亀田 興 毅 試合。 亀田三兄弟の嫁画像!和毅・大毅・興毅の妻は美人で純愛結婚!

亀田興毅vs河野公平の試合の勝敗予想。テレビ放送はいつ?

亀田 興 毅 試合

来歴 [ ] アマチュア時代 [ ] 最初は空手を習っていたが、11歳の時に父・史郎からを教わるようになる。 時代の3年間は、とボクシングの練習を並行して行っていた。 14歳の時、とを行った。 卒業後、ボクシングに専念するためには進学せず、社会人ボクシングで活動した。 フライ級優勝(当時15歳6か月)、フライ級ベスト4。 近畿予選大会フライ級優勝。 全日本実業団選手権フライ級優勝、第55回全日本社会人選手権フライ級優勝(16歳10か月)。 プロ時代 [ ] 17歳の誕生日(2003年11月17日)にプロボクサーとなった。 4月28日に大阪のからのへ移籍。 この時、3,000万円という移籍金が支払われたと報道された。 協栄ジム移籍、ライトフライ級での王座獲得 [ ] 2006年8月2日、元世界とのWBA世界王座決定戦を行い、12回2-1の判定勝ちを収めて王座を獲得。 しかし、初回終了間際ダウンを喫し、終始苦戦した亀田が王座獲得をしたことは賛否両論を呼んだ。 「ランダエタが勝っていた」という声も上がり、社会問題にまで発展した(詳細はランダエタの項とを参照)。 2006年12月20日、「王座決定戦の勝者は初防衛戦で世界ランキング1位の選手との指名試合を行わなければならない」というWBA規定と再戦を要求する声があったこともあり、東京・にて、(・同級1位)との再戦が初防衛戦として行うことが決まる。 亀田は今までのKO狙いから、アマチュア仕込みのフットワークを重視した戦法に変えたことでランダエダを振り回し、12回判定 3-0 勝ちを収めて初防衛に成功、前回とは違い、バッシングなしの正真正銘の勝利を得た。 1月18日、協栄ジムで行った記者会見で王座返上を表明。 3月24日に両国国技館で行う予定の試合はノンタイトルの10回戦で、に階級を戻して臨むことを発表した。 亀田ジム設立、2階級制覇達成 [ ] 2007年10月11日、世界王者と弟・の世界戦で大毅のセコンドにつき、不適切な指示をしたとして(JBC)より厳重戒告処分を受けた。 また、10月25日に予定されていた自身の試合も「対戦相手が決まらなかった」との理由で中止となった。 なお、行われる予定であった試合については、10月26日の記者会見で以下のことが明らかになった。 中止になった理由については、処分待ちの時点でリングに上がれないと亀田側が一方的に判断していただけであった。 対戦相手は決まっており、相手も試合に向けて調整を行っていたが、試合のキャンセルの連絡を入れていないなど主催者側にも不手際があった。 11月29日、WBC世界フライ級王者に12回判定(3-0)勝ちを収めて、・・・・・に次ぐ、日本のジム所属の選手で7人目の2階級制覇を達成した。 3月27日、でWBC世界フライ級と対戦し、0-2(112-116、112-115、114-114)の判定負けを喫し王座統一に失敗、僅か4ヵ月で王座から陥落した。 試合後に父・が控え室でWBCやの役員に対して暴言を吐き、メディアに対して「(事務局長)のクビをとる」などと不適切な発言をした問題で亀田ジムの無期限活動自粛と興毅、大毅、和毅の3人の東日本ボクシング協会の協会預かり選手になることが決定した。 更に無期限停止中となっていた父・のセコンドライセンスを剥奪しライセンスの再申請を認めないことや五十嵐紀行のクラブオーナーライセンス及びプロモーターライセンスの無期限停止処分も決定 、WBCからは父・が「90日間活動停止」という処分を科され、亀田陣営が申請していた興毅とポンサクレックの再戦も却下された。 2010年5月24日、五十嵐紀行に変わり吉井慎次が亀田ジム会長となり亀田ジムの再スタートが決定、興毅、大毅、和毅の3人も亀田ジム所属選手としての再スタートとなった。 2010年11月1日付で父・に代わりの代表取締役社長に就任した。 日本人初の3階級制覇達成 [ ] 2010年12月26日、の認定に伴い元WBA世界王者とWBA世界王座決定戦を行い、3-0(116-109、115-111、117-109)の判定勝ちを収め王座獲得に成功し、日本人選手としては初となる世界王座3階級制覇を達成した。 さらに、以来となる飛び級による複数階級制覇も同時に達成した。 同年2月7日に弟・大毅がWBA世界フライ級王座を獲得したことで「日本人初の兄弟王者」となっていたが、この日の自身の王座獲得で「日本人初の同時兄弟王者」も果たした。 5月7日、で、WBA14位と対戦し、8回にダウンを奪っての11回終了TKO勝ちを収めて世界戦初のKO勝利とともに初防衛に成功した。 2011年8月31日、において、WBA8位と対戦し、3回にダウンを奪い12回判定(3-0)勝ちで2度目の防衛に成功したものの、僅差判定だった為薄氷の勝利となった。 2011年12月7日、大阪府立体育会館において、WBA12位のと対戦し、3回に左ストレートでダウンを奪い、4回に左ボディでマシアスが跪いたところでレフェリーストップ。 4回2分4秒KO勝ちで3度目の防衛に成功した。 1月27日、暫定王者との指名試合に関する話し合いが決裂。 指名期限を越えている為、WBAから「年内に指名試合をするように」と通知を受けた。 2012年2月19日、中学生時代からの同級生で、亀田プロモーションの役員である伊東美香との結婚を発表。 同年3月3日に婚姻届を提出した。 2012年4月4日、でWBA世界バンタム級12位のと対戦し、12回判定(3-0)勝ちを収めて4度目の防衛に成功した。 しかし、挑戦者が終始圧倒していたにもかかわらず大差判定をつけたレフェリングもあり、場内に判定が告げられた際にはその試合内容にブーイングも飛んだ。 2012年5月16日、・のセント・カタリナ・シーサイド・チャペルで美香夫人と結婚式を行った。 父・史郎に「ここまで育ててくれたオヤジには感謝しています。 これからは新しい家族のためにも、ボクシングにより一層励んでいきたいと思います」と言葉を詰まらせながらも感謝の意を手紙で述べた。 2012年6月8日、2012年5月度のランキング でWBAは亀田が提出していた診断書を基に検討の結果、亀田への認定を決定した。 11月9日、WBAの2012年10月度のランキングで正規王者に認定された。 2012年9月3日、長男誕生。 2012年12月4日、大阪府立体育会館にてWBA世界バンタム級暫定王者で同級1位にランクされているウーゴ・ルイスとの王座統一戦を行う。 