ウォーリー イヴ。 『ウォーリー』【あらすじ/ネタバレ】地球に残った最後のロボットが魅せる物語

ウォーリーのレビュー・感想・評価

ウォーリー イヴ

トイストーリーも良い。 カールじいさんだって素晴らしい。 ニモだってベイマックスだってモンスターズインクだってもちろん面白かった。 でも何回観直してもやっぱり思う。 「ウォーリーがピクサーの最高傑作なのでは?」。 以下、ネタバレも厭わず箇条書き形式で綴るお手軽映画レビュー。 世界観の説明めちゃめちゃスマート なぜ地球がこんな状態なのか。 地球人はどこに消えたのか。 ウォーリーとは何者なのか。 何をしているのか。 動力は何か。 どの程度の知識 機能 を有しているのか。 それらを実に手際よく、ほとんどセリフを用いず冒頭だけで伝え切る。 ビルかと思われたゴミの山を、えっ、もしや、これ全部お前が一人で積んだんか……?!と想像させ、ウォーリーの立ち振る舞いに700余年の孤独を感じ、泣かされる。 冒頭から凄い。 ウォーリーめちゃくちゃ可愛い EVEの上陸以降、おそらくウォーリーが初めて出会った他者 ゴキブリ除く に一喜一憂する仕草が可愛い過ぎる。 冒頭の積年の孤独描写が活きているから、自然とウォーリーを応援してしまう。 馬鹿っぽい感想に見えるが、子供が多く鑑賞するであろうアニメーション作品の主演が、死ぬほど可愛くて応援したくなるのは賞賛されるべき正義。 宇宙を美しく描いてくれて素敵 EVEの離陸とともに物語も急加速。 大気圏を突き抜けたウォーリーが見る宇宙空間が…… 美しい。 終盤にウォーリーとEVEが再度宇宙に放り出されるシーンも大変ロマンチックだが、ここは未知の冒険への旅立ちであり、「宇宙すげー!行ってみてー!」と思わせてくれることが、この手の作品でどれだけ大切か。 話が少し逸れるが、『ベイマックス』でも主人公が大学内の研究室に初めて入るシーンを、とても楽しげに、魅力的に描くことに力を入れていた。 「科学すげー!俺もやってみてー!」と子供に感じさせること。 要は 夢を見せること。 それこそがフィクションやエンターテイメントの使命であると、ピクサーはどんな作品でも主張し続けている。 現代人への強烈な皮肉に胸痛い 舞台が宇宙船に移って暫く経つと、ようやく物語冒頭で登場した人間が実写で、船内の人間はデフォルメCGである意味が分かる。 操舵室の歴代艦長写真が示す通り、 文明に溺れ過ぎるなかれ!という警鐘を打ち鳴らすテーマが皮肉とともに浮き彫りになる。 懐が深い。 ポンコツたちの役割が豊かすぎる ウォーリー達が幽閉される先は、故障したロボットたちの言わば隔離病棟。 完全なる世代遅れマシンのウォーリーに彼らが触発され、反旗を翻していく。 よくある展開ではあるが、ここもピクサーが毎作必ず盛り込む「ポンコツたちへの愛」で満ちている。 たとえ、世間的には現在の立ち位置が弱者や敗者と呼ばれるものであっても、諦めるな、続けろ。 必ず全てが上手くいくとは限らないけれど、どこかで道は通じるぞ、というメッセージ。 「夢をみせること」と同列で、そこに内包する残酷さや苦痛も表現するから作品全体が豊かになる。 これこそがピクサー作品の本質的な魅力であるように思う。 ポンコツたちは、決してただの狂言回しではない。 三谷幸喜氏とかは、ピクサーのこういうところを真摯に学んだ方が良いと思う。 人間の自立とは?