朝ドラ エール の キャスト。 エール|村野鉄男(てつお)役の俳優は誰?中村蒼|DRAMARC

朝ドラ「エール」ネタバレ!モデルは?キャスト・最終回までのあらすじ紹介

朝ドラ エール の キャスト

NHK公式サイトの見解 登場人物のモデルについて NHKの番組公式サイトに、『エール』登場人物のモデルについての見解が掲載されています。 昭和の音楽史を代表する作曲家・古関裕而 こせきゆうじ 氏と妻で歌手としても活躍した金子 きんこ 氏をモデルに音楽とともに生きた夫婦の物語を描きます。 nhk. html 朝ドラ『エール』のモデルは、作曲家・古関裕而さんと妻の金子さんです。 より『エール』を楽しみたい方にとっては訪問する価値のある場所かと思います。 古関裕而に関する書籍 自伝としては『 鐘よ鳴り響け 古関裕而自伝 (集英社文庫)』が、古関裕而が自身の作曲生活を振り返って記した一冊となります。 また、『 君はるか 古関裕而と金子の恋』は、 古関裕而の息子・古関正裕さんの著書で、父と母が残したラブレターを整理し、恋愛小説としてまとめ上げたものです。 古関裕而の妻・金子を主人公にしている小説としては、五十嵐佳子著『 金子と裕而 歌に生き 愛に生き』があります。 事実に基づいた小説で、女性らしい視点で書かれているのが特徴です。 朝ドラ『エール』には原作はありませんが、モデルとなった古関裕而の関連書籍は複数あり、新しい書籍も続々と刊行されています。 興味のある方は書店をチェックしてみてください。 『エール』登場人物のモデル一覧 以下に、朝ドラ『エール』登場人物のモデル一覧を掲載します。 主人公・ヒロイン以外のモデルはドラマ内の設定などから考察した人物となります。 古山家 役名 キャスト モデル 役どころ 村野鉄男 中村蒼 野村俊夫 裕一の幼なじみ 佐藤久志 山崎育三郎 伊藤久男 裕一の幼なじみ 藤堂清晴 森山直太朗 遠藤喜美治 裕一の恩師 双浦環 柴咲コウ 三浦環 音が憧れるオペラ歌手 木枯正人 野田洋次郎 古賀政男 裕一と同期入社の作曲家 役名一覧に掲載のない登場人物は、モデルが不明なキャラクターとなります。 判明した場合は追記していきますが、『エール』オリジナルキャラクターという可能性も高いでしょう。 『エール』各登場人物のモデルを紹介 朝ドラ『エール』登場人物のモチーフとなったモデルの方々を紹介していきます。 名前:古関裕而(こせき・ゆうじ) 本名:古關勇治(こせき・ゆうじ) 生年月日:1909(明治42)年8月11日 没年月日:1989(平成元)年8月18日(享年80歳) 出身:福島県福島市大町 子孫:長女・雅子、次女・紀子、長男・正裕 日本人として初めて国際的なコンクールに入選し、昭和に日本人が求めた曲を作り続けた作曲家です。 軍歌・応援歌・歌謡曲など、生涯で5,000曲以上を作曲しました。 古関裕而の生涯 古関裕而の生家は 福島県福島市大町にあった呉服店「喜多三(きたさん)」です。 近所には、後に作詞家・野村俊夫となる少年・鈴木喜八もいました。 音楽好きの父親や音楽指導に力を入れていた小学校担任・遠藤喜美治らの影響で子供の頃から作曲に親しむことになります。 長男として家業を継ぐため、福島商業学校(現・福島商業高等学校)に入学しましたが、学業より作曲に夢中でした。 折しも、在学中に家業の 呉服店が倒産してしまいます。 高校卒業後は、伯父・武藤茂平の経営する川俣銀行(現・東邦銀行川俣支店)に2年間勤務しました。 1929(昭和4)年、英国の音楽出版社チェスター社の作曲コンクールに、 舞踊組曲『竹取物語』を応募し、入賞を果たします。 日本人初の国際的作曲コンクール入賞は新聞でも大々的に報道され、報道を読んだ 愛知県豊橋市の内山金子が古関裕而にファンレターを送ります。 1930(昭和5)年、熱烈な文通を経て2人はスピード結婚します。 古関裕而20歳、金子18歳でした。 同年、山田耕筰の推薦で、 日本コロムビア専属の作曲家に迎え入れられ、夫婦で上京しました。 クラシックから流行歌へ舵を切ることを余儀なくされたため、苦労した時期もあったようですが、日本が戦争に入ると一転。 戦時中は『露営の歌(1937)』『若鷲の歌(1943)』など、 戦時歌謡(軍歌)で数々の名作を残し、その地位を不動のものとしました。 この時期、歌詞・野村俊夫、作曲・古関裕而、歌・伊藤久男で手がけた 『暁に祈る(1940)』も大ヒットします。 3人は福島県出身だったので、「福島3羽ガラス」と呼ばれました。 さて、戦時歌謡で一躍有名人となった古関裕而ですが、自分の歌を聴いて若者が戦死していくことへの自責の念を持っていたことから、戦後は日本を元気にするような曲を作ることに力を注ぎます。 1964(昭和39)年開催の東京五輪で、入場曲 『オリンピックマーチ』を手がけたことがその集大成となりました。 1973(昭和48)年、ラジオドラマなど数々の仕事を一緒に手がけてきた名コンビの菊田一夫が死去すると、古関裕而も第一線を退きます。 また、1979(昭和54)年にオシドリ夫婦といわれた愛妻・古関金子が68歳で死去します。 古関裕而が病気で亡くなったのは1989(平成元)年、80歳を迎えて間もなくのことでした。 「世界のマーチ王」ジョン・フィリップ・スーザになぞらえ、古関裕而は音楽に詳しい人たちから 「日本のスーザ」と呼ばれることがあります。 近世の日本のマーチ作曲者の代表的存在と評されたのです。 古山裕一(窪田正孝)のキャラクター 主人公・古山裕一 を紹介🎵 福島で代々続く老舗呉服屋の長男。 気弱でいじめられがちな少年だったが、西洋音楽との出会いをきっかけにその秘めた才能を発揮し、やがて作曲家の道へ。 公式サイトで確認した限りでは、結婚などの重大なイベントについては史実になぞらえて展開していくようです。 少年時代の古山裕一は、気弱でいじめられがちな少年として描かれます。 少々ぼんやりしていて、周りには取り柄がない子どもだと思われていた古山裕一が音楽に出会い、どのように才能を開花させていくのかが見どころです。 