ルイスの強打を警戒し序盤から中盤まで距離を取っていたが、試合終盤には的確にパンチをまとめるなどの攻撃も見せて2-1(116-113、113-117、115-113)の判定勝ちを収め王座統一と5度目の防衛に成功した。 4月7日、当初はウーゴ・ルイスと対戦経験のあるWBA8位の(ベネズエラ)と6度目の防衛戦を行う予定だったが 、WBAから「パレホ側にビジネス上のトラブルがあった」との理由で対戦相手の変更指令を受け、2004年の、2008年のに出場経験があり、プロ12戦無敗の戦績を誇るWBA6位の(ドミニカ共和国)に対戦相手が変更になったのだが 、パヤノの保持するパスポートに不備が見つかりまたしても対戦相手の変更を余儀なくされ 、と対戦経験のあるWBA世界11位の(タイ)に亀田興毅の対戦相手がようやく決定した。 試合は大阪府立体育会館で行われ、パノムルンレックを2-1(115-113、115-114、113-116)の判定勝ちで6度目の防衛に成功した。 2013年7月23日、でWBA3位の(フィリピン)と対戦し、10回と12回にダウンを奪い3-0(117-109、118-108、119-107)の判定勝ちで7度目の防衛に成功した。 2013年8月30日、予定よりも早く次男誕生。 2013年11月19日、・の済州グランドホテルコンベンションホールにて元PABAスーパーフライ級王者でWBA14位の()と対戦し、2-1の判定勝ちで8度目の防衛に成功した。 王座返上 [ ] 2013年12月6日、WBA世界バンタム級王座を返上し、転向を表明した為、予定されていたスーパー王者アンセルモ・モレノとの間で行われる予定だった王座統一戦の入札は中止となった。 亀田ジム資格停止 [ ] 2013年12月25日、JBCが都内でランキング会を開き、亀田興毅は日本スーパーフライ級4位にランクインした。 2月7日、2013年に行われた亀田大毅ととの間で行われた世界スーパーフライ級王座決定戦の試合前記者会見後、ゲレロ陣営が日本製のグローブではなくカナダ製のグローブの使用を決めたことに不満を持った興毅、末弟で世界王者の亀田和毅と亀田ジム関係者2人がJBC職員が会見室から退室するのを妨害し、報道関係者を会場外に出し、JBC職員3人を残して全ての扉を閉め、興毅から「おかしいじゃないか」と脅され、外に出ようとしたところ和毅から首などを数回小突かれるといった暴行や恫喝をされて精神的苦痛を受けたなどとして興毅、和毅、亀田ジム関係者2人の計4人を相手取り、会見室から退室するのを妨害されたJBC職員3人のうちの1人のJBC職員の男性が1000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に同月6日付で提訴したことを記者会見を開き明らかにした。 「すごいプレッシャーを感じ、怖かった」と述べるも「正義を貫くために訴訟に踏み切った」と話した。 (ただし、亀田ジム側は虚偽の事実として名誉棄損で逆提訴を行い、2015年9月30日、東京地裁はJBC職員の主張は虚偽と認定して訴えを退け、亀田ジム側の勝訴が確定している。 )尚、試合で使用するグローブは亀田大毅、ロドリゴ・ゲレロの双方が「それぞれが選べる」という契約内容だったとのこと。 同日、JBCは記者会見を開き、吉井慎次会長の持つクラブオーナーライセンスと嶋聡マネージャーのマネージャーライセンスの更新を認めないと発表した。 尚、吉井と嶋は2013年12月31日にライセンスの更新を行っておらずライセンスが失効中であった。 JBCの慣例では遅れての更新も認められるのだが、吉井のクラブオーナーライセンスの更新が認められず、嶋のマネージャーライセンスの更新も認められない為、事実上の資格剥奪処分となった。 この処分で亀田ジムは活動停止となり、興行を開催できないだけでなく、選手のライセンスはジムを通してしか申請出来ない為、亀田興毅、大毅、和毅が保持するボクサーライセンスも実質的に失効となり、事実上の追放処分となった。 亀田興毅、大毅、和毅が国内で試合をするためには、新たに会長、マネージャーを置くか、他ジムへの移籍などの措置が必要になる為、亀田興毅、大毅、和毅がジム移籍を申請した場合、JBCは書類のみでは許可せず、本人らを厳格に審査して可否を判断するとのこと。 2014年4月21日、東日本ボクシング協会は理事会を開き、のWBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦に敗れながらも亀田大毅がIBF王座を保持し混乱を招いた件()で、吉井慎次会長がクラブオーナーライセンスを持つジムの会長としては名義貸しの状態で、ジム運営に携わっていない点や、ジム所属選手の海外での試合を報告せず安全管理を怠った点などの理由で吉井慎次会長を全会一致で除名処分とした。 亀田三兄弟が国内で試合をすることも可能にする為の一時的な措置として亀田三兄弟を「協会預かり」にすることに関して、東日本ボクシング協会の大橋秀行会長は「無い」と断言した。 同月25日、JBCは資格審査委員会並びに倫理委員会を開き、上述の吉井慎次会長の持つクラブオーナーライセンスと嶋聡マネージャーのマネージャーライセンスの更新を認めず事実上の資格剥奪処分となった件に関し、処分取り消しを求めた亀田ジム側が提出した証拠に再審議が必要と判断するものが無かった為、亀田ジム側の再審議請求を退けた。 2014年6月26日、JBCはランキング委員会を開き、亀田興毅は弟・大毅と共に半年以上試合間隔があき、かつ試合予定も立っていない選手はランキングの削除対象となるという内規に基づき、日本スーパーフライ級ランキングから除外された。 「」も参照 国内ジム移籍先から国外へ [ ] 2014年7月4日、亀田興毅はJBCに亀田ジムからUNITED BOXING GYMへの移籍を申請した。 2014年7月11日、JBCは資格審査委員会を開き、UNITED BOXING GYMへの移籍の可否を保留とした上で、UNITED BOXING GYMの三好渥義会長と亀田興毅から移籍の経緯などに関してヒアリングを行うことを決めた。 2014年7月26日、水面下で進められていたへの電撃移籍が消滅した。 角海老宝石ジムから亀田興毅に• 角海老宝石ジムで練習すること。 マッチメークは角海老宝石ジムの指示に従うこと。 角海老宝石ジム所属選手がで試合をする時には応援に駆けつけること。 といった条件を付けた上での移籍容認派と移籍反対派のせめぎ合いが2ヵ月に及び、最終的に移籍反対派が押し切る形になったとのこと。 