ずん 飯尾 奥さん。 飯尾和樹の嫁・林宏美は恐妻家?妻とは復縁?結婚式が豪華だと話題

ずん・飯尾和樹の高校や嫁、結婚したキッカケについてまとめてみた!

ずん 飯尾 奥さん

多摩川にジャイアンツのグラウンドがあったじゃないですか。 二子玉川の河川敷で自分たちの試合があったんですけど、勝ったので、監督が「じゃあみんなで巨人軍見に行こう」って。 そしたら清水クーコさん、清水国明さんの亡くなられた奥さんですけど、当時若者のカリスマの女性で、彼女が深夜番組で取材に来てたんですよ。 「どこのファン?」って訊かれてみんな「巨人」「巨人」「巨人」って言って。 僕だけ「どこのファン?」「ヤクルト」って答えたら、ずっこけられて、それがオンエアになりました(笑)。 飯尾 デビューして2年目くらい。 フジテレビの『五コマくん』っていう番組があったんですけど、4コマ漫画の5コマ目を埋めろというので、浅井企画チームに入れてもらって、キャイ~ンと、自分らと、もう1~2組で30分番組を1回やらしてもらったのがデビューですね。 飯尾 そうですね。 小学校の幼馴染みと「チャマーず」というコンビを組んでました。 でも1年で解散して、その後、事務所の後輩の村山(ひとし)くんと「La. おかき」というコンビを5年ぐらいやりました。 そのコンビの時に奇跡的にウッチャンナンチャンさんの『カボスケ』っていう帯番組でレギュラー出演できたんです。 村山くんはアイドルが好きで毎年、年末に注目するアイドルを200位くらいまで順位つけてるんですよ。 これからの人たちだから全然知らない名前ばっかり。 その中で2年連続1位を獲ったのが当時はまだ無名だった菅野美穂ちゃん。 「絶対来ますから!」って。 それで、アイドルの記事を書いたり、イベントしたり、そっちの方向に行きたいというので解散しました。 そのあと2年半ぐらいピンでやってうだつ上がらなくて、最後、「浅井企画の在庫品」こと、飯尾とやすで「ずん」を結成。 「リンスとリンスの組み合わせ」でした。 なかなか泡立たなかったな(笑)。 シャンプーとリンスなら売れたのに、ドラッグストアの在庫処分みたいな(笑)。

次の

飯尾和樹の嫁林宏美との馴れ初めは番組の企画だった!?職業は何?