また、モデルの古関裕而は、文通で自分と金子の関係をドイツの作曲家ローベルト・シューマンとその妻クララ(夫婦で交換日記をしていた)に例えてしまうようなロマンチックな青年でしたので、古山裕一の恋愛を窪田正孝さんがどのように演じていくのかが楽しみです。 古山三郎(唐沢寿明)のモデルは古関三郎次 古山裕一の父・古山三郎(唐沢寿明)のモデルは、古関裕而の父・古関三郎次(こせきさぶろうじ)です。 古関家の3男に生まれましたが、兄2人が亡くなってしまったので 「古閑家7代目当主」となりました。 続く古関裕而は8代目に当たります。 父親の本名は「三郎次」で、代々当主の世襲名「三郎治」を継いだという記述も見られるのですが、古関裕而の長男であり、古関裕而を歌い継ぐライブユニット「喜多三」を主催している 古関正裕さんが自身を「 九代目三郎次」と称しているので、どっちがどっち?という疑念はあります。 古関家は、福島市で老舗呉服店「喜多三(きたさん)」を営む裕福な家柄でした。 江戸時代の当主は信夫山の薬王寺 大日如来坐像や旧祓川橋を寄進し、地域に貢献しています。 古関三郎次は従業員を十数人雇い、受け継いだ「喜多三」を繁盛させていました。 子宝に恵まれない時期を経て、待望の跡取り息子・古閑裕而が生まれます。 古関三郎次と妻・ヒサは大喜びで長男を可愛がりました。 古関三郎次は 音楽が好きで、当時は珍しい蓄音機を購入し、いつもレコードをかけていました。 古関裕而は幼少の頃から音楽の中で育ちます。 古関裕而が家業を継ぐため商業高校に入学した1922(大正11)年、銀行恐慌が起こります。 「喜多三」は知人の借金の連帯保証人となっていたことで大損害を受け、存続できなくなります。 呉服屋廃業後は規模を縮小し再開。 場所を移転して、質屋と京染め取次業務を始めました。 従業員はおらず、古関三郎次と 次男・古関弘之の2人で店を維持している状態となります。 最後は次男に店を任せて父は引退。 そんな「喜多三」も、1927(昭和2)年に起った 昭和金融恐慌のあおりを受け、完全に倒産してしまいました。 古関三郎次の余生は悠々自適で、好きな音楽を楽しむ日々だったと言われています。 1930(昭和5)年に古関裕而が上京して以来、父と息子のやりとりはあまりなかったようですが、1937(昭和12)年に大流行した軍歌『露営の歌』が長男・古関裕而の曲だと知って喜んでおり、古関裕而も親孝行ができたと喜んでいたそうです。 古関三郎次は翌年、1938(昭和13)年に死去。 66年の人生を終えました。 古山三郎(唐沢寿明)のキャラクター 古山三郎 を紹介🎵 主人公・裕一 の父。 老舗呉服屋「喜多一 きたいち 」の4代目店主。 自由奔放な性格で、妻・まさ や周りを戸惑わせてしまうこともしばしば…。 ドラマオリジナルだと思われるのは、子ども達には自分の信じた道を歩んでほしいと願っていることでしょうか。 古関三郎次についても古関裕而の東京行きに反対していた節はありませんが、古山三郎は長男と次男両方に目をかけ、2人の夢をより積極的に応援してくれる父親になるのではないかと予想します。 古山まさ(菊池桃子)のモデルは古関ヒサ 古山裕一の母・古山まさ(菊池桃子)のモデルは、古関裕而の母・古関ヒサ(旧姓:武藤ヒサ)です。 老舗の呉服屋「喜多三」を営む古関三郎次の妻・古関ヒサは、絹織物産業が盛んな福島県川俣の出身。 福島県有数の資産家・武藤家の三女として生まれました。 兄に武藤家の跡取り・ 武藤茂平がいます。 武藤家当主は代々「茂平」を襲名しており、古関家当主の「三郎治」と同様です。 つまり、古関ヒサは「先代の武藤茂平」の娘で「当代の武藤茂平」の妹、「当代の古関三郎治」の妻という立場になります。 結婚後、子供が生まれず養子も考えていたところ、待望の長男・古関裕而が生まれ、大切に育てました。 また、次男・古関弘之にも恵まれました。 蓄音機から流れる音楽に夢中だった古関裕而に、古関ヒサは高級おもちゃのピアノを買ってあげました。 そうしたフォローもあり、古関裕而は小学生になると家の卓上ピアノで作曲を始めるようになります。 嫁ぎ先の「喜多三」が倒産してしまい、苦労があったと思いますが、東京で音楽に励む息子を見守ります。 1937(昭和12)年に大流行した軍歌『露営の歌』が息子・古関裕而の曲だと知ったときには、古関裕而に手紙を送り、喜びを伝えてくれる母親だったということです。 古山まさ(菊池桃子)のキャラクター 古山まさ を紹介🎵 主人公・裕一 の母。 川俣生まれ。 子供ができない兄・権藤茂兵衛(風間杜夫)からの養子要請と古山裕一(窪田正孝)の音楽の道を応援したい夫・古山三郎(唐沢寿明)との間で板挟みとなり苦労する役どころ。 史実では、子供にめぐまれずに養子まで考えていたのは呉服屋を営む妹夫婦のほうですが、ドラマでは、兄の方が妹の子供を養子にしたいという設定に変わっています。 古山浩二(佐久本宝)のモデルは古関弘之 古山裕一の弟・古山浩二(佐久本宝)のモデルは、古関裕而の弟・古関弘之(こせきひろゆき) です。 古関弘之は福島の呉服屋「喜多三」を営む古関家の次男として生まれます。 長男・古関裕而が家業を継ぐため福島商業学校に入学し卒業するまでの間(1922~1928年)に、「喜多三」の経営は傾き完全に倒産してしまいます。 その間、父・古関三郎次と一緒に縮小した「喜多三」を営業し、父が引退した後、1人店を存続させていたのは次男・古関弘之でした。 古関弘之がどのような志で家業に就いていたのかは分かりませんが、次男ならではの損な役回りを押し付けられてしまったようにも見えます。 推測するしかありませんが、商業学校に行く傍らで音楽活動に夢中になっていた兄・古関裕而に対しては複雑な思いを抱いていたかもしれません。 古山浩二(佐久本宝)のキャラクター 古山浩二 を紹介🎵 主人公・裕一 の弟。 まっすぐで責任感が強い🔥 音楽に夢中になり自分勝手に行動する兄・裕一に反発しがち。 経営が傾く、呉服屋「喜多一 きたいち 」を、立て直そうと奮闘。 東京へと出ていく兄への反発もあるようですが、自分の意志で福島に残って地元のために頑張ろうとする姿勢に気概が感じられます。 権藤茂兵衛(風間杜夫)のモデルは武藤茂平 古山裕一の伯父(母の兄)・権藤茂兵衛(風間杜夫)のモデルは、古関裕而の伯父(母の兄)・武藤茂平(むとうもへい)。 