というとんでもなくデカいテーマを正面から提示する いよいよクライマックスに近づくと、まずは艦長が、続いてウォーリーとも接触したジョンとメアリーが、少しずつ人間性を回復する。 2001年宇宙の旅のテーマに乗せて、文字通り「自立」していく。 そのきっかけは、「好奇心」であり「郷愁の念」であり「父性・母性」でもある。 こう活字にして並べ立てると大仰に聞こえてしまうが、滑り落ちる赤子を咄嗟に抱きかかえる、といった表現で押し付けがましくなく提示する。 "マニュアル"という単語の読み方すらしなかった艦長が、ライブラリを眺めて「人間ってすげー!!地球ってすげー!!」とボルテージを上げていく様が、本作のテーマの根幹にタッチしている。 用意されたレールを外れる、というシーンも複数配されている。 「自立」の暗喩をあげつらえば枚挙に暇が無くさりげない。 EVEとウォーリーの「心」の交流描写もスマート 前述の「人間の自立」と平行して、「機械同士の心の交流」の見せ方も、本当に、うっとりするほどスマートだ。 プラントを匿っている間、ウォーリーがどうやって自分を守っていたかをEVEが知るシーンは、『ベイマックス』でヒロがベイマックスを通じて、タダシが何を想ってベイマックスを開発したかを知る涙腺決壊シーンに通ずる、ピクサーの十八番表現。 やっぱりピクサーは「アニメーション」の作り手として偉すぎる 舌を巻くのは、故障から復活した ように見える ウォーリーが、EVEのある行動によって、これまた文字通り、再び「命を宿す」シーン。 別に見た目上は何も変わっていないのに、確かに、再び命が注がれたように見えるのだ。 無機物に、命を宿す。 これこそがアニメーション。 もちろんプロットは毎回素晴らしい。 これだけ様々なテーマを詰め込んで90分あまりで作品を纏める手腕も末恐ろしい。 でも本当に素晴らしいのは、ピクサーがとことんまで「アニメーション」のクリエイターであることだ。 感服する。 映画史に残る、至極のエンドロール 長々と書きなぐってきたが、この作品で真にとんでもないのは、最大級で涙腺が決壊するのは、人類の、農業の発展の歴史を「絵画史」になぞらえて描くエンドロールだ。 壁画から始まり、印象派やゴッホを通過し、ドット絵に着地する。 その先に続くテクノロジーは、きっと本作の表現技法でもある「3DCGアニメーション」に繋がっていくのだろう。 これは凄い。 完璧な円環構造。 つまり『ウォーリー』は、家族連れムービーの衣を纏った「人間讃歌」のお話だった。 単純に進化した文明を「悪」と一刀両断するのではなく、人類の進化の傍らに、ポンコツたちが寄り添っているのが分かるのも粋な演出だ。 やっぱりウォーリーが最高傑作だろ こんな壮大で豊かなテーマを内包したお話だと、誰が本作の予告編やアートワークを目にした時点で想定しただろう。 大き過ぎる風呂敷をここまで最高の形でたたむ作品はなかなか他に挙げづらい。 ここまで穿った見方をせず、なーーんにも考えず気軽に見たってガハハと笑えてしんみり泣けもする。 完璧だ。 これに対抗し得るピクサー作品は、個人的には『トイストーリー3』か『モンスターズインク・ユニバーシティ』のいずれかにはなると思う。 どちらも続編モノであることを最大限に活用した作りであることを考えると、やっぱり、ウォーリーが最高だろ。 まだ未鑑賞の方は、ぜひに。