2014年8月5日、UNITED BOXING GYMはJBCに提出していたUNITED BOXING GYMへの移籍申請を取り下げる方針を固めた。 2014年8月15日、JBCは亀田興毅とUNITED BOXING GYMの三好渥義会長へのヒアリングを同月22日以降に行う事を決定、移籍の経緯や選手のマネジメントなどを聴取した後、資格審査委員会を開き、亀田興毅のUNITED BOXING GYMへの移籍の可否を判断するとのこと。 2014年8月18日、JBCの秋山弘志理事長はUNITED BOXING GYM移籍問題について「ヒアリングをして、資格審査委員会のご意見を伺って決めますが、長引かせない。 天変地異のない限り今月中に最終結論を出します」と話した。 2014年8月21日、WBOは最新ランキングを発表し、WBO世界スーパーフライ級ランキングから除外された。 2014年8月22日、JBCは亀田興毅とUNITED BOXING GYMの三好渥義会長へのヒアリングを行い、移籍の経緯などについて聴取した。 UNITED BOXING GYMへの移籍の可否は同月25日に資格審査委員会を開いて判断するとのこと。 2014年8月25日、JBCは資格審査委員会を開き、JBCルール11条3項の「特別の事情」に当たるとして同月22日の亀田興毅とUNITED BOXING GYMの三好渥義会長へのヒアリングの内容も踏まえて審議し、満場一致でUNITED BOXING GYMが申請していたボクサーライセンスの更新を認めないという判断を下した。 三好渥義会長が78歳の高齢でUNITED BOXING GYMに殆ど姿を見せないなど「三好会長が亀田選手とスムーズな連携をとってトレーナーも含めしっかりとコントロールし、明確な責任を持てるかどうかについてをヒアリングや調査などを元に総合的に審査したが、それについての憂慮と懸念がある。 」ことが「特別な事情」と判断された為である。 この結果、UNITED BOXING GYMへの移籍申請が事実上却下された。 これにより亀田興毅が国内で試合が出来ない状況が続くことになったが、JBCの秋山弘志理事長は「移籍は寝耳に水。 常識的に(亀田サイドから)根回しがあるはず」と不満を口にし、亀田側の対応についても「何となくの不信感はある」と述べるなど、両者の溝は深く大きな隔たりを感じさせた。 この決定を受け亀田興毅は自身のブログで「応援してもらってる人達の前で試合がしたかったなぁ… ごめんなぁ…。 ファンのみんなにはほんまに申し訳ない気持ちでいっぱいです。 」とファンへの謝罪や「一ボクサーとして、今の現状は辛い… 辛いって言うかこのような状況に寂しい気持ちがある。 今はこれ以上言葉がないけど、近く、ちゃんとした形で自分から発信するつもりです。 」と心情を吐露するも、「『選手に罪はない、選手は守られるべき』と言われたけど、今回の却下理由は、JBCルールに『ライセンスの更新は特別な理由がない限り更新は認める』というルールがあるらしく、今回はそのルールに当てはまるらしい。 『特別な理由があるから更新は認めれない』という事なら、その理由を教えてもらいたいけど、それは答えられないと…。 」とJBCへの不満も記載した。 2014年8月27日、JBCは亀田興毅のUNITED BOXING GYMへの移籍申請が事実上却下となった理由をUNITED BOXING GYMの加藤竜太マネージャーに詳細に説明し、加藤竜太マネージャーは亀田興毅にJBCからの説明内容を報告した。 国外移籍後 [ ] 時期ははっきりしていないが、弟・大毅、和毅と共にと契約。 プロモート傘下に入る。 2014年8月30日、亀田興毅は海外活動視野に合宿地ののに向け出発した。 2014年9月5日、WBAはWBA世界スーパーフライ級王者のとの指名試合の入札を同月17日の午前11時にのWBA本部で行うと通達を出した。 2014年9月8日、亀田のボクサーライセンスが失効中のため、日本のリングに立てないことなど日本国内の特別な事情を汲み、選択試合を認めるようWBAに要望してきた。 しかし、WBAから反応はなく、同月17日に入札を開くとの連絡がワタナベジムに入った為、ワタナベジムの渡辺均会長は「これまでも事情を説明してきたが、WBAに対してもう一度抗議する」として、JBCを通じて文書で抗議する方針を示す。 翌9日、JBCは「今回の入札に関しては、いかなるプロモーションが落札するにせよ、ライセンスを持たないボクサーの試合をJBCは管轄しない」とし、日本開催を認めないことや、JBCがWBAの暫定王座制度などに異議を申し立ててきた事実を挙げた上で「今回の指名挑戦者の選定に関しても、当財団は大いなる疑念を持ち、そのことはWBA本部にも伝えてきた。 当財団としては、今後のWBAの世界王座や世界タイトルマッチに対する取扱いを再考する時期に来ているのかもしれないと感じることもある」と強い文言でWBAへの憤りを表すなど、指名試合の入札についての見解を発表した。 2014年9月18日、指名試合の入札を回避することで合意し、WBA本部で予定されていた指名試合の入札は中止となった。 2014年11月1日、のにて亀田和毅の前座でと116ポンド契約10回戦を行い、4回2分21秒KO勝ちを収め、約一年ぶりの復帰戦を勝利で飾った。 2014年12月9日、WBAからバンタム級王座を8度防衛したことを称えられ、スーパーチャンピオンベルトを贈呈された。 3月5日、WBAは河野公平と亀田興毅の間で指名試合の対戦交渉を行うよう指令を出した。 30日以内に対戦交渉が合意に至らない場合は入札になるとのこと。 引退 [ ] 2015年10月16日、のにての前座で、WBA世界スーパーフライ級王者のと対戦し、2回に亀田のローブローを食らった河野がレフェリーから僅かながら休憩を与えられ、試合再開後に河野の右ストレートで亀田がダウンし、3回に亀田が2度にわたるローブローによる反則で2点減点されるなど技術・ポイント共に終始劣勢を強いられた亀田は0-3(109-115、111-113、108-116)の判定負けを喫し4階級制覇に失敗した。 試合はテレビ局のによって全米に中継され平均視聴者数は31万5千人だった。 試合後、亀田は現役引退を表明した。 10月22日に第3子となる三男が誕生したことが11月14日に分かった。 2017年1月20日、JBCよりトレーナーライセンスの交付を受ける。 以後は協栄ジム所属のトレーナーとして、弟の和毅を中心に、女子プロボクサーのらの指導を担当している。 同年5月7日、『』で、素人相手ながらエキシビション4連戦を戦う。 