古関裕而の母・古関ヒサの兄にあたる人物です。 武藤茂平と妹・古関ヒサの実家である武藤家は、 福島県川俣で味噌や醤油を醸造する 「ちりめん屋」を営んでおり、 県内随一の資産家でした。 地主でもあり、自宅から見える景色は全て自分たちの土地といえるほど裕福な家系でした。 古関ヒサの兄・武藤茂平が古関裕而の人生に登場するのは、商業学校卒業後の古関裕而を、 武藤茂平が自身が頭取を務める川俣銀行(現・東邦銀行川俣支店)に就職させたからです。 継ぐはずだった「喜多三」が倒産し、就職先がなくなった甥に助け舟を出してあげたのです。 1928年から2年間、古関裕而は伯父・武藤茂平の家に居候しながら、伯父が経営する川俣銀行に勤めました。 そして、古関裕而が川俣銀行で在籍している間に、家族に内緒でイギリスの作曲コンクールに応募した『竹取物語』が入賞することになります。 権藤茂兵衛(風間杜夫)のキャラクター 権藤茂兵衛 を紹介🎵 裕一 の伯父であり、まさ の兄。 川俣の銀行を経営する実業家。 子どもにめぐまれず、古山家の兄弟のどちらかを養子として権藤家に迎えたいと思っている。 権藤茂兵衛(風間杜夫)は子どもにめぐまれず、古山家の兄弟のどちらかを養子として権藤家に迎えたいと思っているという設定ですが、モデルとなった武藤茂平については古関家から養子を貰おうとしたという話はありません。 念のため、古関ヒサの兄・武藤茂平に妻子がいたのか調べてみましたが、確実な情報は得られませんでした。 もし子供がいなかったとしたら、自身が経営する川俣銀行で働いていた甥・古関裕而がそのまま跡取りになってくれたら都合は良かったのかもしれません。 名前:古関金子(こせき・きんこ) 旧姓:内山金子(うちやま・きんこ) 生年月日:1912(明治45)年3月6日 没年月日:1980(昭和55)年7月23日(享年68歳) 出身:愛知県豊橋市 古関金子の生涯 内山金子は、父・内山安蔵と母・内山みつの三女として、 愛知県豊橋市に生まれました。 7人兄弟(長兄と女6人姉妹)の4番目の子です。 内山家は音楽好きだったようです。 家業は陸軍に物資を納入する業者でした。 金子が12歳の時、父・内山安蔵が亡くなってしまい、その後は母・内山みつが家業を継いでいます。 金子は活発で、文学、音楽、絵や空想も好きな少女でした。 豊橋高等女学校(現・豊橋東高等学校)を卒業後は、声楽家になることを目指しました。 1930(昭和5)年1月、金子は 「福島の無名の青年が国際作曲コンクールで入賞」という新聞記事を読みます。 古関裕而の『竹取物語』がイギリスのコンクールで入賞したという記事です。 金子は素晴らしい人がいるものだと感心、また自身が小学5年生の時に学芸会で 「かぐや姫」役を演じて以来、「かぐや姫」と呼ばれていたことから、『竹取物語』に運命を感じ、すぐに古関裕而に「楽譜を送ってほしいと」手紙を書きました。 金子が出した手紙がきっかけとなり、2人は熱い文通交際を始めます。 同年6月、古関裕而は愛知県豊橋市を訪問し内山金子にプロポーズ、金子は古関裕而について福島に行き、そのまま結婚します。 電撃スピード婚のため周囲を大いに驚かせました。 同年9月、古関裕而は、山田耕筰の推薦で日本コロムビア専属の作曲家に迎え入れられ、夫婦で上京します。 1931(昭和6)年、古関金子は 帝国音楽学校に入学し、本格的に声楽の勉強を始めました。 当時一緒に声楽を勉強していた中に、福島出身の伊藤久男がいました。 ベルトラメリ能子に師事し、舞台に出演。 一番弟子として認められていましたが、1932(昭和7)年に 長女・雅子が生まれ、1934(昭和9)年に 次女・紀子も生まれたため、声楽の勉強を中断します。 戦中は腸チフスに感染し危篤となりましたが回復し、戦後は日本初の 国際オペラ歌手・三浦環の意思を引き継ぎ、声楽の勉強を再開させます。 古関金子はドラマティックソプラノという珍しい声の持ち主で評判がありました。 そこで古関裕而は周囲から促され、妻のためにオペラ3作『朱金昭』『トウランドット』『チガニの星』を作曲します。 古関金子は出演のオペラは、1949(昭和24)年から1950(昭和25)年にかけてNHKで放送され、高い評価を得ました。 しかし、1946(昭和21)年に 長男・正裕が生まれていたこともあり、オペラ3作を最期に声楽家から引退しました。 その後は古関裕而さんを支える立場で活動します。 古関金子は1980(昭和55)年、乳ガンが全身に転移して、68歳で亡くなりました。 関内音(二階堂ふみ)のキャラクター ヒロイン・関内音 を紹介🎵 豊橋出身。 馬具の製造販売を行う関内家の三姉妹の次女。 意思が強く我が道を行く性格で、主人公・裕一 の人生を大きく動かす存在。 将来の夢はプロの歌手になること。 主人公・古山裕一(窪田正孝)同様、公式サイトで確認した限りでは、結婚などの重大なイベントについては史実になぞらえて展開していくようです。 モデルの古関金子は、声楽家の才能が有りながら、3人の子宝に恵まれています。 子育ての忙しさや戦争の影響などで声楽家としての活動を何度か中断後、やむなく引退しているので声楽家としては不完全燃焼だったかもしれません。 しかし、作曲・古関裕而、歌・古関金子という夫婦コラボでのオペラ3部作が世に出たことは良かったと思いますし、古関金子は人生を後悔することはなかったのでしょう。 ドラマの関内音には結婚後、プロ歌手になる夢と母や妻の両立が現代の視点でどのように描かれていくのかが見どころです。 また、関内音を演じる二階堂ふみさんは声が魅力的だと思うので、ドラマでの歌声が楽しみです。 関内安隆(光石研)のモデルは内山安蔵 関内音の父・関内安隆(光石研)のモデルは、古関金子の父・内山安蔵です。 内山安蔵は陸軍の獣医部を定年退職後、陸軍の御用商人となり、愛知県豊橋市で蹄鉄を作る工場を始め、豊橋市に駐屯していた 陸軍第十五師団に蹄鉄などを納めていました。 従業員も多くいたそうです。 しかし、 父・内山安蔵は金子が12歳の時に死去、家計は苦しくなります。 関内安隆(光石研)のキャラクター 関内安隆 を紹介🎵 ヒロイン・音 の父。 元陸軍の獣医。 