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ウォーリー (映画)

ウォーリー イヴ

本記事は2013年に執筆した記事を2020年にリライトして再掲載しております。 アニメ映画の枠を超えた素晴らしき傑作 これは、私が最も好きなピクサーのアニメーション映画です。 『 ファインディングニモ』の監督でもあるアンドリュー・スタントンの傑作です。 アカデミー賞長編アニメ賞も受賞してます。 この映画は劇場で鑑賞しました。 ピクサー映画ですし安心のクオリティと思い、「娯楽」を求めて行きました。 結果は面白かった!期待通り、いや期待以上の面白さでありクオリティでした。 ストーリーが上記の概要しか知らずに行ったため、後半は全く予想と異なる展開だったのも面白かったです。 「娯楽」に満足しましたが、「娯楽」だけの映画ではありませんでした。 人間といいますか、文明社会といいますかそれに対する皮肉が散りばめられていました。 しかしそれはただ今の文明社会を批判するものではなく、 未来への願いが描かれていたと思います。 途中もの寂しい感覚を抱くのですが、最後の最後エンドロールを含めた物語によって、希望が見えました。 その辺後ほど詳しく書きましょう。 無声映画ってこんなに美しいんだ! この映画は「無声映画」のジャンルに足を踏み入れてます。 主人公のウォーリーはロボットのため言葉を離せません。 映画の前半は劇中に出てくるテレビやラジカセの音声だけで、台詞は皆無です。 ウォーリーが話すのは 「ウォーーーーリーーーー」と「イヴァーーーーー」だけですから(笑) しかし一切台詞がないのに映画のストーリーはわかりますし、 ウォーリーの感情までわかるのです。 もう一度いいますがウォーリーはロボットです。 人間のように表情で感情を表現できないのです。 言葉でも表情でも感情表現がわからないのに、 少し動く目のレンズと「うー」とか「わー」といった言葉ではない言葉のトーンで、 ウォーリーの喜怒哀楽がわかるのです。 テレビを見て「誰かと手が繋ぎたい」と夢見ていること。 初めてイヴを見た時すぐに恋に落ちたこと。 イヴと離れそうになった時焦ったこと。 イヴに気持ちが伝わって喜ぶこと。 そして元気のない時のこと。 それらがわずかな動きでも伝わってくるのです。 これはもうアンドリュー・スタントン率いるピクサーの制作チームの才能以外の何者でもありません。 言葉も無ければ台詞もない、しかしストーリーはわかり、感情までわかる。 しかも楽しい!それに添えられるトーマス・ニューマンの音楽がまた素晴らしい。 時に美しく、時に楽しく、時に悲しく。 この神懸りの前半戦でお腹いっぱい大満足です。 本作はここからの後半がまた凄い しかし廃墟と化した地球でのウォーリーの楽しいお話だけでは、 この映画が何を伝えたいのかがわかりません。 29世紀、廃墟の地球という設定上、今の文明社会への警告が示されてるわけですが、 前半だけでは「だから何? 」とメッセージ上では疑問が残ります。 それを解決していくのが後半になります。 少しネタバレになりますが、 これを読んでからでも楽しめますのでこの後もお付き合い下さい。 本作後半には人間が出てきます。 イヴの正体といいますか、イヴが地球にきた目的こそ伏せますが、 イヴとのあれこれの末にウォーリーは宇宙船アクシオム号にたどり着きます。 この船は700年前にゴミだらけで暮らせなくなった人間が脱出兼娯楽旅行として出発した船で、 何世代にも渡り航行を続け今でも安全に宇宙を旅している船です。 各種ロボットが超高性能で食事から散髪や娯楽までロボットが手伝ってくれる夢のような生活です。 正直この設備でならお金出して1週間くらいは行きたいと思いました。 でも「1週間」でいいです。 なぜか? 映画を見ればわかりますが、ここで登場する人間は自ら行動することを放棄した人間です。 一言で言えば太って動けない人間です。 それも100人中100人。 