声 を 聞い たら すぐ 会 いたく て 電話 切っ たら すぐ 寂しく て。 萌えた体験談 <中学のときに肉体関係のあった女の先生と 完結編>

最近、すぐに涙が出てきます。歌を聴いたり、テレビを見たりして、一旦泣きだしたら声を上げて…

声 を 聞い たら すぐ 会 いたく て 電話 切っ たら すぐ 寂しく て

数年前に父を亡くし、母(70歳)は実家の九州で独り暮らしをしています。 実家は、昔ながらのしきたりの強い地域です。 私は一人っ子で、結婚して夫の仕事の関係で東京に住んでいます。 母親のことで、相談したいのですが、 母親は、友達が一人もいません。 ご近所にもいません。 趣味もなく、仕事も定年まで勤めていましたが、 仕事が忙しかったので、ご近所ともお付き合いできなかった。 習い事も行く暇がなかったと言います。 今となって、お茶する人もいない、娘は遠方に済んでいて、寂しい寂しいと、毎日何回も電話をかけてきます。 私も、毎日何時間も電話の相手をし、ネガティブな話を聞かされ、うつ病になりそうなくらい疲れます。 母には妹がいますが、妹とも仲が悪く、一緒に出掛けたことはないそうです。 母に、「高齢でも雇ってくれる仕事あるし、体が動くなら気分転換にみつけてみては?」 「趣味をみつけて、通ってみたら?新しい出会いあるかもよ。 」 と言いますが、やりたいことがない、いまさら友達なんかみつけたくないなどと言って、話が進みません。 とにかく、毎日が娘娘娘で、依存している感じなんです。 孫にも会わせるために、年3〜4回帰省もします。 こちらに勝手にアポなしで遊びに来るときもあります。 主人もさすがにびっくりして、嫌な顔をします。 このような母親は、珍しいでしょうか? 私自身、母のような性格にはなりたくないですし、 趣味もない、友達もいない、子供にばかり依存する人間になりたくないです。 どうしたらよいでしょうか。 ユーザーID: 0020895719 70歳で定年まで仕事をしていたなんて 専業主婦で当然、働いていもパート程度の女性が多い中、 定年まで働いていたのはすごいことだと思います それなのにもっと働けだなんてひどすぎる 男性が定年後、無気力になってしまうのに 似ているのではないかと思います 70歳にもなれば新しいことをするのも大変なことでしょう 仕事をしながら家庭のことをし、趣味をするなんて、とても時間がありません 今では、旅行も映画もトピ主の母親が働いていたころに比べたら ハードルが低いですが、母親が現役のころは、今よりもハードルが高かったと思います 家事もほぼしなくてもよい 仕事も卒業 することがない けれど、今更趣味と言われても何も思いつかないのも当然だと思います 孫(お子さん)とLINEでもさせたらどうですか? 寝る時間だから 宿題の時間だから と トピ主の都合でLINEができる時間をコントロールできますし LINEを通して写真を送ったら喜ぶと思いますよ ただ、突然来られるのは迷惑だ ということはきちんと伝えたほうがいいです トピ主が 母親みたいになりたくない とまでいうなんて、そこまでして働いて育ててもらった立場なのに 何なんですか? ユーザーID: 6475055964• はっきり言ってあげたらどうなの? 九州と東京で離れているから淋しいでしょうが、どうしようも無い。 トピ主さんが優しいのは素晴らしいと思いますが、うつ病になりそうなのに我慢する必要あるんでしょうか? 私ならはっきり言っちゃうかな。 依存しすぎ、私もうつ病になりそう、もう電話毎日かけてこないで、こっちからかけるから、くらいは。 九州まで年に3回って、頑張っていると思います。 かけてくるならもう帰省しない、くらい言ってみれば? 高齢化した日本で、若い世帯にしわ寄せがいくのは多少は仕方ないのかもしれませんが、お年寄りは言われないと自覚できないと思う。 私も娘に先日、話すときの声が大きい、と指摘されましたが、とてもこたえました。 それ以降非常に気をつけています。 母親は娘が大好きで、自分のことよりも幸せを願っていると思いますから、正直に伝えればトピ主さんが辛くなるほどには電話してこなくなると思う。 そして、突き離されれば自分で生き方を考えるのではないでしょうか。 自分を犠牲にして優しくすることが母親にとって一番の優しさなのかというとそうではないかもしれませんよ。 ユーザーID: 6577315066• 同じでした 年老いた親に同年代くらいのお茶飲み友達がいてくれた方がいいと思いますよね。 でもどうも年を取ってくると新たに友達を作るとか、誰かと知り合うなんていう気は更々おこらないみたいです。 考えただけでも面倒なのだと思います。 私の母も年をとるに従い友達も入院して会えなくなったり、亡くなった方もいて今は一人になってしまいました。 母は三姉妹の真ん中で姉と妹がいるけれど仲は良くありません。 おまけに電車で1時間程の距離に住む長女とも仲が悪いです。 私は次女で在外です。 母と長女がもっと普通の仲であったら心配の種もぐっと減るのですが困ったものです。 お母様の場合ペットをプレゼントしてみたらどうでしょうか。 動物が飼える環境であればいいのですが。 可能であれば飼いやすい性格の小型犬が良いと思います。 散歩へ毎日行くうちに顔見知りの犬友ができますよ。 何よりも動物に心が癒されて娘依存も減ると思うのです。 ユーザーID: 2245587976• どうにかしようなんて思わない。 …方が良いと思います。 …というかお母さんが外に目を向けて貰えば変わると思っても、本人にその気がないなら無理です。 娘は気を遣わず、言いたい事言えて都合が良いのです。 