、をもきたす。 インスリン自己抗体の多くはポリクローナルで、クラスに属する。 低親和性・高結合能のと、高親和性・低結合能のの2種類があり、前者が低血糖発作に関連する。 臨床症状 [ ] 空腹時低血糖とそれによる低血糖症状(動悸・冷汗・ふるえなど)を起こす。 遊離C-ペプチドとインスリン自己抗体の結合したプロインスリンを反映し、中C-ペプチド濃度も上昇している。 抗C-ペプチド抗体・抗インスリン受容体抗体は検出されない。 治療 [ ] 頻回に食事(1日6回など)をしたり、低血糖発作時以外には甘い食物を避けるなどが推奨されている。 予後 [ ] 大多数は予後良好である。 3ヶ月以内に自然寛解し、薬剤中止の4-12ヶ月後にインスリン自己抗体が消失する。 や治療を継続しても、インスリン自己抗体が自然消失したという報告もある。 インスリン受容体に対する自己抗体 [ ] インスリン受容体へのは、通常は他の自己免疫疾患(やなど)極度のインスリン抵抗性症候群Bを持つ患者に見出される。 低血糖は、受容体抗体によるインスリン様作用による。 このの作用は不明である。 脚注 [ ].

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