今は陸軍に乗馬の道具を卸す仕事をしている🐎 音ら3人の娘たちにとってはとても優しい父親。 モデルとなった内山家も音楽が絶えない家庭だったようです。 史実に沿った展開とすると、関内安隆は関内音が12歳のときに亡くなってしまうのですが、ドラマではどうなるでしょうか。 ところで、モデルの古関金子には、 兄・勝英がいて、満州で事業をしたそうです。 女学校を卒業した金子は、満州の兄のところに遊びに行きましたが、帰国時、乗っていた 客船が座礁・沈没という出来事に遭遇し、金子は死を覚悟したというエピソードがあります。 ドラマの関内音(二階堂ふみ)には兄がいないので、この話をドラマで採用するとしたら、父との思い出として描かれるのではないかと予想します。 すると、父は単身満州に渡り、向こうで長生きしたという展開もあり得るのではないでしょうか。 関内光子(薬師丸ひろ子)のモデルは内山ミツ 関内音の母・関内光子(薬師丸ひろ子)のモデルは、古関金子の母・内山ミツです。 金子の父・内山安蔵の死後は、妻・内山ミツが家業を縮小して引継ぎ、7人の子供を女手一つで育て上げました。 関内光子(薬師丸ひろ子)のキャラクター 関内光子 を紹介🎵 ヒロイン・音 の母。 女性も自立すべきと考え、3人の娘たちには好きな道を歩ませたいと思っている。 女性も自立すべきと考え、3人の娘たちにはそれぞれ好きな道を歩ませたいと考えています。 モデルの内山ミツが家を支え、7人の子育てをしたしっかり者のお母さんなので、ドラマの関内光子も肝っ玉があるお母さんとなるのではないでしょうか。 朝ドラ『エール』の関内家の3姉妹は、長女・関内吟(松井玲奈)がオシャレ好き、次女・関内音(二階堂ふみ)が歌手を目指し、三女・関内梅(森七菜)が文学少女というそれぞれの特技を持っています。 一方、関内音(二階堂ふみ)のモデル、古関金子は7人兄妹でした。 長男・勝英を筆頭に、長女、次女、 三女・金子、四女、五女、六女となります。 したがって、誰がモデルということはできませんが、上のお姉さん2人の要素が関内吟(せきうちぎん)に、下の妹さん3人の要素が関内梅(せきうちうめ)に振られているのかなと思います。 実在の姉については、古関金子が夫と上京したとき、長姉の家に居候して新居を探したという話がありますし、上から2番目の姉とは特に仲が良かったという話もあります。 ドラマでも、なんだかんだと関内音の世話役・相談役になっていくのではないかと予想します。 実在の妹については、具体的な情報がないのですが、 古関金子自身が文学好きで、声楽家を目指すのでなければ、日本女子大学の文学科に進学したいと思っていたようなので、古関金子の文学少女の部分がドラマの妹・関内梅に反映されていくのかと思います。 村野鉄男(中村蒼)のモデルは野村俊夫 古山裕一の幼馴染・村野鉄男(中村蒼)のモデルは、作詞家・野村俊夫(のむらとしお)です。 野村俊夫(本名・鈴木喜八)は、1904(明治37)年、 福島県福島市大町の魚屋「魚忠」で生まれました。 ガキ大将として育ち、近所に住む 5歳年下の古関裕而とも遊んでいました。 その後、鈴木一家は県内の別の場所に引越し。 野村俊夫は福島市立第一小学校を卒業、福島商業学校へと進学します。 福島商業学校は古関裕而の母校でもありますが、5歳差があり野村俊夫のほうは中退しているので、在学期間は被っていないものと思われます。 1924(大正13)年、20歳の時に福島民友新聞社に入社。 1931(昭和6)年、日本コロムビア専属作曲家として上京していた古関裕而のすすめで上京します。 同年、 『福島行進曲』が発売されます。 この曲は、古関裕而が14歳の頃から参加している 「福島ハーモニカ・ソサエティー」との関連で、野村俊夫が作詞、古関裕而が作曲したものです。 戦時中リベラル派であったため仕事が先ゆかず、家族を養うため戦時歌謡の作詞をするようになります。 1939(昭和12)年の『上海夜曲』のヒットにより、日本コロムビア専属作詞家となりました。 戦後は、作曲家・ 古賀政男とのコンビで 『湯の町エレジー(1948)』を大ヒットさせ、以降、作詞・野村俊夫、作曲・古賀政男での曲を数多く手がけます。 1951(昭和26)年、日本音楽著作権協会(JASRAC)の理事となり、音楽家の権利の保護と地位向上に務めたのでした。 村野鉄男(中村蒼)のキャラクター 村野鉄男 をご紹介🎵 裕一 の幼なじみ。 子供の頃はガキ大将として有名だったが、一方で詩を愛する優しさを持っている。 史実同様、将来は作詞家となり、小山裕一・村野鉄男・佐藤久志のトリオで「福島三羽ガラス」と呼ばれ活躍することになっています。 佐藤久志(山崎育三郎)のモデルは伊藤久男 霧島の次は伊藤久男。 彼の哀愁ある歌声が堪能できる名曲揃いで、個人的には「美わしの琉球」「夜更けの街」「ブラジルの太鼓」「佐渡の雀」が好きです。 戦時歌謡が少ないのはキャパの都合だけではなく、全15枚構成の「軍歌戦時歌謡大全集」の企画がスタートしていたからでしょう。 保田武宏氏の解説。 — 懐メロ放浪人 REKOTETSU32 古山裕一の幼馴染・佐藤久志(山崎育三郎)のモデルは、歌手・伊藤久男(いとうひさお)です。 伊藤久男(本名・伊藤四三男)は、1910(明治43)年、福島県本宮市の 豪農の4男として生まれます。 父・伊藤彌は県会議員、兄・伊藤幟は衆議院議員であり、とても裕福な家庭に育ちました。 伊藤久男はピアニスト志望でしたが、家族に反対されます。 そこで、「東京農業大学」に進学するもこっそり退学、 「帝国音楽大学」に入学してしまいます。 「帝国音楽大学」には、古関裕而の妻・金子が在籍しており、住所も同じ 世田谷であったことから、伊藤久男と古関裕而は関係を深めます。 農大を退学したことが家族に知られて仕送りが中止されたため、日本コロムビアで合いの手やお囃子(おはやし)を吹込むアルバイトを始めます。 これがきっかけとなって歌手としての道を進み、日本コロムビアからデビューを果たします。 1938(昭和13)年に発売した『湖上の尺八』が初ヒット。 