外の人は、気も使うし、楽しいとは限らない、面倒くさいんですよ。 娘さんに甘えてるのよ。 こういう方って結構多いですよ。 もう自分を棚に上げて周りの愚痴ばかり。 淋しい淋しいと訴えて、人に助けを求めてばかりの方。 私の母も同じですが、娘の私が突っぱねると、高齢の親に向かって…とか弱者をふりかざすのですが、その親の親の 祖母104歳 は、周りからなんとかしてもらうという受け身の人間でもなく、人との交流に充足感を覚えるタイプでもないので、淋しい?なにそれ?のタイプで、人の愚痴もなく毎日何だかんだと家事や植木なんかで時間が足らないと忙しくしています。 お母さんの電話はまともに取り合わず、娘は頼りにならないと思う様に仕向けたらどうでしょうか。 ユーザーID: 6172623666• 私も同じように思った!! もう10年も前ですが、母に友達でも居ればな〜って思って占い師さんに相談したことがあります(その時に信頼してた人) そしたら「貴方は好きでもない人と友だちになりたい?」って聞かれて、私も家でテレビを見てる方が好きなので「そうだね〜」って言うしかなかった。 お母さんも自分の人生を考えてるから、娘だからと口出ししないの!って言われました。 幸い娘の私に害がないので、今は母の思うままに過ごしています。 (健康に) もうさ〜娘を辞めて、母親と対等に話したら? 迷惑なら言わないとわからないのでは?(母親として良かれと思ってしてるんだろうし) もう十分に親孝行してるし〜言いたいことは言う仲になってみては ユーザーID: 7081829376• 突き放す 自分の気持ちは自分しか 折り合いをつけられないと思います 依存体質の人は、適度な付き合いが難しいですね 義母がそのタイプです 結婚当初、さみしいと言ってくるのがうっとおしく思いました。 夫も元気、娘も同居で何をいっているのか? 主人も家を出て10年もたつのに、依存心丸出しで苦手です 珍しくはないと思います 娘が嫁には出た時がピークでしたが、直ぐに戻ってきました 実家依存だと思います ダブスタ姑小姑のセットが完成です それはそれでうまくいっているようだし、 私はうまく逃げれてよかったのだと思っています 友達も親戚もいないのであれば、東京に呼び出すのは・・・・ ダメなのでしょうね 元気なうちに突き放すべきだとは思います でもね、人間何かに依存しないと生きるのが辛いと思います とはいっても 依存された方が辛いのならば、突き放すのは当然なので罪悪感を持つ必要もありません(難しいですけどね) ユーザーID: 0397677444• お気持ち分かりますが。 お母さまに厳しいなと感じました。 お子さんを育て、定年までお仕事を なさっていたことは簡単なことでは なかったと思います。 私自身はお母さまより7〜8歳下ですが。 根性ないし不器用ですので、寿退社して以後、 職についていません。 (ポスティングやモニター 会員にはなりましたが。 ) 大正生まれの亡き母は。 それこそ一回 退職したら再就職は今以上に厳しかった (のかな?)かと。 子育ても一段落し、 自分探ししているさなか、癌を患いました。 (自治体の講座を受講したりしていました) 余命一年と宣告された後だったかと思いますが。 私が20代後半だった頃です。 母亡きあと、私も結婚・出産し。 子どもが小学校低学年から約10年ほど。 書を習ったり、運動不足解消のために スイミングのウォーキングコースに 通ったり。 (スイミングは現在進行形 です) トピ主さまの思うようにお母さまを 動かそうとするのには無理があると 思います。 一点提案ですが。 トピ主さまの家に いらした時。 パソコンやらせてみては いかがですか? 興味を示したら。 お母さま宅にパソコンプレゼントして 差し上げたら? ユーザーID: 9872335757• お母様に同情的な意見があってびっくり。 一人娘に1日に何度も電話してきてかわいそうなんですか??娘の方がかわいそうでしょうに。 自分の生活もあるのにそんなに話にお付き合いして、トピ主さんはもう十分親孝行だと思いますけれど。 同じ世代の方が同情しているのですかね。 高齢化が進むと国が弱るっていうの、わかりますね。 ファミサポとか地域の見回りとか何にもやる気にならないのですかね。 うちの母親は私が結婚した時、毎日新居にかけてきましたね。 ちょっとびっくりしました。 3日目くらいで「いい加減にして。 」と言ったらそこで止まりました。 トピ主さんが東京に嫁いだ時点で、こういう日が来ることはわかっていたのだし。 ユーザーID: 6577315066• このトピックに飛びついてしまう 私もずっとその事で悶々と悩んでいます。 お仲間がいて嬉しいです。 母親って、恐らく何でも話せる同性は娘だけです。 原因はわかっているのです。 とにかくお高くとまってるのです。 表面上仲のよい友人らしき人は数人いますが、後であの人はどーだ、振る舞いがこーだともう不満ばっかり。 自分がいちばんこの辺りでは美しく洗練されて家柄もよく知性があると本気で思ってます。 確かにいくつかは当てはまりますが、それらを台無しにする部分があるのです。 最近引き気味の私に対し、突如怒りだしたり拗ねたり高圧的になったりして、別の姉妹と比較してきます。 それは昔からなんですけどね。 そして今では「若い頃の私にそっくり」とやらの私の娘に執着してます。 娘もそろそろ疲れているようです。 前提が違うんですよね。 母は、親子ってべったり何処へ行くにも何をするにも一緒に過ごす「べき」という考えなのです。 私はそれが重くて仕方なかったので、独りで過ごす時間も大切ですし、同じような考えの友人に恵まれ、基本独りで子らや友人とは程よい距離です。 