現役復帰 [ ] 、インターネットテレビ局「AbemaTV新春ボクシング祭り! 亀田一家人生を賭けた3大勝負」の番組の中で「やり残したことがある。 やらなければならない試合がある。 」と現役復帰を宣言した。 同年3月にJBCに対しプロボクサーライセンスの再交付申請を行い、4月5日に再交付が認められた。 しかし対戦相手のに対するボクサーライセンスをJBCが認めず、亀田側は公式戦でなおかつ8オンスグローブ、8ラウンドでの試合を希望したが、結局5月5日に公式戦ではないヘッドギア無し、グローブは10オンス、6ラウンドの公開扱いで試合が行われ 、2回12秒TKOで亀田が勝利。 ただ亀田は試合後の引退10カウントゴング中にゴングを止め、「最後にどうしてもと拳を交えたい」として引退を撤回、現役続行の意向を示した。 しかし対戦は実現せず、同年11月10日に自身のブログで「私、亀田興毅は現役を退き、プロボクサーを引退することにしました」と改めて2度目の引退を表明した。 2019年6月、AbemaTVの特別企画としてとボクシングで対決する。 戦績 [ ]• アマチュアボクシング:16戦15勝1敗• プロボクシング:35戦33勝(18KO)2敗 戦 日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考 1 2003年12月21日 勝利 1R 0:44 KO デンナロン・シスソバ プロデビュー戦 2 2004年3月13日 勝利 1R 1:12 KO プラカルン・ツインズジム 3 2004年5月22日 勝利 1R 1:48 TKO サミン・ツインジム 4 2004年9月27日 勝利 10R 判定3-0 ダオチャイ・KTジム 5 2004年12月13日 勝利 2R 0:59 KO ノパデッチレック・チュワタナ 6 2005年2月21日 勝利 1R 2:10 KO ヨードゲン・シンワンチャー 7 2005年6月20日 勝利 1R 2:59 KO 8 2005年8月21日 勝利 3R 0:50 TKO ワンミーチョーク・シンワンチャー 東洋太平洋タイトルマッチ 9 2005年11月26日 勝利 7R終了 TKO 10 2006年3月8日 勝利 6R 2:20 KO カルロス・ボウチャン 11 2006年5月5日 勝利 2R 1:28 TKO カルロス・ファハルド 12 2006年8月2日 勝利 12R 判定2-1 世界王座決定戦 13 2006年12月20日 勝利 12R 判定3-0 WBA防衛1 14 2007年3月24日 勝利 10R 判定3-0 エベラルド・モラレス 15 2007年5月23日 勝利 8R 2:23 TKO イルファン・オガー 16 2007年7月28日 勝利 10R 判定3-0 セサール・ロペス 17 2008年3月22日 勝利 10R 判定3-0 レクソン・フローレス 18 2008年7月12日 勝利 2R 1:54 KO マリノ・モンティエル 19 2008年8月30日 勝利 12R 判定3-0 サルバドール・モンテス WBAインターコンチネンタルフライ級王座決定戦 20 2009年3月4日 勝利 2R 2:09 KO 21 2009年9月5日 勝利 5R 2:29 KO ウンベルト・プール 22 2009年11月29日 勝利 12R 判定3-0 (宮田) 世界フライ級タイトルマッチ/2階級制覇 23 2010年3月27日 敗北 12R 判定0-2 WBC世界フライ級王座統一戦/WBC王座陥落 24 2010年7月25日 勝利 4R 0:49 KO セシリオ・サントス 25 2010年12月26日 勝利 12R 判定3-0 WBA世界王座決定戦/3階級制覇 26 2011年5月7日 勝利 11R終了 RTD ダニエル・ディアス WBA防衛1 27 2011年8月31日 勝利 12R 判定3-0 デビッド・デラモラ WBA防衛2 28 2011年12月7日 勝利 4R 2:04 TKO マリオ・マシアス WBA防衛3 29 2012年4月4日 勝利 12R 判定3-0 ノルディ・マナカネ WBA防衛4 30 2012年12月4日 勝利 12R 判定2-1 WBA世界王座統一戦/WBA防衛5 31 2013年4月7日 勝利 12R 判定2-1 WBA防衛6 32 2013年7月23日 勝利 12R 判定3-0 ジョン・マーク・アポリナリオ WBA防衛7 33 2013年11月19日 勝利 12R 判定2-1 孫正五 WBA防衛8 34 2014年11月1日 勝利 4R 2:21 KO オマール・サラド 35 2015年10月16日 敗北 12R 判定0-3 (ワタナベ) WBA世界タイトルマッチ ・・・(非公式戦)・・・ ・・・(非公式戦)・・・ 36 2018年5月5日 勝利 2R TKO (バンタム級・エキシビジョンマッチ)• 1戦目:デンナロン・シスソバ( 0勝2敗)• 2戦目:プラカルン・ツインズジム(タイ 0勝3敗)• 3戦目:サミン・ツインジム(タイ 0勝4敗)• 4戦目:ダオチャイ・KTジム(タイ 0勝5敗)• 6戦目:ヨードゲン・シンワンチャー(タイ 0勝4敗)• 6戦目までの対戦相手の戦績は、Web上のボクシングデータベースで確認可能な試合分のみで公式記録ではない。 テレビ中継の:10. 王座獲得。 この後、防衛戦を行わず王座返上。 視聴率:8. 視聴率:24. 以下はの放送)• 当初、対戦相手として予定されていたのは、後に世界王者となるだったが、直前でキャンセルされたため、ボウチャンに代わった。 この試合中、亀田が放ったボディブローが下腹部への反則打撃()ではないかという意見が寄せられた。 解説についた元王者のも、ローブローと思われるパンチを放ったと発言している。 しかしこの試合のレフェリーを担当した試合役員・は亀田に対して注意・警告を行わなかった。 また、試合後、相手がローブローだとアピールしている最中に、セコンドについたは、威嚇するようなそぶりを示した。 視聴率:33. ファハルドは、2005年の試合(KO負け)以来の試合。 視聴率:42. 12回判定勝ちを収めてWBA世界ライトフライ級王座獲得。 10代で世界王者となった日本人選手は、(19歳6か月)、(18歳9か月)に次ぎ3人目。 この試合後から、その判定結果について業界内外から多数の賛否意見が寄せられた(「ファン・ランダエタとの対戦」参照)。 視聴率:30. 視聴率:16. 試合後、レフェリングに関し父史郎がレフェリーを務めたに対しての発言が問題となった。 視聴率:14. 地元大阪で2年半振りの試合。 