戦後は軍事歌謡を歌っていた責任感から酒に溺れ、ひきこもり状態になったらしいのですが、1947(昭和22)年、『夜更けの街(作曲・古関裕而)』で歌手に復帰し、1948(昭和23)年には 全国高校野球大会の大会歌となる 『栄冠は君に輝く(作曲・古関裕而)』を発売しました。 さらに、1949(昭和24)年に戦後の代表曲となる 『イヨマンテの夜(作曲・古関裕而)』が大ヒット。 1952(昭和27)年、第2回 NHK紅白歌合戦にも出場し、その後も計11回の出場。 1982(昭和57)年、第24回 日本レコード大賞特別賞を受賞。 結婚は2回しています。 佐藤久志(山崎育三郎)のキャラクター 佐藤久志( )をご紹介🎵 裕一( )の小学校の同級生で、裕福な家の息子。 のちに東京の音楽学校を卒業し、歌手となり裕一の曲を歌い人気を博す。 史実では、伊藤久男の出身地・福島県本宮市は、古関裕而、野村俊夫の出身地・福島県福島市大町からは少し離れており、伊藤久男との初めての出会いは古関裕而が上京した後の話となります。 年齢も古関裕而が1歳年上です。 ただ、2人には同年代ならではの仲の良さがあったようです。 したがって、ドラマで2人を小学校の同級生としたのは絶妙な変更だと思います。 後に「福島三羽ガラス」と呼ばれることを考えると、3人とも幼馴染だったとするほうがドラマチックです。 また、ミュージカルの申し子・山崎育三郎の歌声は楽しみでしかありません。 藤堂清晴(森山直太朗)のモデルは遠藤喜美治 古山裕一の恩師・藤堂清晴(森山直太朗)のモデルは、古関裕而の小学校の担任・遠藤喜美治です。 1891年(明治24)年、遠藤喜美治は農家に生まれます。 教師・遠藤喜美治の学歴は、今風にいうとなんと「小卒」になります。 実家近くの 要田小学校を卒業後、母校の小間使いや代用教員といった仕事をしながら勉強に励み、難関の文部省教員検定に合格して正式な教師となったのです。 遠藤喜美治は 福島師範附属小学校に教師として採用され、 古関裕而の担任を小学校3年から6年生まで務めました。 音楽に教育熱心な教師で、自分が作曲して聞かせたり、生徒に童謡を作らせたりと型破りな教え方をしています。 古関裕而は授業を一番楽しみにしており、遠藤喜美治から歌唱と綴り方の指導を受け、音楽に目覚めていくのでした。 その後、遠藤喜美治は他の地で教師をしながら学問に励み、私塾を開くまでになりました。 古関裕而が上京して10年ほどの1941(昭和16)年頃、遠藤喜美治は自分の母校・要田小学校の校歌の作曲を古関裕而に頼みます。 遠藤喜美治が作詞した校歌は、現在は歌詞が変わっていますが、今でも学び継がれているそうです。 裕一が大人になってからも良き相談相手となり、音楽の道を進む裕一を応援する。 音楽教育に情熱を傾けている先生で、古山裕一の作曲の才能をいち早く見いだして、音楽の道を応援してくれます。 古山裕一が大人になってからも相談相手として登場します。 シンガーソングライターの森山直太朗がどのように音楽を教える先生を演じていくのか楽しみです。 オペラ 『蝶々夫人』の蝶々夫人役で国際的名声を博し、『蝶々夫人』の作曲家プッチーニが「世界でただ一人の蝶々」と称えた 日本人初のプリマドンナでした。 1884(明治17)年、東京生まれで本名は柴田環。 幼少時から長唄、日本舞踊、琴を学びます。 1900(明治33)年、 東京音楽学校(現・東京芸術大学音楽学部)に進学。 ピアノは 滝廉太郎に教わりました。 在学中の1903(明治36)年、日本人による最初のオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』に出演し、注目されるようになります。 卒業後は 山田耕筰らを指導し助教授に。 ちなみに、山田耕筰は後に生まれる古関裕而の憧れの作曲家、三浦環は後に生まれる古関金子が憧れたオペラ歌手であります。 国内でプリマドンナとしての活躍を続け、1914(大正3)年に渡欧。 翌年ロンドンで『蝶々夫人』を歌って好評を博し、以後1935(昭和10)年の帰国までに、欧米各地で2000回出演を記録。 世界的プリマドンナとして活躍しました。 結婚は2回しており、恋多き女性でもあったようです。 三浦環が帰国すると、日本では古関裕而が作曲した 『船頭可愛いや(1935)』が流行していました。 この曲は、売れない古関裕而が日本日本コロムビアをクビになりかけたとき、やっと飛ばしたヒット曲でした。 三浦環は『船頭可愛いや』を気に入り、古関裕而にレコードに吹き込みたいと依頼します。 著名な芸術家から声が掛かることは大変名誉なことで、古関裕而、三浦環の大ファンだった妻・古関金子も大喜びします。 さらに、古関裕而が三浦環のために 『月のバルカローラ』をプレゼントすると、2曲ともレコードに吹き込んでくれたということです。 戦後、三浦環は音楽活動を再開するのですが、1946(昭和21)年に癌で死去しました。 62歳でした。 古関裕而の妻・古関金子は、三浦環の意思を引き継いで声楽を再開するのでした。 史実では、古関夫妻との出会いは三浦環が日本に帰国後となりますが、ドラマでは、11歳の関内音が双浦環と実際に出会い、東京の音楽学校で再開するという流れになります。 さて、柴咲コウさんは、静岡が舞台のNHK大河『おんな城主 直虎』で直虎を演じています。 柴咲コウさんは子供の頃の夏休みを静岡で過ごしており、静岡に縁を感じているそう。 そして、朝ドラ『エール』の双浦環のモデル・三浦環は東京出身ですが、両親のルーツは静岡にあります。 木枯正人(野田洋次郎)のモデルは古賀政男 洋次郎さん演じる 木枯正人さん 国民栄誉賞受賞者の 古賀政男さんとしか思えない — 佩華 夢次郎 muujiro 古山裕一と同期の作曲家・木枯正人(野田洋次郎)のモデルは、作曲家・古賀政男(こがまさお)です。 古賀政男(本名・古賀正夫)は、1904(明治37)年、福岡県に生まれました。 7歳で父が亡くなり兄のいる朝鮮半島で暮らします。 兄から マンドリン、従兄から 大正琴をもらい、弦楽器に目覚めます。 1923(大正12)年に明治大学予科に入学。 在学中にマンドリン倶楽部創設の一翼を担い、明治大学マンドリン倶楽部演奏会にて『影を慕いて』を発表しました。 1931(昭和6)年、 日本コロムビア専属の作曲家となります。 