母は私の何がいけないんだ?!と怒ってきます。 もうどうしていいかわかりません。 おまえは可愛くない、親不孝だ、という言葉に今も追いかけられています。 出来る事ならはっきり母に言いたいです。 「私はあなたの都合のいい親友ではありません」。 ちやほやしてくれて、絶対に刃向かわない、従順な親友役はもうたくさん。 ユーザーID: 5544199160• ペット やはり、お母さんが自信を取り戻して、残りの人生を、どう楽しめるかですよね。 息子を持つお母さんは、息子に迷惑をかけたくないと、仲良い人がいなくても、近所で話し相手を作るとか、踏みとどまるだろうし、子供がいなくてもともと頼らない人もいますしね。 そこへ行くと、娘だと愚痴を聞いてもらおうとかになるのかもしれませんが、 子育て中の娘ほど余裕がないものはないのかも。 お母さんが、強く元気になれるよう、同窓会もどきの会に出向いたり、趣味の会に行けように、センスのいい洋服が何かをプレゼントして、その気にさせる作戦とかは? まだまだ若いという風に思えるようなアドバイスは、娘さんならではのコツを知っているのでは? お母さん、いざとなったら、できるはずです。 とにかく、健康な脳と体を手に入れる方法は、テレビがやってくれてるし。 ユーザーID: 2657635981• 大変ですね。 70歳になったばかりの母で同じく(夫は10年前に鬼籍)九州田舎で一人暮らししています。 都会で暮らす子供たち世帯とは会うのは年に1回程度で、時々LINEで安否確認で電話してくれます、私からかけることはまずありません。 結婚して別な暮らしがある訳で親の面倒まで負担をかけたくないですね。 子供世帯が独立して幸せに暮らしてくれればそれで親の責任も終わりに近いのですから、親も老後を楽しく暮らすのが子供孝行にもなります。 70歳で友達もいないとはお母さんのこれまでの人生の結果とも言えるのではないですか、自己責任だと言えますよね。 定年まで仕事はしていたのなら(これは幸せですね)それなりの付き合い方は出来たでしょうに、子供が巣立てば親は寂しくなるのも分かり切っていたことなんです、結婚した娘に毎日毎日何度も電話する母親なんて可笑しいですよ。 お母さんは我が身可愛さだけの地球を自分で回し自己中人間に相当すると思いますよ。 70歳になるまで生きる知恵とか学ばなかった結果なんでしょうね。 老後の寂しさは特に不安は増しますよ。 健康への不安はかなりの物があると思います。 寂しさからの娘依存は無いです。 貴女の夫(婿)の事も考えなければいけない姑立場なのにね。 電話に毎回付き合うことも無いと思うし、ある程度突き放しも必要かもしれないです。 定年まで仕事はしていたのなら責任感や強さはあるはずです。 老後を楽しむ努力工夫はお母さん自身が見つけるべきなんです。 やりたかった趣味などもあるとは思うけど環境が違う場所に一歩飛びだす勇気がないんだと思う。 私は定年前に仕事は辞めて老後を楽しんでいます。 だって一度の人生だから若い頃から夢だった海外旅行も毎年するし、運動大好きなので長年やっているし、PC・ドライブ・カメラ・海外ドラマ・ガーデニングなど毎日暇な時間は無いです。 その為にも心身健康でなければいけないですよね。 ユーザーID: 7918795553• 親離れしましょう 私の母にそっくりです。 母親って、娘は面倒見るものって思っているせいか、娘の都合など考えずに好き勝手しませんか? どうでもよい事で職場に電話したり、押しかけてきたり… 私の家の合いカギを欲しがったり…絶対渡しませんでしたけどね。 いつも誰かにちやほやされていたから、美貌が衰えて相手にされなくなったら家に引きこもるようになり、こき使われた父が施設に入ってからは、悲劇のヒロインを演じていました。 何をしても気に入らず、私の悪口まで言い出したので面倒見るのがばからしくなり、施設に入っていただきました。 すぐ近くに住んでいましたが、10分おきに電話があり、出ないと親戚中に電話して迷惑をかけて、家族中でノイローゼになりそうでした。 今は認知症で、施設の方が優しくしてくれて満足して過ごしているようです。 ご自分の家族を第一に考えてください。 主さんのお母様のような方は、プライドが高そうなのでご自分から友達をつくろうなんて出来ないと思います。 既にご主人に嫌がられているようなので、余りはいはいと言うことばかり聴くのは止めたほうがいいと思います。 ユーザーID: 5303149402• 呼び寄せる 私も70歳ですが、ずっと専業主婦でした。 しかし、現在、お友達は一人もいません。 手のかかる夫はいますが。 もし、パソコンと小さな庭の野菜作りがなければ 私も、何もすることがありません。 パソコンがあれば、気晴らしができますし、 少しインターネット証券で株の売買があれば、 そちらの方に気が向いて、時間つぶしができます。 パソコンのskypeで、お孫さんとの会話もできるのでは ないですか?電話で毎日より、1週間に一度の skypeの方が楽しみになると思いますが。 ずっと働いてきた立派なお母さまなのですから、 たぶんパソコンにはすぐに馴染み、生きがいに なるような気がします。 ちなみに私は、娘には野菜などを送るときしか 連絡はしません。 今は、これから寝たきりにならない生き方、子供に迷惑をかけない 人生の終わり方などを考える毎日です。 それで精神修養として、道元の「正法眼蔵」(勿論現代和訳)で 心の鍛錬をしているところです。 お母さまにとって、何がいいのか?考えてあげて下さいね。 