約1年ぶりのKO勝利。 ゲストのはレフェリーストップのタイミングが早いと指摘した。 16戦目(2007年7月28日):セサール・ロペス( 24戦20勝4敗)• 18戦目(2008年7月12日):マリノ・モンティエル(メキシコ 43戦30勝12敗1分)• 初の海外(メキシコ)での試合。 19戦目(2008年8月30日):サルバドール・モンテス(メキシコ 元メキシコフライ級王者)• 22戦目(2009年11月29日):( 40戦35勝22KO2敗3分)• 視聴率:43. 6回終了時と7回終了後には瞬間最高視聴率51. プロボクシング中継では歴代2位の視聴率を達成。 平均視聴率はを抑え、2009年に放送された全番組の中で第1位となった。 2012年3月、300万円の賠償を勝ち取る。 WBC世界フライ級王座統一戦• 12回判定負け。 初黒星を喫し、王座陥落となった。 視聴率:22. 24戦目(2010年7月25日):セシリオ・サントス ( 41戦24勝14KO14敗3分)• 4回KO勝ちで再起。 25戦目(2010年12月26日): ( 38戦35勝27KO3敗)• 12回判定勝ちを収めて3階級制覇を達成した。 視聴率:13. 26戦目(2011年5月7日):ダニエル・ディアス( 20戦18勝13KO2敗)• 11回終了TKO勝ちを収めて初防衛に成功した。 視聴率:13. 27戦目(2011年8月31日):デビッド・デラモラ( 23戦23勝16KO無敗)• 12回判定勝ちを収めて2度目の防衛に成功した。 視聴率:16. 28戦目(2011年12月7日):マリオ・マシアス( 23勝(11KO)7敗1無効試合)• 4回KO勝ちを収めて3度目の防衛に成功した。 視聴率:10. 29戦目(2012年4月4日):ノルディ・マナカネ( 24勝(15KO)10敗1分)• 12回判定勝ちを収めて4度目の防衛に成功した。 視聴率:14. WBA世界バンタム級王座統一戦• 12回判定勝ちを収めて5度目の防衛と王座統一に成功した。 視聴率:20. 31戦目(2013年4月7日):( 36勝(19KO)1敗)• 12回判定勝ちを収めて6度目の防衛に成功した。 視聴率:11. 32戦目(2013年7月23日):ジョン・マーク・アポリナリオ( 17勝 4KO 2敗3分)• 12回判定勝ちを収めて7度目の防衛に成功した。 視聴率11. 33戦目(2013年11月19日):孫正五( 20勝(6KO)4敗2分)• 12回判定勝ちを収めて8度目の防衛に成功した。 また試合はアウェー、・で行われ、日本人世界王者としては史上4人目の海外防衛(興行:主催は「亀田プロモーション」)であった。 視聴率:10. 34戦目(2014年11月1日):オマール・サラド( 24勝15KO8敗2分)• 4回KO勝ちで復帰。 また試合はの前座で行われた。 35戦目(2015年10月16日):( 40戦31勝 13KO 8敗1分)• WBA世界タイトルマッチ• 12回判定負けを喫し4階級制覇に失敗。 試合後、現役引退を表明した。 また試合は亀田が国外追放処分を受けている為、日本人同士の対戦としては異例の・で行われた。 視聴率:7. その知名度からしばしば日本人からの対戦要求を受けてはいたが、プロデビューから6年にわたり日本人との対戦を行わなかった。 特にWBC世界フライ級王者は、かつて興毅に「6回戦レベルの選手」などと挑発され、数度にわたり公の場で対戦を希望していた。 だが内藤は対戦拒否を表明するも、大毅が内藤に謝罪をして和解が成立した。 その後、興毅は2009年11月29日に内藤の持つWBC世界フライ級王座に挑戦し、12回判定(3-0)勝ちを収めて2階級制覇を達成した。 興毅のデビューから8戦目まで対戦相手は全て選手である。 は2007年7月24日にタイ選手の出場を制限する処置をとっている。 獲得タイトル [ ] アマチュアボクシング [ ]• 第23回 優勝(、2002年)• 第54回 フライ級 ベスト4(日本アマチュアボクシング連盟、2002年)• 第24回全日本実業団ボクシング選手権大会 フライ級 優勝(日本アマチュアボクシング連盟、2003年)• 第55回全日本社会人ボクシング選手権大会 フライ級 優勝(日本アマチュアボクシング連盟、2003年) プロボクシング [ ]• 第4代WBAインターコンチネンタルフライ級王座(防衛0)• 世界フライ級王座(防衛0)• 2005年度プロ部門 KO賞・新鋭賞• 2006年度プロ部門 敢闘賞• 2009年度プロ部門 殊勲賞• 2010年度プロ部門 敢闘賞• 2011年度プロ部門 努力賞 エピソード [ ]• 好物はとされており 、に関し1月24日の公開練習後に「納豆がかわいそう」と発言し、愛好会の設立を宣言した。 2006年7月25日、世界初挑戦となるファン・ランダエタ戦を目前に、大手コンビニチェーンのが応援企画として、亀田の夏祭りシリーズ『チャンピオン・獲っタルぞ!弁当』、『メンチ切ってカツサンド』、『浪速乃闘拳サラダ』、『亀田の夏闘拳そば』など、亀田興毅の好物に因んだネーミングでを販売。 当初の予定によると、全国の各店舗で3週間限定の販売であった。 しかしランダエタ戦後、疑惑の判定を巡って亀田グッズを企画・販売した企業側にも批判が及んだ。 甘い物が大好きで、特にのポン・デ・リングが好物。 内藤との試合後の会見で、今後について聞かれた際「甘いでもいっぱい食べるかな」と発言したことから 、2009年11月30日放送の『』では、『』ではポン・デ・リングがそれぞれ用意され、生出演した際食べた。 さらに自身のプロデュースによるロールケーキ「kameda roll」が2010年2月6日より大阪・のカフェで販売された。 プロ時代前半に行っていたパフォーマンス [ ]• 対戦相手にを使用しないなどの態度については賛否両論がある。 亀田本人は「敬語は尊敬できる対戦相手だけに使えば良い」と主張している。 テレビ出演時に共演の芸能人やその他関係者には敬語を使用している。 よってこれらは「テレビ用のパフォーマンスである」とする声もある。 2006年8月2日のタイトルマッチの翌日のに「個別の取材ではとても丁寧な言葉づかいで好感が持てた。 もうこんなキャラを演じるのは止めたらどうか」という内容の記事が掲載されている。 近年は対戦相手にも以前のような威嚇した態度は減少した。 上記の行動等によりヒール扱いされることが増えると同時に観衆からの興味は減少し、視聴率も低下したが、その後のボクシング中継としては未だに高い視聴率を誇っていた。 