1930(昭和5)年には古関裕而が日本コロムビア専属の作曲家となっています。 古関裕而が曲が売れすクビになりかけていたとき、古賀政男が「芸術家にスランプはつきもの」と会社に抗議して助けたというエピソードがあるそうです。 テイチク所属期間を経て、1938(昭和13)年に日本コロムビアへ復帰。 戦中はあまりヒットが出なかったよう。 しかし、1948(昭和23)年、 作詞・野村俊夫でコンビを組んだ『湯の街エレジー』がヒット。 美空ひばり・島倉千代子・小林幸子などにもヒット曲を提供し、 国民的作曲家としての地位を確立しました。 制作した楽曲は5000曲ともいわれ、 「古賀メロディー」として今も親しまれています。 「古賀ギター歌謡協会」(後の古賀ギター学院)を設立。 日本作曲家協会初代会長として、服部良一らと「日本レコード大賞」を制定したことでも知られています。 木枯正人(野田洋次郎)のキャラクター 朝ドラ『エール』の木枯正人(こがらしまさと)は、コロンブスレコードに古山裕一と同期で採用された作曲家。 ギターという特技があり、モデルの古賀政男を思わせます。 主人公・古山裕一(窪田正孝)と同期なので、同じ作曲家として励まし合いときにライバルとして切磋琢磨する関係になると思われます。 野田洋次郎さんは、アニメ『君の名は。 』で有名になった「RADWIMPS」のボーカルとギターを努めています。 俳優としての活躍とドラマ内でのギターの弾き語りが楽しみです。 まとめ 以上、朝ドラ『エール』の出演者のモデルを紹介しました。 昭和の音楽史を代表するような方々がモデルになっており、キャストも実際に音楽活動をされている方が当てられているので興味深いですね。 既に書いてある通りですが、古関裕而さんと金子さんには娘さんが2人、息子さんが1人います。 息子の古関正裕さんはご存命で、古関裕而を歌い継ぐライブユニット「喜多三」を主催しています。 目元がお父様に似ていらっしゃるような雰囲気です。 気が早いようですが、ドラマの古山裕一(窪田正孝)&音(二階堂ふみ)の間には子供が生まれるのか?キャストは誰なのかも気になります。 他の登場人物を含め、新たな情報がありましたら、本記事も更新していきたいと思います。

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エール【朝ドラ 】相関図キャストは?登場人物も画像付き一覧で紹介!

朝ドラ エール の キャスト

青年になった裕一は、一度は音楽の道をあきらめようとするが、家族に内緒で海外の作曲コンクールに応募して上位入賞を果たす。 それを機に裕一は歌手を目指している関内音と知り合い、福島と豊橋という遠く離れた場所に住みながらも二人は結婚を決意。 不遇の時代を乗り越え、二人三脚で数々のヒット曲を生み出していく。 しかし、時代は戦争へと突入し、裕一は軍の要請で戦時歌謡を作曲することに。 自分が作った歌を歌って戦死していく若者の姿に裕一は心を痛める。 戦後、混乱の中で復興に向かっていく日本で、古山夫妻は傷ついた人々の心を音楽の力で勇気づけるべく、新しい時代の音楽を奏でていく……。 キャスト 主人公の裕一役として主演を務めるのは。 福島で代々続く老舗呉服屋の長男だった裕一は、気弱でいじめられがちな少年だったが、音楽の秘めた才能を発揮。 独学で作曲を始める。 跡取り息子として周囲の期待から商業を学び、伯父が経営する銀行に勤めるも音楽への思いを断ち切れないでいたなか、歌手を目指しているという女学生とひょんなことから知り合い、文通を始める。 恋に落ちた裕一は、彼女とともに音楽の道を歩むことを決める。 裕一の妻となる関内音を演じるのは。 豊橋市内で馬具の製造販売を行う関内家の三姉妹の次女である音は、将来はプロの歌手として舞台に立つことを夢見ていた。 ある日、福島に住む古山裕一が英国の作曲コンクールに入賞したことを新聞で知り、手紙を送り文通を始める。 二人は結婚し、音は本格的に歌を学ぶために音楽大学に入学。 夫の才能を誰よりも信じて叱咤激励し、さまざまな困難に遭遇しながら、自らも歌手になる夢を追い続ける。 福島の古山家として、裕一の父の三郎を、母のまさを、弟の浩二を、伯父の権藤茂兵衛をが演じる。 また、裕一の幼なじみでのちの音楽仲間「福島三羽ガラス」となる佐藤久志役は、村野鉄男役は。 恩師である藤堂清晴をが演じる。 一方、豊橋の関内家として、母の光子を、父の安隆を、姉の吟を、妹の梅をが演じる。 音の歌の先生の御手洗清太郎を、音がプロの歌手を目指すきっかけとなる世界的なオペラ歌手の双浦環をが演じる。 裕一と音はそれぞれの故郷を離れ、東京で新生活をスタートさせる。 裕一はレコード会社の専属作曲家として働きはじめ、音はオペラ歌手になるために音楽学校に入学し、個性豊かな人たちに囲まれることに。 のが裕一と同期で採用された作曲家・木枯正人役で出演するほか、レコード会社のディレクター・廿日市誉役を、コロンブスレコードの秘書・杉山あかね役を、裕一と音の相談相手になる喫茶店の店主・梶取保役を、保の妻の恵役を、早稲田大学応援部五代目団長・田中隆役をが務める。 [PR] 主人公夫婦のモデル 主人公である古山裕一のモデルは、作曲家の氏。 「栄冠は君に輝く(全国高等学校野球大会の歌)」「六甲おろし(阪神タイガースの歌)」「闘魂こめて(巨人軍の歌)」といったスポーツシーンを彩る応援歌の数々や、戦後の人々を夢中にさせたラジオドラマ「君の名は」「鐘の鳴る丘」の主題歌、「長崎の鐘」「イヨマンテの夜」など数多くのヒット歌謡曲を生んだ、昭和の音楽史を代表する存在である。 そして、裕一の妻である音は、裕而氏の妻で歌手としても活躍した金子氏がモデルとなっている。 なお「エール」の物語は実在の人物をモデルとしつつも、音楽で人々を励まし心を照らした夫婦の波乱万丈の物語として再構成され、登場人物名や団体名なども一部改称してフィクションとして描かれる。 語り・主題歌 語りを担当するのは、声優の。 主題歌にはの「星影のエール」が使用される。 音楽を作曲家のが担当する。 (編集部・大内啓輔) 連続テレビ小説「エール」は3月30日あさ8時よりNHK総合ほかにて放送スタート.