ユーザーID: 3106518934• 老人ホーム それか、一日一回安否確認の為に主様が同じ時間に掛けてあげる、時間も決めておくとよいかも知れません、10分間とか。 長話になる様なら、また明日掛けるからその時に続きは聞くねとかで、電話を切ったら良いと思います。 70過ぎてお一人なら主様も心配だと思います。 日々元気に過ごしていることが確認されれば余計な心配もしないで済みますから。 歳を取ると友達が居ても、家族が近くに居ても、配偶者が一緒に住んでいても寂しい気持ちになります。 友達云々と違う様に思います。 一日に何回も掛けてくると言うのは寂しくても異常です。 お母様も鬱の症状が出ているのかも知れません。 体の傷はすぐわかりますが、心の傷は中々解りません。 一度、病院にお連れして診察して貰うのも良いかも知れません。 親子です、疎遠にして何かあった場合、主様の後悔は半端ないと思います。 ユーザーID: 8529936544• そんなに簡単にいかないのでは? 定年まで仕事していて、そんなに急に友達ってできないと思います。 そのお年なら趣味つながりでもない限りは無理じゃないかな。 友達とかということではなく、気にしなければお茶する人ぐらいは自治体がやる何かに参加すればお付き合いもできるでしょうけど、根っからお母様はそういったことが好きではないんでしょうね。 娘の迷惑になってないかどうか、考えられなくなってるわけですから一日何度もというのは異常かな、、。 お母様の住んでる地域で開催されている何かお母様に合いそうなボランティアを探してあげたらいかがですか?多分ちょっとしたきっかけがないのだと思いますよ。 ユーザーID: 8006217016• うちの叔母が 叔母(75歳)がまさしくトピ主のお母様状態でした。 叔母は子供がいなくて数年前に叔父が亡くなりました。 友達…はいませんが、最初のうちは一人で旅行したり近所の人とカラオケ行ったりしてたんですが、そのうち毎日行ってた近くの温泉にも、歩いて30分ほどの叔父のお墓にもいかなくなり、引きこもり状態。 車で1時間ほどの距離の叔母の妹であるの私の母に1日に何回も「寂しい」「食べるものが無い」と電話してました。 「食べるものが無い」なんて言われて急いで行ってみるとちゃんと食べるものはあるし、もう別のもの食べてるし…。 来てくれることがうれしいようで帰るとなると「もう帰るの?まだいてほしい」と言ったり。 時には電気を1日中つけずに暗い部屋にTVも付けずにずーっといたり。 ある日私と母とで叔母宅を訪ねたらゴミ捨ても洗い物も何も手を付けてなくトイレも流してなかったり下着を下したままの状態で座り込んでました。 急いで叔母を病院に連れて行ったら老人性鬱と診断され一人暮らしさせられる状態ではないので特養老人ホームに入れました。 身体を動かすのが一番なんですけど 一度病院で診てもらった方がいいですよ。 薬でなんとかなる段階ならいいのですが、うちは手遅れでした。 ユーザーID: 4484461988• 書き忘れ.

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#1 call call call

声 を 聞い たら すぐ 会 いたく て 電話 切っ たら すぐ 寂しく て

友達がみんな離れていく。 寂しくて死んでしまいたい。 アラフィフ独身女性です。 最近更年期なのか、何もする気がおきず孤独感で死にたくなります。 ほんの2・3年前までは友人と旅行に行ったり、飲み会を したりして、それほど寂しくもなかったのですが、ここ数年で そういう機会もめっきり減り、年賀状も来なくなりました。 皆子供が大学受験などで大変な時期だし、どうしても 似たような環境の人や近所の人と付き合うようになってしまう のは仕方がないと思います。 でも土日などつい寂しくて、メールや電話をしてしまうことが 2・3ヶ月に一度くらいあります。 だけど、みんな留守電でメールの返事も返ってきません。 明らかに避けられている気がします。 昨日も半年位前に会った友人に電話したら、留守電でした。 切ったらすぐかかってきたので、名前を言うと 「・・・・あ、あ~~~、今電車の中だから。 」と切られました。 何の音もしなかったので、明らかに嘘だと思います。 半年前に彼女がデジカメで撮った飲み会の写真を メールで送ると言ってくれたのに、いつまでも送って来ないので、 (地方に嫁いだ友人に送ると約束していたのです。 ) 何度かメールや電話をしたのですが、何の返事もなく、 自宅に手紙を書き、忙しいところ悪いけど送ってほしいと 頼みましたが、数ヶ月経っても何の返事もありませんでした。 昨日の電話で彼女が私の番号を登録していなかったこと、 声や名前を聞いてもすぐに思い出せなかったことや 嘘をついてすぐ切られ、その後かかってもこないことから つい半年前には楽しく飲んだ仲間なのに、なぜそこまで 避けられるのかと泣きそうになりました。 しつこくしたり愚痴ったりはしていません。 過去のことは忘れて、これから新しい人間関係を作って 行った方がいいのでしょうか? とても寂しくてつらいです。 大丈夫ですか? お気持お察しいたします。 交友関係は広く浅くもっておくほうが得です。 損得だけではありませんが、ネットワークが広いほうがいろんな情報を得られますし、寂しくもないでしょう。 きっと、質問者様の交友関係が、今、子供の進学やいろいろあって旅行や飲み会どころではないのだと思います。 しかし、それにしても送ると約束した写真などをそのままにしてフェイドアウトする、年賀状をスルーする。 これは、友人に対してずいぶん失礼ですね。 