カルロス・ファハルドが同席した世界前哨戦の記者会見において、減量に苦しんでいたとされるファハルドの目前で骨付きチキンを食べ、清涼飲料水を一気飲みするパフォーマンスを行った。 また、同戦の前日計量においては、ファハルドの写真を貼ったフライパンを素手で折り曲げた。 WBA世界ライトフライ級王座決定戦となった戦の前日計量においては、ハンバーガーを食べながら人形(ファン・ランダエタのあだ名『ベイビー』にちなんだもの)を渡したが、ランダエタはと受け取り笑って対応した。 ランダエタは返礼として、試合前の計量の時にとおしゃぶりを手渡そうとしたが、興毅はそれを見るなり受け取ることなく床に叩きつけた。 その後、史郎がランダエタに興毅との握手を催促するが、ランダエタは拒否。 それに対して史郎はランダエタに対し強く恫喝した。 2007年10月26日での弟・大毅の反則負けによる謝罪会見において、記者からこれまでの一連の挑発行為やパフォーマンスについて聞かれた興毅は「相手にプレッシャーを与えるつもりでやったが、今思うとやり過ぎた部分もあった。 反省している。 」とコメントしている。 7月30日に行われた世界タイトルマッチ( vs. )の試合後に、リングに上がり、直接、防衛に成功した内藤大助に試合を申し込んだ。 このことについて、試合を主催していたに苦情が寄せられた。 また、興毅が所属していたの会長も批判的な意見を自身の著書で記している。 メディアの反応・評価 [ ] 前後から「大阪から世界を狙うボクシング一家」として、が亀田親子に密着取材を続けており、特集を組んだ番組も何本か放映されていた。 その後興毅がプロボクサーとしてデビューし、協栄ジムに移籍、それに伴って上京をしてからメディアに取り扱われるようになった。 また、かつてWBA世界王座を13回防衛したは、のインタビュー記事で「金をかければ、そんなに簡単に世界挑戦できるのか」と厳しく批判していた。 ファン・ランダエタとの対戦 [ ] 初対戦 [ ] ウィキニュースに関連記事があります。 カルロス・ファハルドをフライ級の試合で下した後、階級を1つ下のに落とし、世界ライトフライ級2位にランキングされる。 そして2006年8月2日、の王座返上に伴って行われたWBAライトフライ級王座決定戦にて、元WBA世界でWBAライトフライ級1位(ただし、ランダエタは、世界戦の前にライトフライ級で試合をしていない。 )のと対戦し、2-1で判定勝利し、WBA世界ライトフライ級王座を獲得した。 試合前に興毅が「(勝ったら)ベルトはおやじに渡したい」と発言していたことを受けて、WBAは本来のチャンピオンベルト以外に父・史郎に対するベルトを事前に用意し、試合後にそれを贈呈した。 しかしながら、結果的にWBAがあらかじめそれを用意していたことが、後述の疑惑に油を注ぐ形となってしまった。 インタビューでは泣きながら「ありがとうございます」とで発言した。 )等に言及し、試合の判定結果について疑問を呈する記事を掲載した。 2006年9月号では、表紙に大きな文字で「判定に疑義沸騰」と記され、試合レポートでも記者が「明確な差をもってランダエタが勝利していた」と述べた。 試合を放映したに視聴者から5万件を超える抗議電話の他、にも多くの抗議が電話・メール等で寄せられた。 ボクシング関係者の反応は様々であり、元ボクシング世界王者のは興毅の健闘をたたえ、公式判定の内容を支持する旨の発言をした。 一方、、らは、5 - 7点差でランダエタ優勢となった独自の採点結果をもとに、判定結果を批判した。 また、今後のボクシング界に与える悪影響を懸念する旨の発言をした。 また、元日本王者で後に世界挑戦をするは、自身のブログで、いかなる判定が下ろうと、興毅は悪くないと述べている。 は、興毅の小差劣勢であるとしながらも、判定結果への批判はせず興毅の健闘を称えた。 は「このままでは世界では通用しない」と指摘した。 やのように、試合に対して明言を避けた者も多い。 ボクシング関係者以外でも賛否は分かれ、当時交流のあった・・・・らからは擁護意見、・・・・・らからは批判的な意見が寄せられた。 このうち二宮清純は、8月2日はボクシングが死んだ日と話す一方で、判定についての抗議が多数発生したことに関して「日本人はフェアプレーを愛する」と評価した。 立川、野末の両名は自身のテレビ番組「談志・陳平の言いたい放だい」で試合を批判、当時亀田が所属していたの金平会長も批判した。 また、上村愛子は自身のブログで試合内容を賞賛したため、彼女のブログはした。 在には、ランダエタに宛てて2500通以上の応援の手紙やメールが寄せられた。 またには「こんな試合で日本人として申し訳ない」「国として抗議したらどうだろうか」という、ランダエタを激励する電話が100件単位で寄せられており、ベネズエラ大使館側も「こんなことは前例が無い」と話している。 協栄ジムの公式サイト掲示板は、判定に対する批判的な書き込みが集中的に行われたために閉鎖された。 再戦 [ ] WBAはこの試合の後に発表した2006年8月期の世界ランキングにおいて、ランダエタの世界ランキングを1位に据え置いた。 WBAの規定では、王座決定戦で戴冠した新王者の初防衛戦は、ランキング1位の者と行う指名試合とするよう定められており、2006年8月31日、協栄ジムは、同年10月18日に・で初防衛戦を行い、ランダエタと再戦すると発表した。 しかし10月2日、興毅が9月29日のスパーリング中に目にけがをしたとして再戦を延期することが協栄ジムから発表された。 その後、再戦は12月20日に行われることになった。 この会見の場に興毅本人は姿を現さず、治療に当たったとされる医師のがジム側から提示されるにとどまったこと等に言及し、一部からはけがの信憑性について疑問の声が挙がった。 10月7日付のデイリースポーツ紙上にて「初公開! これが興毅抜糸写真だ」として、抜糸直後とされる興毅の顔写真が発表された。 また10月10日にも本人が記者の前で負傷箇所を公開している。 12月20日、興毅はファン・ランダエタと対戦、この試合ではヒットアンドアウェイ戦法でポイントを稼ぎ、判定勝ちを収めた。 その後、亀田側がのの承諾を得ずにタイトルを返上したため、協栄ジムは、試合で得られる利益を得られなかった。 税金・申告漏れ [ ] 2009年10月、弟・大毅と揃っての税務調査を受け、2007年までの数年間の個人所得について、が発覚した。 亀田兄弟は個人事業主として所得を税務申告したが、計上した経費の中には領収書などがないものもあり、これらの経費に関して国税局が損金への算入を認めなかった。 