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朝ドラ「エール」のキャストとあらすじと裏話!

朝ドラ エール の キャスト

気弱でいじめられやすい幼少期だったが、音楽と出会ったことで才能が開花し、独学で自ら作曲するように。 周囲の期待から、老舗呉服店の跡を継ごうと、商業高校へ進み叔父が経営する銀行に勤めるが、音楽への道を捨てきれないでいた。 そんなときに、歌手を目指している女学生・関内音と出会ったことで文通を始めた。 やがて二人は恋に落ち結婚し、夫婦で上京し音楽への道を突き進すんでいく。 主人公のモデルは、「六甲おろし(阪神タイガースの歌)」の作曲でも知られる福島県出身の音楽家・ 古関 裕而(こせき ゆうじ)さんです。 神奈川県出身。 ・繊細さと大胆さで様々な人間を演じ分けることができる、独特の存在感や際立った演技力で人気の高い俳優。 ・男性が主人公の朝ドラは2014年『マッサン』玉山鉄二さん以来6年ぶりの11作目の作品となる。 ・クラージュキッズ所属。 ・NHK2016年大河ドラマ「真田丸」豊臣秀頼(中川大志幼少期)役でドラマデビュー。 ・『ハケン占い師アタル』『ラジエーションハウス』など人気作に出演。 【二階堂ふみさんプロフィール】 ・1994年9月21日生まれ。 沖縄県那覇市出身。 ・役になり切るためなら、体を張った演技も辞さない実力派として評価も高い。 ・『エール』のヒロイン役はオーディションで獲得。 ・演技の仕事は、朝ドラ『エール』が初めて。 三男だったので、自分は店を継ぐ予定はなかったが長男・次男が相次いで亡くなり店を継ぐことに。 それゆえに子どもたちには、好きなことをしてほしいと願っている。 【唐沢寿明プロフィール】 ・1963年6月3日生まれ。 東京都出身。 ・約30年もの間 第一線で活躍し、出演作が途切れることがない人気俳優。 銀行を営む兄の茂兵衛から、裕一を養子にしたいという要求と、音楽の道を応援する三郎の間で板挟みになり苦労している。 【菊池桃子プロフィール】 ・1968年5月4日生まれ。 東京都出身。 家業を継がず上京する兄に反発し、福島に残り地元で生きていく決意をする。 【佐久本宝プロフィール】 ・1998年7月22日生まれ。 沖縄県出身。 ・映画『怒り』での演技が評価され、着実のキャリアを積み、今注目される若手俳優のひとり。 ・ニチエンプロダクション所属 ・連続テレビ小説「半分、青い。 」第30回 男の子役(2018)、「視覚探偵 日暮旅人」第3話 雪時雅彦(濱田岳さん)の幼少期など出演作多数。 三郎の跡継ぎがだれになるのか気にしており、裕一の勝手な行動にイラだちをおぼえる。 【田中偉登プロフィール】 ・2000年生まれ大阪府出身。 ・『13歳のハローワーク(2012)』でドラマデビュー。 ・映画『惡の華』『カツベン!』な人気作に出演。 川俣の銀行を経営する大実業家だが、子だからに恵まれず、小山家の兄弟のどちらかを養子に迎えたいと思っている。 少々、圧が強すぎるせいで周囲を困らせる。 【風間杜夫プロフィール】 ・1949年4月26日生まれ。 東京都出身。 茂兵衛はもちろん、親戚の裕一にも媚を売る、したたかな人物。 【望月歩プロフィール】 ・2000年生まれ。 ・映画『ソロモンの偽証(2014)』の中学生・柏木卓也役でデビュー。 ・2019年には、映画『向こうの家』で主演を務めている。 裕一が大人になってからも、良き理解者、そして相談者として支える。 【森山直太朗プロフィール】 ・1976年4月23日生まれ。 東京都出身。 ・2003年『さくら (独唱)』で紅白歌合戦初出場。 他に『夏の終わり』、『生きとし生ける物へ』、『風花』(朝ドラ風のハルカ』の主題歌)などヒット曲を多数生み出す人気のシンガーソングライター。 のちに、東京の音楽学校を卒業し、歌手となって裕一の曲を歌い人気が出る。 【山崎育三郎プロフィール】 ・1986年1月18日生まれ。 東京都出身。 ・帝国劇場でのミュージカル「モーツァルト! 」で23歳で主演するなどミュージカル界のプリンスと呼ばれる。 ・朝ドラは、『エール』が初出演。 腕っぷしが強く近所のガキ大将だが、詩を愛する繊細な一面を持っている。 福岡県出身。 ・朝ドラは、『エール』が初出演。 【薬師丸ひろ子プロフィール】 ・1964年6月9日東京都の生まれ。 ・角川映画の中心的存在として『セーラー服と機関銃』、『Wの悲劇』などで主演を務め社会現象を巻き起こす。 ・近年は、『ALWAYS 三丁目の夕日』や『1リットルの涙』母親役を演じることが多く数々の賞を受賞している。 音楽好きで、娘たちにも楽器を習わせており、優しく良き父親だが事故で亡くなってしまう。 【光石研プロフィール】 ・1961年9月26日福岡県生まれ。 ・『博多っ子純情』で映画デビュー。 ・過去に朝ドラには6回出演しており、クセのある役から温厚な役まで幅広く演じることができる名バイプレイヤーの1人。 【松井玲奈プロフィール】 ・1991年7月27日兵庫県生まれ、愛知県出身。 ・SKE48のメンバー。 ・ドラマ『わたし旦那をシェアしてた』、『シャーロック』などに出演。 ・朝ドラ出演は「梅ちゃん先生」 瀬川みどり役に続いて2作目。 