失礼で、他人の気持や境遇をなんとも思わない人達だったということではないでしょうか? そういう人達は必要ないじゃないですか。 気遣い、優しさ、人を大切にする、そういう心がけのない友人、要りますか? 必ず人との出会いはあります。 もっと視野を広げて趣味などを持つように心がけでみませんか? 世の中、いろんな人がいます。 そんな冷たい人たちのことはちょっとおいといて。 家族を大切にし、ご近所にも目を向けてみてください。 いろんなことに気がつくと思います。 それから電話やメールだけが友達と繋がることではないと思います。 職場で毎日顔を会わせる人、趣味などを始めれば定期的に会う人もできます。 私事ですが、39歳でダンスを始めて交友関係が出来ましたよ。 今40歳ですが(笑) 周りにびっくりされました、よくその歳で新しいこと、ましてやったことのないダンスなんて始めたね~って笑われることもありますが。 歳なんて関係ないと思っています。 いろんな年齢層の人とお友達になれました。 10代から50代、なんと60代の方もいましたから! 私は、長い人生、人間関係はその都度シフトしていくものだと思っています。 いっとき仲良くしても、考え方や環境などが変われば縁がなくなることもあるのです。 いつまでも、同じ交友関係をグルグルとしているのはもったいないし進歩がないように思えます。 自分が変われば新しい人とも出会いがありますし。 頑張ってください!! きっと大丈夫ですよ! 結婚に出産、育児等でかつては仲のよかった何でも話せる友達すら何か話題が合わなくなったりしますよね。 独りだと本当にさみしさが募って取り残された孤独感で毎日がいっぱいになり、自分なんて生きてても誰も関心も無いんじゃないかとか、生きてる意味がわからなくなって死んでしまいたくなりますよね。 お気持ちは解ります。 友達から明らかな嘘をつかれたり、何度催促しても応答がなかったりする時は、もう無理に入り込むのはやめて距離をおいた方が良いと思います。 あなたはしつこく愚痴ったりしていないつもりでも、もしかしたらあなたの寂しさが彼女にとっては寄りかかられている気分になり少々重たく感じるのかもしれません。 彼女には彼女の生活がありますし、子どもさんがいれば尚更そちらに気がいくのは当たり前ですから。 ご自身でも書いていますが、新たな関係を作り出す時になっているのだと思います。 趣味の世界を広げてもいいし、地域の活動に参加してもいいのでは?? それは過去を忘れろという意味ではなく、過去の友達はひとまず距離を置いて…という意味です。 どうしても淋しくなるならメールしてもいいと思うけど、返信を待たない、又返信させる内容にしない事が大事になります。 見返りを求めないってこと。 いまのあなたは見返りを求めているから、友達が避けてしまうんだと思います。 少しでも淋しさが和らぎます様に… 友情や恋のように他者を利用した幸福は不安定だ。 いつ朽ち果てるか分からない。 少し揺らげばすぐに滅びる。 幸福は自分自身や物に求めよ。 これらは努力に応えてくれる。 人間関係はお互いに迷惑さえかけなければよいのだ。 それ以上親密になる必要はどこにもない。 人は孤独の中でこそ成長する。 他者に依存せず、自身の努力のみであらゆる困難を乗り越えてゆくのだから。 もちろん生きる為には生産者と消費者の関係のように他者に依存しなければならない事もあるが、努力を怠けて物事を達成する為や娯楽を生み出す為に他者を利用するのは愚行である。 友情や恋、出会いや絆… こんなものは全て「間違った幸せ」 他人を利用しなければ決して得られない幸せ 他者に友情や信頼、恋愛などを求めても思い通りに与えてはくれない。 ある時は友情は裏切りに、恋は失恋に、出会いは別れに姿を変える。 幸せを自分1人で作り出せない者は不幸だ。 孤独とは自由に生きれる貴重な時間。 誰にも邪魔されず、趣味、勉強、仕事に従事できる。 友達作りや恋愛はどんなに努力しても思い通りの結果にならないことが多いが、勉強はやればやるほど力はつく。 友達や恋人はいつ消えるか分からないが、趣味は自分がのめり込んでいる限り生き続ける。 学校やメディアは我々に友情や恋や人との絆はすばらしいという固定観念を植え付けてきた。 それが孤独を辛い悲しいものだと認識させている。 そう、我々は間違った幸せを教え込まれてきたのだ。 争いは人と人とが交わることから始まる。 恨みや憎しみは人と人とが親しくなることから生じる。 人と人との絆ほどたちの悪いものはない。 幸せには、友情も恋もいらない。 迷惑さえかけなければ人間関係はそれでよい。 後は自分の世界だけを見つめ、趣味や今やるべき事に人生を費やせばよい。 悲しいですけど、、、 友達なんてそんなものですよ。 私は既婚30歳の兼業主婦です。 私も質問者様と同様、若い頃は、 友達と女子会、国内・海外旅行と楽しんで来ました。 先に結婚し、出産して所帯染みてしまった友人達に、 結婚や出産の催促をされたり、 何時までも自由で良いね。 なんて嫌味を言われたりして、 絶対、結婚してこんな風になりたくないな。 と思っていました。 でも、それと同時に人は変わると学びました。 若い頃、深夜までした長電話、ファミレスで何時間もあーでも無い、 こーでも無いと語り合った日々、そんなものを何時までも引きずってたら ダメだと気付きました。 私は、今、旦那が居て仕事が有って、その隙間にたまに友達と会って、 だから全然寂しいと思いません。 質問者様には厳しいですが、質問者様が、変わらなかった、変わろうとしなかった つけが、今、回ってきてるのだと思います。 悲しく、悔しいなら、何時までも過去にしがみ付かず、 新しい出会いを求めてみては???.