所属する亀田ジムは「修正申告は済んでいます」と明かした。 著書 [ ]• 亀田興毅 『エグいほど強いで!! 』 、2006年3月• 亀田興毅 『亀田興毅、宣戦布告』 、2009年11月17日 メディア出演 [ ] この節のが望まれています。 テレビ [ ]• (、2010年1月31日)• (、2010年3月3日、2011年7月27日)• (、2010年6月2日 - 16日)• (フジテレビ、2010年8月28日)• (、2017年9月7日)• (、2017年9月24日)• (、2018年10月21日) インターネット動画配信 [ ]• (2017年5月7日、)• 逆指名インタビュー(2017年10月30日、・チャンネル) 聞き手 ラジオ [ ]• (、2009年12月6日)• アリス イン ワンダーランド公開記念 亀田兄弟のオールナイトニッポン(、2010年4月2日) 映画 [ ]• (2010年) CM [ ]• - XYLISH SHOW! (世界タイトル獲得後、特設サイトから動画が削除された)• (2011年3月28日 - )• 「」(2015年) イベント [ ]• 2017(、2017年4月23日)シークレットゲストでありプレゼンター。 脚注 [ ]• TBS「」第67回「ボクシング ナニワのボクシング3兄弟」2001年5月6日放送分• 読売新聞 2005年4月29日. 2007年10月25日時点のよりアーカイブ。 2007年11月11日閲覧。 産経新聞 2007年10月26日. 2007年11月11日閲覧。 [ ]• ボクシングニュース「Box-on! 」 2010年3月28日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2010年4月13日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2010年4月14日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2010年4月14日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2010年5月25日• 日本語. 2010年11月5日. 2010年11月17日閲覧。 ボクシングニュース「Box-on! 」 2010年12月27日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2011年5月7日• 2011年9月1日, at the. スポーツ報知 2011年9月1日閲覧• 日刊スポーツ 2011年12月7日閲覧• スポニチアネックス 2012年1月27日閲覧• スポニチアネックス 2012年2月20日. 2012年4月2日閲覧。 デイリースポーツ 2012年5月18日閲覧• WBA公式サイト WBA Ratings May 2012参照• デイリースポーツ 2012年6月9日閲覧• スポニチアネックス 2012年11月11日• 日刊スポーツ 2012年9月4日閲覧• ボクシングニュース「Box-on! 」 2012年12月4日• スポニチアネックス 2013年2月14日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2013年3月12日• スポニチアネックス 2013年3月13日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2013年3月14日• スポニチアネックス 2013年3月16日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2013年3月16日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2013年4月7日• WBA公式サイト 2013年7月23日• ボクシングニュース「Box-on! 」 2013年7月23日• スポーツ報知 2013年8月30日• Boxing News(ボクシングニュース) 2013年11月19日• WBA公式サイト 2012年12月6日• Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月7日• Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月25日• 日本ボクシングコミッション(JBC) 2013年12月25日• 弁護士ドットコムニュース 2015年9月30日• 時事通信 2014年2月7日• スポニチアネックス 2014年2月7日• MSN産経ニュース 2014年2月7日 [ ]• 日刊スポーツ 2014年2月7日• Boxing News(ボクシングニュース) 2014年2月7日• ZAKZAK 2014年2月7日• スポニチアネックス 2014年2月7日• MSN産経ニュース 2014年2月7日• 日刊スポーツ 2014年2月7日• Boxing News(ボクシングニュース) 2014年2月7日• 時事通信 2014年2月7日• THE PAGE(ザ・ページ) 2014年2月7日• 2014年4月21日. 2014年4月21日閲覧。 2014年4月21日. 2014年4月21日閲覧。 2014年4月22日. 2014年4月25日閲覧。 2014年4月21日. 2014年4月21日閲覧。 2014年4月25日. 2014年4月25日閲覧。 2014年4月25日. 2014年4月25日閲覧。 Boxing News(ボクシングニュース)2014年6月26日• スポーツ報知 2014年6月26日• 時事通信 2014年6月26日• スポニチアネックス 2014年6月26日• デイリースポーツ 2014年6月27日• 2014年7月4日• Boxing News(ボクシングニュース)2014年7月4日• THE PAGE(ザ・ページ) 2014年7月4日• 東京スポーツ 2014年7月4日• 東京スポーツ 2014年7月6日• THE PAGE(ザ・ページ) 2014年7月11日• 時事通信 2014年7月11日• デイリースポーツ 2014年7月11日• SANSPO. 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亀田興毅VSファンランダエタ。(1回目)

亀田 興 毅 試合

