チェンソー マン raw。 賀来ゆうじが先生が『チェンソーマン』に秘められた魅力を斬る!!│ ジャンププラス

[藤本タツキ] チェンソーマン 第01

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アベンジャーズの最強ラスボス・サノスさん、クソ雑魚だった事が判明・・・・• 【比較】初期から最も画力が上がった漫画家が凄すぎるwwwwww• 【画像比較】人気漫画の「黙れ」シーンをご覧くださいwwwwwww• ヒロアカのキャラでとあるの「一方通行」にどれくらい通用すると思う? 【画像】からかい上手の高木さん、とんでもないイチャラブをみせてしまうwwww• 【名シーン】ジャンプ史上最高の『敵同士の対決』ってなんだと思う?• ジャンプで打ち切られた作者さん、とんでもないことを告白する・・・・・• 【画像】漫画史上、1番かっこいいと思ったシーンを挙げてけ• 【名言】昔のルフィって船長の貫禄メチャクチャあったよな。。。 【ワンピース】• 【朗報】神と人間を13vs13で戦わせる漫画「終末のワルキューレ」、ガチで人気が出てしまうwww 関連記事.

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【チェンソーマン 4巻 ネタバレ注意】マキマさんの能力解禁&新しい魔人・悪魔が描かれる

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今日の名フレーズ タフじゃなくては生きていけない。 というのも、 前回の第16話と17話とで、事態に大した進展がないからです。 もちろん、ホテルの8Fを支配する悪魔の正体のベールがだんだんと明かされてはいるのですが、このホテルからどう脱するのかという問題は依然として現状維持のまま。 うーん、そこは 隠さず言及するべきでしたね。 おそらく作者は、「アキの刀」が「脱出を決定付けるとっておきの秘策」ということから、 次号あたりにまで引っ張っておきたかったのでしょう。 しかし、そうするべきではありませんでした。 というのも、 意味ありげに「アキの刀」というキーワードを出した以上、観客の関心は当然「アキの刀」に向いてしまうからです。 するとこのとき、 これまで観客の関心の中心を担ってきた「正体不明の悪魔」とか「どうやって脱出するのか」というテーマが、 「アキの刀を使えば脱出できるらしい」「そもそもアキの刀とは?」へと更新されます。 ようするに、 観客が物語内で注意を向けるポイントが変わるわけですね。 となれば、それ以降の展開で 作者がアクセントを置くべきポイント(強調して描くべきポイント)も変わってくるわけです。 しかしこれらはすでに、 観客に周知されている事実です。 「デンジを差しだせば脱出させたるぞ」という悪魔の契約は、究極の選択を突きつけるという演出的な意義はありますが、当然、ほんとうにその選択がとられるはずもない。 もとより作者も、「デンジVSアキ連合」という惨劇のバトルロイヤルを描きたいわけでもなさそうなので、悪魔の契約はもともと正解たりえないわけです。 それにくわえ、ホテルを支配するこの悪魔が、目下のところ、直接倒すことができないというのも、まえからほのめかされていましたし、「新展開」を呼び起こすには及ばない。 であるからして、 これまで何週かにわたって物語を盛り上げていた上記3つの「事実(ファクト)」は、観客の関心を引く力が薄れ始めているので、そろそろ限界がきていることになるわけです。 それが、 「アキの刀」です。 だからこそ、この第17話では、 「アキの刀」を中心にエピソードを展開させるべきだったのです。 ・アキの刀とは? ・なぜそれを使えば脱出できるのか? ・アキの刀を使う制約は? ・どうして使用を躊躇っているのか? これらの問いを明かしていくことが、ほんらいならばこの第17話の意義だったはずです。 しかし、そうはならかった。 「アキの刀」という重要な情報を出し惜しみをしてしまったがゆえに、 すでに新鮮味の薄れてしまっている「古い情報」を使いまわして展開をつないでしまったので(コベニの発狂も含めて)、今回わたしは、間伸びしている印象を受けてしまったのです。 第17話は、それが残念でしたね。 まとめ ・出し惜しみすべきではない「情報」を出し惜しんでしまった ・それゆえに前回のエピソードを焼き直したかのような展開になってしまった その他オススメ記事 お仕事依頼やご相談があればご連絡ください 一時期は社会学の研究者を志していたが、ひょんなことから友人と同人誌をつくることになり、それがきっかけで「創作」の世界にどっぷりハマる。 小説サークルを主宰し、「批評」の重要性を痛感する。 ・大学院時代の専門:思想史と社会学 ・好きな作家:H. ウェルズ、オー・ヘンリー、ポール・ギャリコ、スティーブン・キング ・好きな映画:ゴッドファーザー、第三の男、ターミネーター2 【 モットー】 「学問とは人生のユーモアである」 「批評とは自分自身の再発見である」 【Twitter】 【MAIL】 modi. kaki. modi. kaku gmail. com 【仕事】• 脚本や構成のブラッシュアップをする「スクリプター」• 出版社の依頼で取材&記事作成• 「」を月イチで主宰• 小説講座を主宰して創作アドバイス• Appleアプリの開発 「」(フレクオート) 好きなフレーズや名言を投稿してシェアするアプリです。 Appleストアにて無料配信中! カテゴリー•