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#1 call call call

声 を 聞い たら すぐ 会 いたく て 電話 切っ たら すぐ 寂しく て

和く輪く舎ってどんなとこ? 私が和く輪く舎と出会って、かれこれ10年になります。 息子はなんと14歳になりました! その間、密にセッションをお願いしていた時期、ちょっと離れていた時期・・・ といろいろとありましたが、やっぱり最後にたどりつくのは和く輪く舎! 一番最初は友人に誘われて・・・ 障害を持つ息子に良いだろうから・・・と声をかけていただきました。 私も友人が一緒だったからこそ、錦糸町まで行く気持ちになりましたが、 今となってはこの、和く輪く舎との出逢いがほんとうに私たち親子の大切な宝物です。 さて、和く輪く舎ってどんなところなんだろう・・ってずっと考えていました。 親も子供も泣いてもいいところ。 何でも話していいところ。 否定されないところ。 受けとめてくれるところ。 辛くてかちかちになっていた心が、少しずつ、少しずつ溶けていって それが涙になって流されて・・・ もやもやしていた気持ちが、応援されて少しずつ、少しずつ晴れていって 拡散するようになくなっていく・・・ そんな経験をたくさんさせていただきました。 もちろん子供も! いつ行っても変わらず、静かなゆったりとした空気がながれているような、 そんな場所です。 「長くて、あっという間でした」 浅田真央選手がバンクーバーオリンピックで競技後のインタビューで答えていました。 4分が長くてあっという間なら16年は?? そう先日息子は16歳になりました。 16年って長くて、短い? 3歳までは、ふわふわと可愛らしい仕草で生きているその姿を見ているだけで、「子どもから一生分の親孝行を、この時期にもらうんだよ。 」との言葉が本当だなと思えるくらい幸せだったので、あっという間に過ぎた時間でした。 3歳から集団での保育に参加するようになり、ここからの12年は長く辛い道のりでした。 それは今思えば、他児童に比べ、やりにくさ、生きにくさ、言葉の不自由さを抱えている息子に対し、出来ることを増やさなければいけないと、私が自分自身と息子に「must」を次々と課していったからです。 字を覚えさせなければ、自立をさせなければ、計算をさせ、言葉を教え、精神面も安定させて・・云々。 そんな思いに捕らわれる私でしたが、しっかりと和く輪く舎で、秋山先生や阿部先生に受け止めていただき、息子も安心して感情を吐き出しながら、本来の自分を失わずに成長できました。 何より救われたのは、「表向きの行動に惑わされずに本当に息子が望んでいることが分かり、1つも違わない同じ人間同士であると感じられる」ことを経験してきたことです。 それでも日常生活に追われると、絡んでしまう感情や訳が分からないことも、そのまま抱えて辛くなって過ごしています。 月に1度「和く輪く舎で解いて、ゆったりして」の時間があったから、悩み多き義務教育時代を終えられたのだと思います。 去年、息子は特別支援学校の高等部に入学し、「和く輪く舎も卒業」しました。 学校も本人が決めたし、一人通学も自分で宣言した通りに実施しています。 この1年はあっという間でした。 「must」から解放され、今あることを楽しむ生活になっています。 笑顔も3歳から変わらずに、私を魅了しています。 これからは長いかな、短いかな・・。 解放されて、心にワクワクがやってくる、そんな「和く輪く舎」です!! 思春期の始まる高学年の小学生からダダこね真っ盛りのチビ太クンまで、幅広い子育て中の働く母です。 和く輪く舎との出会いは次女が産まれて、仕事におわれて、カワイイはずの我が子の顔を見るのが辛くなっていた頃でした。 和く輪く舎への始めの一歩は今でもはっきり覚えています。 「助けて欲しい」と口にしたら、ピーンと張った糸が切れて涙がボロボロ出てしまう。 もともと泣き下手な私は、泣いてる所を誰かに見られたくない、弱音も吐けない・・そんな状況でした。 ある方に勧められて泣きながら読んだ『「大好き」を伝えあう子育て』の最後に書いてあった「和く輪く舎」に、助けて欲しくて電話を入れてみました。 泣いてしまうかもしれないと思っていたので、仕事をちょっと抜け出して自宅へ帰って電話しました(本を読んで、〔和く輪く舎〕ここなら「助けて欲しい」と言って泣いても受け入れてもらえそう。 何となくそう思いました)。 電話に出られたのは芳子先生。 個別のセッションを希望してた日に予約が取れなくて、「やっぱりダメだった」と絶望的になり、電話を切らないうちに涙が出てしまい、必死に声を殺してすぐに電話を切ってしまいました。 その日は電話を切ってひとしきり泣いて、すぐまた仕事に戻りました。 2日後くらいだっと思います。 私の都合に合わせてセッションして下さると連絡が来て、一気に安心の涙がポロポロ出ました。 この一歩が私にとって大きな一歩でした。 私の知っていた・聞いていた子育てとは、「子供って何も知らなくて、大人って何でも知っていて、大人が子供を育てていくもの。 教えていくもの」でした。 これが全然違っていた!!! 和く輪く舎で聞く子育ては、「子供はよ〜く知っていて、感じていて、観察していて。 子供のことで分からない事、はたまた、自分(ママ)の事まで分からなくなったら子供に聞いてみると、よく分かっていたりする!」なのです。 少しずつ薄皮をはがすように進んでいったので、とってももどかしい時期もありました。 