く~、ボクシングって言ったら、メイウェザー選手とか マニーパッキャオ選手みたいな、海外の長者番付的な人に 最近は注目が集まってる気がするが、やっぱ日本人のプロボクサーも 普通にすごいと思うし、見ててかっこいいって思ってしまったな。 相撲でもボクシングでも八百長って言うけど・・・って思ってたところからの ただ、前回の、亀田興毅選手が勝利した時の試合で 俺っち的に気になったことがあったんだよな。 結果は3-0の判定で亀田興毅選手の勝利だったわけだが リアルでもネットでも• あれ 八百長じゃね? とか• あれ 反則じゃね? とか• あの試合の時に、 バンテージが膨らんでたから、なんか仕込んでたのかも・・・ 的な意見を聞くわけだ。 内藤大助は何故、亀田興毅に負けたんですか? A. 何故内藤が亀田に負けたか?序盤に打ち気で攻めた内藤に対し狙いすました興毅のカウンターを鼻にモロに貰い鼻血が止まらなくて骨折したのでそれが響き負けたんです。 ヤフー知恵袋より うん、途中で内藤大助選手が 鼻血を出したこともあってか 特にこの試合では、そういう 「八百長疑惑」みたいなのを 聞いた気がするな。 (亀田興毅選手・内藤大助選手のファンとしては、ちょっと聞き捨てならないものだと思う。 ) で、しばらく「そんな~、根拠もなしに・・・」みたく思ってたところに この謝罪会見があったわけである。 これは、俺っちにとって、かなり衝撃的だったな。 「ってことは、あの鼻血もたまたまではなくて、意図的に 引き起こされたものだったのかも・・・」 そんな風に誰もが思ったろうし、亀田興毅選手も内藤大助選手も、 どちらも魅力的なアスリートだったので、本当に残念に感じたな。 この記者会見で、お父さんに反則を指示されてやったってことを 亀田興毅選手ははっきりと明言はしなかったはずだが、 横にいた会長の話とか聞くと、要はそういうことって解釈になるし 俺っちを含め、多くのファンにとって、衝撃的だったと思う。 (亀田興毅選手を責める声もあると思うが、俺っちは彼が会見に来ただけでも立派だと思う。 ) たしかに当時、 内藤大助選手の方が実力は上って言われてたはずだから その意味でみんなにとって、「予想外」な結果ではあったと思うのだが、 でも、これだけで亀田興毅選手の八百長を疑うのは 正直どうかな~みたく思ったところからのこれだもんな~。 内藤大助氏が亀田大毅との一戦を振り返った; 「反則行為ばかりが目立っちゃいます けど、亀田選手は強かった」とコメント news. livedoor. Sponsored Link こんなエピソードもあるくらいだし、仲は良いんだろうな笑 あ、そうそう! で、この試合前後に、内藤大助選手が亀田興毅選手の事を 挑発したり(たしか「逃げないで」的なことを言った記憶が)、 あとはこの試合がかなり話題になったこともあってか、 この2人って言ったら、かなり因縁の仲っていうか 少なくとも「仲睦まじげ」って感じではないっていう印象が あるのだが、実は全然そんなことはなくて、たしか 普段は普通に 仲良いんだよな、この二人。 livedoor. まぁ、リング上ではかつて激しく争いあいはしたが 実際は犬猿の仲ってわけではなくて、かなり仲良しみたいだな笑 きっと相撲で言う所の、白鵬選手と朝青龍選手みたいな感じなんだろうな~。 中学までは、野球と柔道、その後はバレー、サッカー、バスケ等、色々なスポーツを経験し、今に至る。 年収がもしあと10万円上がれば、きっとジムのランクと頻度を一段階上に上げることにお金を使うであろうくらいの、トレーニング好きで、自分がスポーツをするのも好きだが、あらゆるスポーツを鑑賞するのも大好き。 ちなみに社会人になってからは、フットサルとゴルフがアツく、最近では、テニスにも挑戦したいって思ってる次第。 また、現在独身なことに焦りはないが、ここ数年、友達の子供がやったらかわいいので、早く子供が欲しいっていう意味で、結婚願望が湧きつつある、今日この頃。 でも、料理が下手なので、2015年の目標は「料理ができるようになること」だったりする笑.

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亀田興毅と素人の試合が色々とツッコミどころ満載で超面白い!!

亀田 興 毅 試合

河野公平と亀田興毅による日本人対決が10月16日(日本時間17日)、米国シカゴのUICパビリオンで行われ、WBA世界スーパーフライ級王者の河野が挑戦者2位の興毅を下し、2度目の防衛に成功した。 試合後に興毅が引退を表明したことで、興味は俄然そちらに流れてしまったが、まずは試合の内容をレビューしてみたいと思う。 日本ボクシングコミッションが亀田ジムのライセンス更新を停止したことから米国開催が決まった今回の一戦。 試合の予想はどちらかと言えば、この試合に4階級制覇をかける興毅の側に傾いていた。 試合を放送したテレビ東京で解説を務めた2人の世界王者、河野のジムの先輩であるWBA世界スーパーフェザー級王者の内山高志、そして後輩にあたる同ライトフライ級王者の田口良一でさえが、こう答えたくらいである。 「河野さんはサウスポーが苦手と聞いていたので、少し不利なのかなと思っていました」(田口) 「難しい予想ですが、6-4くらいで河野が不利かなと思っていましたね」(内山) 「いやらしく勝つ」興毅が有利と思われていたが……。 実際に興毅の最近のパフォーマンスをチェックすると、必ずしも河野が不利とは言えないはずなのだが、2人の世界王者だけでなく、多くのファンの頭の中に興毅の「いやらしく勝つ」というボクシングスタイルが焼き付いていたのだろう。 河野は抜群のスタミナと手数、そして強靭なハートを武器にするチャンピオンだが、決してハードパンチャーではないし、ものすごくディフェンスがいいというわけでもない。 フィジカルの強い興毅に低い姿勢で亀のようにガードを固められたら、攻撃の糸口を見いだせなくなるのではないか。 そして興毅がちょこちょこと出すパンチでポイントを重ね、軍配は小差、あるいは中差で興毅に上がる。 そんなシナリオは確かにあり得るように思えた。 しかしふたを開けてみると、興毅は河野が嫌がるようなボクシングをしなかった。 思いのほか積極的に仕掛け、初回から河野との打ち合いに応じた。 サウスポーが苦手な選手は、オーソドックスよりもサウスポーのほうが距離が遠くなるので攻めづらいと感じる。 しかし距離を詰めてしまえば、サウスポーのアドバンテージはなくなってしまう。 どちらかと言えばファイタータイプの河野にとっては好都合だったのである。

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