【森七菜プロフィール】 ・2001年8月31日大分県生まれ。 ・園子温オリジナルドラマ『東京ヴァンパイアホテル』で女優デビュー。 ・映画『東京喰種』、ドラマ『少年寅次郎』、『ニッポンノワール』など話題作に次々に出演している注目の若手女優。 【古川雄大プロフィール】 ・1987年7月9日長野県出身。 ・趣味はジャズダンス・クラシックバレエ・ギター・作詞・作曲で、特にダンスは様々なコンテストで受賞経験がある。 ・ドラマ『下町ロケット』、『トップナイフ』に出演、2020年公開の映画『コンフィデンスマンJPプリンセス編』への出演も控えている。 【平田満プロフィール】 ・1953年11月2日愛知県出身。 ・早稲田大学出身。 ・『蒲田行進曲(1982)』の村岡安次役でブレイクし、その後はドラマ、映画に多数出演する名脇役。 裕一に女心を教える。 【堀内敬子のプロフィール】 1971年東京都生まれ。 「憑依型女優」と知られ三谷幸喜監督・脚本の作品に多く起用されている。 映画『THE 有頂天ホテル』、ドラマ『サラリーマンNEO(2006)』、 『CHANGE(2008)』など出演作多数。 ギターが得意な、コロンブスレコードに採用された裕一と同期の作曲家。 【野田洋次郎プロフィール】 ・1985年生まれ東京都出身。 ・ロックバンド「RADWIMPS」のボーカル。 ・朝ドラ出演は初めて。 新聞記事を見て、裕一をコロンブスレコードに入社させるように、指示する。 【志村けんプロフィール】 ・1950年生まれ、東京都出身。 ・1974年にドリフターズに加入し、人気者に。 ・映画『鉄道員(1999)』『キネマの神様(2020)』に出演。 ・コントやバラエティに専念するため、演技の仕事のオファーは極力断るようにしている。 学生ながらソロリサイタルを開催するほどの実力の持ち主で音の良きライバルとなる。 【小南満佑子プロフィール】 兵庫県生まれで、現在23歳。 高校2年の時にはミュージカル「レ・ミゼラブル」のオーディションに最年少で合格するなど、役同様に若手実力派の音楽家。 東京音楽大学を卒業し、「レ・ミゼラブル」コゼット役 、「タイタニック」ケイト・マクゴーワン役 など数々の舞台で活躍。 10歳離れた兄・小南竜平もミュージカル俳優として活動している。 男性客から絶大な人気を誇る。 裕一の初恋(?)の相手。 【堀田真由プロフィール】 1998年滋賀県出身。 WOWOW連続ドラマW『テミスの求刑』でデビュー。 2014年の朝ドラ『わろてんか』で主人公の妹・りんを演じ注目される。 その後も『ブラック校則(2019)』、『恋はつづくよどこまでも(2020)』に出演。 ファッションモデルとして活動するかたわら、『きみはペット』、『イノセンス 冤罪弁護士』などドラマにも出演し女優しても活躍。 【黒川芽以プロフィール】 ・1987年東京都生まれで現在33歳。 ・朝ドラ『風のハルカ』でヒロインの妹・アスカを演じ注目。 裕一の作曲家としての転機をもたらせてくれる人物。 【三浦貴大プロフィール】 ・1985年東京都出身。 ・2005年『ALWAYS 三丁目の夕日(2005)』でデビュー。 ・NHK大河ドラマ『花燃ゆ』で毛利元徳役を演じた。 「酒か涙か溜息か」「船頭可愛や」を作詞し、裕一の成功のキッカケとなる人物。 【ノゾエ征爾プロフィール】 ・1975年岡山県生まれ。 ・最近はNHK大河ドラマ「いだてん」に出演。 他にも日本語吹き替えや舞台俳優としても活躍。 のちに多くの名曲を生み出すことになる天才作曲家・古山裕一である。 老舗の跡取りとして育てられた裕一だが、少々ぼんやりしていて、周りには取り柄がない子どもだと思われていた。 しかし音楽に出会うと、その喜びに目覚め、独学で作曲の才能を開花させてゆく。 青年になった裕一は家族に内緒で海外の作曲コンクールに応募。 このことが裕一の運命を変えてしまう。 なんと応募した曲が上位入賞したのだ。 そしてそれをきっかけに、裕一は歌手を目指している関内音と知り合う。 上京すると、二人には個性豊かな人々との出会いが待っていた。 そして不遇の時代を乗り越え、二人三脚で数々のヒット曲を生み出していく。 しかし時代は戦争へと突入し、裕一は軍の要請で戦時歌謡を作曲することに。 自分が作った歌を歌って戦死していく若者の姿に心を痛める裕一・・・。 戦後、混乱の中でも復興に向かう日本。 出展元:NHKドラマトピックスHPより 気弱な主人公が、明るくポジティブな妻の支えによって、どのように誰もが口ずさめるヒット曲を作っていくのか・・・。 古き良き昭和の時代を生きた夫婦と、個性豊かな共演者が贈る『エール』は、その名の通り朝から元気を与えてくれそうですね! 次回作の朝ドラ『おちょやん』のキャストは以下に記事をご覧ください。 2007年に「道」という曲でデビューしてから、メッセージ性あふれる歌詞とキャッチーなメロディで親しまれてきたGReeeeN。 今回の「星影のエール」は、毎朝流れて「その日、一日頑張ろう!」と思わせる曲に仕上がっています。 『エール』のモデルは、GReeeeNと同郷の福島県出身の古関裕而さんですので、ぴったりの選出ではないでしょうか。

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