援助者の方たちや阿部先生、芳子先生の支えがなかったら、薄皮もはがれないうちにギブアップしてたかなと思います。 我が家の三人の子供たち。 性格が違うとSOSのサインも違うから、「あらっ?これがサインだったの!?」なんて、すぐには気付かないこともしばしば・・・でも子供は根気よく待っていてくれますから大丈夫。 この余裕も和く輪く舎との出会いがあったからこそなのです。 私は和く輪く舎では、天心の集いに参加しています。 私は天心が大好きです。 特に天心の場に集う人たちとの出会いが、私にとってかけがえのないものになっています。 私は体験の中で多くの人たちに支えられてきました。 このことは自分一人と思い込んできた私にとって、うれしくて、ありがたくて、心地のよい安心感が私の心をあたたかくしてくれます。 そんな時、必然的に天心に出会いました。 当時の私は、天心を一生懸命やっていたというよりは、なぜかわからないけど続けてきたというのが本音です。 天心は阿部先生がこの世に生み出して、阿部先生をはじめ和く輪く舎のスタッフのみなさんや、たくさんの人の手で育て、形にしてくださいました。 そして天心はここに留まることなく、進化し続けていくそんなステキな天心を、私は大切にしながら続けていけたらいいなあと思います。 私と和く輪く舎との出会いは、娘の育児があまりにも大変でわらをもすがる思いで、育児書をあれこれよみ、ネット掲示板を渡り歩いていた時のことです。 阿部先生の著書を読み、これだ!と直感しました。 抱っこ法は他のどのやり方とも違い、深く根本的に心にアプローチして、親子の心の詰まりをとっていく方法です。 これまでたくさんの育児書を読みましたが、だいたい書いてあることは、お母さんが子どもの気持ちをわかってやらなければ(要するに母親の我慢と忍耐が大切)、とかこんな時はこうすればよいなどの方法論でした。 しかし、我慢も限界、我慢すればするほどこちらが切れるサイクルも短くなり、書いてある方法どおりにやってもその通りに行かなければお手上げでした。 そして、娘にはどんな方法手段も通じませんでした。 私は毎日娘を怒鳴り、叩き、無視して虐待のような日々で、こうなると当然夫との喧嘩も頻発して、今思い出しても本当に地獄のような日々でした。 ですが、セッションを受けるたび本当に少しずつですが、でも確実に娘の状態はよくなって行きました。 母親である私の癒しもやってくれ、つくづく親と子両方の癒しがあって初めて大きな効果があるのだなと思いました。 また自分だけでは絶対にわからなかった娘の気持ちを、援助者の方に教えてもらい、娘の気持ちがわかるようになりました。 そして抱っこ法に出会って、自分自身についても大きく変わりました。 輪く和く舎に来て、私は初めてすべてを受け入れてもらう、という安心感と幸せ感を体験しました。 自分もこんな風に育ててもらいたかったという気持ちから、抱っこの研修に参加するようになりました。 そして自分自身と向き合うということも知り、今はとても心穏やかになりました。 育児も「苦痛」ではなく楽しんでやれるようになりました(もちろん、私も人間ですから時々爆発することはありますが・・。 でもそれも含めてこれでいいんだ、と思えるようになったのが一番嬉しいです)。 それまでは育児についての周りや社会の情報に右往左往していました。 怒ってばかりではダメ・・これはもちろんわかっています。 でも、のびのびと育てるというのはどこまで許していいのか分からず(娘はブレーキが利かないタイプです)、とにかく自分の中での軸がはっきりしていないというのが一番苦しかったのですが、今ではその軸がきちんとできています。 以前、私にとって娘は「理解しがたい子」でしたが、今ではだいぶ娘の気持ちがわかるようになりました。 娘も気持ちをわかってもらえると、とても喜びます。 気持ちが通う、わかってもらえるというのは、本当に物事がうまくいくことへの大きな一歩だと思います。 和く輪く舎との出会いは今から7年ほど前、息子が1歳半の時です。 家の中で2人きり、もんもんとした毎日から少しずつベビーカーで外へ散歩に出かけるようになったある日、図書館へ立ち寄って『大好きを伝えあう子育て』の本を見つけました。 さっそく本を借り、吸い込まれるように読みあげると、子供の泣く声にイライラしたり、かわいいはずの我が子が心から可愛いと思えないのは、もしかしたら私のなかにある何かが原因なのかもしれない…と和く輪く舎を訪ねしました。 はじめて伺ったあの日は、闇の中に小さな点のような光を見つけたのを覚えています。 ものすごく小さな光でしたが、それは明るく輝く光でした。 それからの7年、気持ちがソワソワ、子供の声が聞こえなくなりイライラ虫が発生したり、息子も心配や思いを閉じ込めると私と目をあわさなくなるので、これはもうダメ!となると年に1、2回わくわく舎に駆け込んでいます。 不思議ですが、息子と気持が通じるようにると、とたんに澄んだ瞳がジーっと私の顔を見つめます。 私も、あ〜よかった、私はこの子のことが大好きだったんだと心から思えます。 つい最近も、息子の愛おしさを再確認しました。 今は、小さな光の点が、点からグレープフルーツぐらいかな?丸になり、明るさも増しています。 もし和く輪く舎と出会っていなかったら…私たち親子はどうなっていたのでしょう。 きっと大好き、愛おしいという気持ちを感じることもなくすれ違ったままだったのかもしれません。 考えただけでも怖くなります。 最近は、「行きたいな〜って思っていたんだよ」とか、「ダメだよ!