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【ネタバレ漫画批評】『チェンソーマン』第17話【出し惜しみするべきではない「情報」とは?】

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だからお互いに同じ映画を見て、「あれかっこいいよね」って話していたものから引き出されるデザインが多い印象です。 あと、僕も藤本先生も、デザインに関してはディテールよりも、本質がしっかりしているデザインがかっこいいって思うタイプなんです。 どんな奇抜なデザインをしていても、その本質に目新しさがないと意味ないんですよね。 根本が考えられているデザインに惹かれるんだと思います。 僕の言葉で言うと、そういうデザインは「強度が高い」んです。 具体的には、チェンソーマンは狂暴でイっちゃってるっていうキャラの本質が、デザインからすぐに伝わるのがすごいなって思います。 そういうところは僕がやりたいところでもあるので、藤本先生の作品を見てるとすごく刺激を受けます。 キャラクターの性格で言うと、『ファイアパンチ』のトガタとか、藤本先生の描くキャラクターにはその人間性の中心にギャグがすでに含まれているんです。 だから、はたから見るとギャグにしか思えない行動も、そのキャラクター的には大真面目にやっているという構図ができる。 またそのキャラクターのギャグ要素がストーリーを動かしていくっていう作り方が、藤本先生の作品の根幹にあるような気がします。 そういえば主人公のデンジは藤本先生に似ています。 彼の語尾は完全に藤本先生のそれですもんね。 ご本人も「俺はよぉ、そのためだったらよぉ」とか、そういう口調でしゃべる時があるから(笑)。 『ファイアパンチ』もそういう作品だと思います。 僕たちは作品を評価する時の基準のかなり大きい部分が、「他の作品と違う感覚」とか「新しい見せ方」っていうところに占められています。 「こんなの見たことない!」っていうものを見た時の喜びが大きいんです。 ただし、単に変わっているだけではダメで、本当にその世界が存在すると思わせてくれる「マジ感」っていうのが必要なんです。 藤本先生の作品も、物語全体のスケールは壮大で次から次に展開が変化するんですけど、最終的には具体的な、手の届く感情に帰結させていこうとするんです。 そこに「マジ感」を感じられるというか。 そのあたりは『寄生獣』とか『シグルイ』などの名作に通ずるところがありますね。 でも、藤本先生はその好きなものをそのままの形でボーンって出しちゃう。 それを見ると「これ大丈夫か!? 」って思う時もあるんですが、読者にはそのまま受け入れられている。 だから『チェンソーマン』の悪魔も、デザイン的にはそれほど意外性はないですよ。 「あ~思っていた形が出てきた!待ってました!」っていう感覚で、デザインそのものには驚きはあまりありません。 ただ、それをそのままやるんだっていうところに「え~!? 」って思うことがあります。 具体的に言うと、デンジが変身するチェンソーマンのデザインについても、「とってつけた感じ」をあえて出していると感じました。 チェンソーの部分を自然に馴染ませるデザインは、藤本先生はやりたくないんだろうな、と思います。 あと、少し話はそれますが、第3話で藤本タツキという名前がビルの看板として出てくるのですが、「あえてやるチープさ」というか、そういう部分がすごく良いなと思いました。 あとでご本人に聞いてみたらアシスタントさんが勝手にやったと言っていましたが(笑)。 でもそれをOKにするのがすごく良いですよね。 そういう粗削りな部分というか、そのままドンって置いてある感じっていうのは、藤本先生が意識的にやっている部分だと思います。 担当:そういうことをやれる勇気がありますよね。 普通は不安になるようなことも「行っちゃえ!」とアクセルを踏む勢いがある。 賀来:そうですよね。 素材がそのままの形で出てくるような料理でも、お皿ぐらいは整えようかなって思うし、そのまま出すにしても「あえてそのまま出したんですよ」って説明したくなるんですけど、藤本先生にはそういうところがない。 そこはすごいなぁと思います。 変身後のデンジのデザインも、普通だったら「もう少しなんか足しちゃいたいな」って思うんですけど。 頭に取っ手が付いている感じも藤本先生らしいんですよね。 普通はチェンソーの化物をデザインしようとすると、刃の部分だけをメインにすると思うんですけど、藤本先生の場合は道具そのものが頭に乗っている感じになるんです。 あと、藤本先生と僕のデザインの仕方で違う点を挙げるとすれば、藤本先生は笑いの要素を取り入れているところですね。 僕はデザインする時、どうしても「かっこいい」ってことばかりにこだわってしまって、それは自分の欠点だと思っているんですけど、藤本先生は僕の好きなデザインの感性に加えて、結構大きな分量で笑いが入っている。 それはストーリー的にもそうです。 そこは憧れるところですよね。

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