ロボットは便利だが生まれた時から動かないから太って自分で何もできないという。 これは痛烈な皮肉ですね。 そんな人間たちはウォーリーがアクシオム号でハチャメチャすることで一人また一人と、 自分で行動することをしていきます。 船長も地球に帰ることを決意します。 この人間が地球に帰るというのが映画のもう1つの大きな主題となります。 よってこの映画は娯楽性とメッセージ性を兼ね備えた、「ウォーリーとイヴの恋の物語」であり「人間が地球で再生しようとする物語」なのです。 人間の物語における船長の台詞「私は生き残りたいんじゃない。 生きたいんだ。 」は名言ですね。 書いてると後半は重い話なのかとも思いますが、 これらがハチャメチャ騒動として娯楽たっぷりに描かれます。 なので、くすくす笑ったり驚いたり楽しめます。 前半の廃墟な地球と違いアクシオム号は美しいですし映像美も堪能できます。 大騒動が収まり、廃墟の地球が最後の場面となります。 ウォーリーとイヴの恋も決着がつきます。 うるうるしちゃいましたね決着つくまで。 この二人の恋模様については満足した方多いのではないでしょうか。 結末への賛否両論を考えてみる しかし、人間側の決着については賛否ありますね。 「ウォーリーこそ生きれたがこんな廃墟の地球で人間が再スタート切れるわけがない。 デブで自分の動きもままならない人間が新しく文明なんて作れるわけがない。 植物の苗からピザが生えてくると思ってる連中だ」 確かにそのような不安を残しますね。 ここで映画は終わります。 が、ここで終わらないのがこの映画が傑作と思う所以です。 この映画はこのあとエンドロール中に絵画1枚1枚によってその後の物語が語られるのです。 1歩、また1歩と再生していく人間の姿が描かれます。 確かに今までダラけた生活をして何も知らない無知な人間たち。 しかし、絵画を見るとわかるのですが、そこに描かれているのは、 再生への苦悩ではなく「ロボットと共に新たな未来を築いていこう」というメッセージです。 このエンドロールを美術史の観点から詳細にTwitterで解説してくださったまとめがあるので。 映画のストーリー上、地球が廃墟になったのは人間がゴミを出しすぎたせい。 だからあとはお掃除ロボットにお任せ。 しかし地球のゴミはロボットでもどうにもならず、 結果人間は宇宙を航行して生き残るしか選択肢がなくなったという感じです。 人間か?ロボットか?の択一の結果人間はロボットにコントロールされるだけとなり… となってしまっていたものが最後は「人間とロボットの共存」になるのです。 ストーリーとしてこれが100年後もうまく共存しているかという保証はないでしょう。 しかし映画としてはうまく決着の付いたラストでしょう。 だからこそ私はこの映画が大好きなのです。 時に寝転がりながらiPadで見れる楽しい映画でもあり、 時にしっかり集中してメッセージ性を噛み締め、かつ明るい未来を考えるメッセージ映画でもあり、 無声映画として素晴らしいクオリティの映像、演出の楽しめる映画好きにはたまらない映画でもあるのです。 色んな見方のできる奥深い映画なのです。 今の子供たちでこの映画を見た子は、 「ウォーリーかわいいー!」 「イヴ強いー!」 「モーかわいいー!」 などの印象になるでしょう。 それでこそアニメ映画なのでそう思って楽しんでほしいですね。 これが10年、20年となった時、昔何となく面白かったウォーリーを見て、色々深く考えた、 なんてことが起きるかもしれませんね。 どん底からの再生、それは映画のように地球規模でも言えますし、 各国、日本という括りでも言えるでしょう。 震災等自然災害でもそうでしょう。 苦悩があり、そして先が見えないこともあります。 しかしそれを何とか乗り越え、時に助けあい、時にぶつかり合い、 そして過去を振り返ったときに、未来に少しだけ希望が見えるといいな。 また未来に不安が見えたなら少しでもそれを先に摘み取って、笑顔が少しでも増えるといいな。 そんなことを思わせてくれる映画でした。