(和く輪く舎に出会わなければ)大変なことになっていたと思うよ!」と、息子自身も言っているくらい、この出会いは私たちになくてはならないものになっています。 和く輪く舎に出会えて本当によかったって思います。 私が和く輪く舎を訪れたのは、おとなしかった長男が小学校一年生に入り突然、癇癪をおこし、手が付けられなくなりどうして良いか?なぜ??どうして?しか思い当たらずにいた時に、知人にこちらを紹介されました。 私はわらをも掴む思いで、早速伺いました。 でも初めて訪れた時は私は正直100%驚いて、引いていました。 それを阿部先生は分かってくださり、けして強制するのではなく、抱っこ法のノウハウを教えてくださいました。 泣くことにより気持ちを出すという、思ってもみなかったことに、ただただ驚きのまま家に帰ったことは今もはっきり覚えています。 でも、家に帰り落ち着いてよく考え、今の私たちには抱っこ法しかないと心に決め、お願いすることになりました。 抱っこをして、息子の癇癪の原因を探しているうちに色々な事を気付き、息子の淋しかった気持ちに気付かされました。 私は子どもがなかなか授からず、不妊外来に通っていて、もう子供は出来ないかもしれません!と言われていたところで、やっと授かった子供たったのです。 大切に育てたつもりでした。 でも、子供の気持ちを考えず私のペースで子育てをしていた自分に気付かされました。 例えば自分が可愛いと思う時は可愛がりますが、自分に余裕がないときは、子どもが甘えてきても突き放していたことにも、気付かされました。 今思えば、自分が育ったように子供を育てていました。 私は子供の頃の記憶があまりなく、小さい子供に感情がないと思っていました。 冗談でなく子供の頃の記憶はみんな忘れてしまうもの!と真剣に思っていました。 私は大家族の中で育ちました。 母は、いつも忙しく甘えた記憶はなく、小さいときの記憶もほとんどありませんでした。 ですから、生まれてからずっと息子を育てていたときに、子どもに感情があると思っていなかったのです。 だから心から抱きしめたり、相手の気持ちをわかってあげようとせずにいました。 まだ一年生の息子が、いつも寂しくなると一人で二階の部屋に閉じこもっていても、変な子!!!と思うくらいで、そのままにしていたのです。 今思えば、寂しさの限界だったのでしょう。 一時期は死にたい!窓から飛び降りる!とか暴れだしたら手がつけられない状態になってしまいました。 でも抱っこ法の中で、息子のいろいろな思いや気持ち、感情を出していくことによって、本当に落ち着きを取り戻していきました。 もしも、あのままにしておいたら今頃は、どうなっていたのか? 息子も私もそして家族までもが駄目になっていたことと思います。 そして、抱っこ法で息子の寂しかった気持ちや、もっと聞いてもらいたかった気持ちを分かっていくうちに、自分の寂しさも湧いてきました。 その頃に天心を紹介されて、またもよく分からずに参加しました。 自分探しの旅が始まりました。 始めは、どきどきコースからの参加でした。 どきどきコースからわくわくコースになり、不思議と毎回、いろいろな気持ちに気付かされました。 頭ではなく考えたのではなく自然と湧いてくる感情みたいなものを感じました。 そして自然に今までの自分と向き合っていました。 一時期は辛かったこともありました。 私が一番好きだった父との事、そのことに触れられるのが嫌で人とは自然と距離を置き、これ以上は入らないで!のような雰囲気を持っていたように思います。 大好きだった父の突然の死(自殺)を受けいられずにいた自分にどうする事も出来なくなりました。 今までは誰にも言えずだだ考えず、仕方がなかったこと自分に納得させていました。 でも、なぜ?なぜ?私にこんなに大変な思いをさせてと怒りで一杯になったり、仕方なかった!と思ってみたりの繰り返しが、続きました。 そんなときに阿部先生にすべてを聞いて頂き、父は悪くない!精一杯生きたよ、と言われて、すごく気が楽になりました。 そして、そこで自分は父が居なくなって寂しかった!という気持ちに気づきました。 父が亡くなって一度も思ったこともなかった感情にでした。 あの気持ちは本当に私の宝物です。 今までのずっと心にしまってあった事にぶつかり、溢れだす感情にどうする事も出来なかった時、阿部先生を始めスタッフの皆さんや天心の仲間に助けて頂きました。 そこで、私は一人ではない!と感じました。 天心で皆に支えられたワークで、心が温かくなる体験をしました。 人って、優しいんだ、暖かいんだ、抱きしめられるって心が温かくなる!と感じました。 あの時の事は今でも忘れらません。 そこから、自分でもいろいろな意味で変わったように思います。 いつも自分がやらなくては!という気持ちが強く、人に対して壁を作り周りのことを考えずに突っ走ってきた自分に、甘えも良いんだ!私も支えてもらえている、一人ではない、という気持ちが自然に生まれました。 そこから、良い方向に向かたように思います。 例えば今まではイライラしたらどうする事も出来ず、子供達にもあたり散らしていたのですが、その後はなぜか気持ちが穏やかになったように思います。 でも何より子供の気持ちが分かるようになり、抱きしめられるようになったことだと思います。 でもまだまだ子育て真っ最中の私、悩みも沢山あります。 また、どうしょうもなくなったら、すぐ相談に和く輪く舎行こうと私の心の居場所になっています。

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