ずん 飯尾 奥さん

「ペッコリ45度」「ぱっくりピスターチオ」などのギャグで知られるお笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹(51)は、昨年は年間100日以上のロケをこなしていた。 ロケができない状況でどうやって暮らしているのか。 現実逃避ネタ「平日の昼間からゴロゴロ~」のような自宅生活を語ってもらいました。 ボクの仕事はロケが多くて、ロケは全部なくなりました。 4月下旬からリモート(収録)という形で自宅で仕事をさせてもらっていますが、1日、スーパーの往復だけで(歩数が)210歩だったことがあります。 この前、奥さん以外と何をしゃべっているんだと書き留めたら、スーパーに行く時にご近所さんに「どーも」とマスク越しに会釈して、スーパーで「ポイントカードあります」と小言で答え、「袋付けますか?」と聞かれ「付けます」。 たった三言しか話していませんでした。 かみさんが家業で製麺所をやっているので、今はボクが家事担当です。 床拭きしていて、フローリングのツバメみたいな形をしている模様を発見して、ヤクルトファンなのでニヤニヤ。 台所でもこのボタンを押すと、ここが開くのかとか、冷蔵庫でも卵ケースが取り外しできるんだって、驚きです。 もう4年半住んでいるんですが、小さな発見を楽しんでいます。 もともと料理は好きで、小学3年からカレーや生姜(しょうが)焼きを作っていました。 かみさんは「おいしい」って食べてくれていますが、ボクが席を外した時に塩を振っている音が聞こえたりして「味薄かったのかな」って。 売れていない時は、カレーを作るために300円を握りしめて、タマネギを1袋買って、余ったお金で豚こまを買う。 予算の少ない番組みたいだけど、家にあるカレー粉を使って鍋いっぱいに作って、6食くらいはいけましたね。 この2か月で編み出したのが、おいしいトマトソース。 ミキサーやフードプロセッサーでタマネギやニンジン、セロリとかを入れてギュッとやったのを、フライパンでちょっといためてトマトジュースを入れるだけ。 アサリがあればいい出汁(だし)が取れるし、パスタにかけちゃう。 お好みでベーコンや鶏肉、ソーセージを入れたり、ひき肉入れてご飯にかけてもウマイですね。 名づけて「自粛ソース」です。 家でゴロゴロすることは得意。 20代後半は仕事がなくて床ずれするくらい寝ていました。 自分は本当に医療のことに関してはド素人。 小学校の理科の実験でもフナの解剖の時、メスで1センチ切っただけで貧血でぶっ倒れました。 唯一貢献できることが家でゴロゴロなんです。 この前、「去年の大みそかの夕方になんねえかな」と思いました。 早いうちに(コロナの)対策ができますからね。 ロケも、みなさんが元気でこそ成り立つことなので、会いたい時に会える日を目指して、私もひとつゴロゴロしてますので、皆さんも辛抱して、楽しみをみつけながら元気でいていただきたいと思っています。 51歳。 90年、浅井企画に所属。 お笑いコンビ「チャマーず」「La.おかき」などで活動し、2000年やすと「ずん」を結成。 19年12月、著書「どのみちぺっこり」(PARCO出版)を出版。 身長173センチ。 血液型O。

次の

たけし、さんま、タモリ… ずん・飯尾にぶっ刺さった、大物たちの名言3選

ずん 飯尾 奥さん

多摩川にジャイアンツのグラウンドがあったじゃないですか。 二子玉川の河川敷で自分たちの試合があったんですけど、勝ったので、監督が「じゃあみんなで巨人軍見に行こう」って。 そしたら清水クーコさん、清水国明さんの亡くなられた奥さんですけど、当時若者のカリスマの女性で、彼女が深夜番組で取材に来てたんですよ。 「どこのファン?」って訊かれてみんな「巨人」「巨人」「巨人」って言って。 僕だけ「どこのファン?」「ヤクルト」って答えたら、ずっこけられて、それがオンエアになりました(笑)。 飯尾 デビューして2年目くらい。 フジテレビの『五コマくん』っていう番組があったんですけど、4コマ漫画の5コマ目を埋めろというので、浅井企画チームに入れてもらって、キャイ~ンと、自分らと、もう1~2組で30分番組を1回やらしてもらったのがデビューですね。 飯尾 そうですね。 小学校の幼馴染みと「チャマーず」というコンビを組んでました。 でも1年で解散して、その後、事務所の後輩の村山(ひとし)くんと「La. おかき」というコンビを5年ぐらいやりました。 そのコンビの時に奇跡的にウッチャンナンチャンさんの『カボスケ』っていう帯番組でレギュラー出演できたんです。 村山くんはアイドルが好きで毎年、年末に注目するアイドルを200位くらいまで順位つけてるんですよ。 これからの人たちだから全然知らない名前ばっかり。 その中で2年連続1位を獲ったのが当時はまだ無名だった菅野美穂ちゃん。 「絶対来ますから!」って。 それで、アイドルの記事を書いたり、イベントしたり、そっちの方向に行きたいというので解散しました。 そのあと2年半ぐらいピンでやってうだつ上がらなくて、最後、「浅井企画の在庫品」こと、飯尾とやすで「ずん」を結成。 「リンスとリンスの組み合わせ」でした。 なかなか泡立たなかったな(笑)。 シャンプーとリンスなら売れたのに、ドラッグストアの在庫処分みたいな(笑)。

次の