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ディズニー映画「ウォーリー」から感じた事

ウォーリー イヴ

トイストーリーも良い。 カールじいさんだって素晴らしい。 ニモだってベイマックスだってモンスターズインクだってもちろん面白かった。 でも何回観直してもやっぱり思う。 「ウォーリーがピクサーの最高傑作なのでは?」。 以下、ネタバレも厭わず箇条書き形式で綴るお手軽映画レビュー。 世界観の説明めちゃめちゃスマート なぜ地球がこんな状態なのか。 地球人はどこに消えたのか。 ウォーリーとは何者なのか。 何をしているのか。 動力は何か。 どの程度の知識 機能 を有しているのか。 それらを実に手際よく、ほとんどセリフを用いず冒頭だけで伝え切る。 ビルかと思われたゴミの山を、えっ、もしや、これ全部お前が一人で積んだんか……?!と想像させ、ウォーリーの立ち振る舞いに700余年の孤独を感じ、泣かされる。 冒頭から凄い。 ウォーリーめちゃくちゃ可愛い EVEの上陸以降、おそらくウォーリーが初めて出会った他者 ゴキブリ除く に一喜一憂する仕草が可愛い過ぎる。 冒頭の積年の孤独描写が活きているから、自然とウォーリーを応援してしまう。 馬鹿っぽい感想に見えるが、子供が多く鑑賞するであろうアニメーション作品の主演が、死ぬほど可愛くて応援したくなるのは賞賛されるべき正義。 宇宙を美しく描いてくれて素敵 EVEの離陸とともに物語も急加速。 大気圏を突き抜けたウォーリーが見る宇宙空間が…… 美しい。 終盤にウォーリーとEVEが再度宇宙に放り出されるシーンも大変ロマンチックだが、ここは未知の冒険への旅立ちであり、「宇宙すげー!行ってみてー!」と思わせてくれることが、この手の作品でどれだけ大切か。 話が少し逸れるが、『ベイマックス』でも主人公が大学内の研究室に初めて入るシーンを、とても楽しげに、魅力的に描くことに力を入れていた。 「科学すげー!俺もやってみてー!」と子供に感じさせること。 要は 夢を見せること。 それこそがフィクションやエンターテイメントの使命であると、ピクサーはどんな作品でも主張し続けている。 現代人への強烈な皮肉に胸痛い 舞台が宇宙船に移って暫く経つと、ようやく物語冒頭で登場した人間が実写で、船内の人間はデフォルメCGである意味が分かる。 操舵室の歴代艦長写真が示す通り、 文明に溺れ過ぎるなかれ!という警鐘を打ち鳴らすテーマが皮肉とともに浮き彫りになる。 懐が深い。 ポンコツたちの役割が豊かすぎる ウォーリー達が幽閉される先は、故障したロボットたちの言わば隔離病棟。 完全なる世代遅れマシンのウォーリーに彼らが触発され、反旗を翻していく。 よくある展開ではあるが、ここもピクサーが毎作必ず盛り込む「ポンコツたちへの愛」で満ちている。 たとえ、世間的には現在の立ち位置が弱者や敗者と呼ばれるものであっても、諦めるな、続けろ。 必ず全てが上手くいくとは限らないけれど、どこかで道は通じるぞ、というメッセージ。 「夢をみせること」と同列で、そこに内包する残酷さや苦痛も表現するから作品全体が豊かになる。 これこそがピクサー作品の本質的な魅力であるように思う。 ポンコツたちは、決してただの狂言回しではない。 三谷幸喜氏とかは、ピクサーのこういうところを真摯に学んだ方が良いと思う。 人間の自立とは?というとんでもなくデカいテーマを正面から提示する いよいよクライマックスに近づくと、まずは艦長が、続いてウォーリーとも接触したジョンとメアリーが、少しずつ人間性を回復する。 2001年宇宙の旅のテーマに乗せて、文字通り「自立」していく。 そのきっかけは、「好奇心」であり「郷愁の念」であり「父性・母性」でもある。 こう活字にして並べ立てると大仰に聞こえてしまうが、滑り落ちる赤子を咄嗟に抱きかかえる、といった表現で押し付けがましくなく提示する。 "マニュアル"という単語の読み方すらしなかった艦長が、ライブラリを眺めて「人間ってすげー!!地球ってすげー!!」とボルテージを上げていく様が、本作のテーマの根幹にタッチしている。 用意されたレールを外れる、というシーンも複数配されている。 「自立」の暗喩をあげつらえば枚挙に暇が無くさりげない。 EVEとウォーリーの「心」の交流描写もスマート 前述の「人間の自立」と平行して、「機械同士の心の交流」の見せ方も、本当に、うっとりするほどスマートだ。 プラントを匿っている間、ウォーリーがどうやって自分を守っていたかをEVEが知るシーンは、『ベイマックス』でヒロがベイマックスを通じて、タダシが何を想ってベイマックスを開発したかを知る涙腺決壊シーンに通ずる、ピクサーの十八番表現。 やっぱりピクサーは「アニメーション」の作り手として偉すぎる 舌を巻くのは、故障から復活した ように見える ウォーリーが、EVEのある行動によって、これまた文字通り、再び「命を宿す」シーン。 別に見た目上は何も変わっていないのに、確かに、再び命が注がれたように見えるのだ。 無機物に、命を宿す。 これこそがアニメーション。 もちろんプロットは毎回素晴らしい。 これだけ様々なテーマを詰め込んで90分あまりで作品を纏める手腕も末恐ろしい。 でも本当に素晴らしいのは、ピクサーがとことんまで「アニメーション」のクリエイターであることだ。 感服する。 映画史に残る、至極のエンドロール 長々と書きなぐってきたが、この作品で真にとんでもないのは、最大級で涙腺が決壊するのは、人類の、農業の発展の歴史を「絵画史」になぞらえて描くエンドロールだ。 壁画から始まり、印象派やゴッホを通過し、ドット絵に着地する。 その先に続くテクノロジーは、きっと本作の表現技法でもある「3DCGアニメーション」に繋がっていくのだろう。 これは凄い。 完璧な円環構造。 つまり『ウォーリー』は、家族連れムービーの衣を纏った「人間讃歌」のお話だった。 単純に進化した文明を「悪」と一刀両断するのではなく、人類の進化の傍らに、ポンコツたちが寄り添っているのが分かるのも粋な演出だ。 やっぱりウォーリーが最高傑作だろ こんな壮大で豊かなテーマを内包したお話だと、誰が本作の予告編やアートワークを目にした時点で想定しただろう。 大き過ぎる風呂敷をここまで最高の形でたたむ作品はなかなか他に挙げづらい。 ここまで穿った見方をせず、なーーんにも考えず気軽に見たってガハハと笑えてしんみり泣けもする。 完璧だ。 これに対抗し得るピクサー作品は、個人的には『トイストーリー3』か『モンスターズインク・ユニバーシティ』のいずれかにはなると思う。 どちらも続編モノであることを最大限に活用した作りであることを考えると、やっぱり、ウォーリーが最高だろ。 まだ未鑑賞の方は、ぜひに。

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