天 の 原 ふり さけ 見れ ば 春日 なる 三笠 の 山 に 出 で し 月 かも。 覚えておきたい俳句・短歌

天 野 原

天 の 原 ふり さけ 見れ ば 春日 なる 三笠 の 山 に 出 で し 月 かも

優れた歌を百首集めた 『小倉百人一首』は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公家・歌人の 藤原定家(1162-1241)が選んだ私撰和歌集である。 藤原定家も藤和俊成の 『幽玄(ゆうげん)』の境地を更に突き詰めた 『有心(うしん)』を和歌に取り入れた傑出した歌人である。 『小倉百人一首』とは定家が宇都宮蓮生(宇都宮頼綱)の要請に応じて、京都嵯峨野(現・京都府京都市右京区嵯峨)にあった別荘・小倉山荘の襖の装飾のために色紙に書き付けたのが原型である。 小倉百人一首は13世紀初頭に成立したと考えられており、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの優れた100人の歌を集めたこの百人一首は、『歌道の基礎知識の入門』や『色紙かるた(百人一首かるた)』としても親しまれている。 このウェブページでは、『安倍仲麿の天の原〜〜』の歌と現代語訳、簡単な解説を記しています。 唐の玄宗皇帝に厚遇されて官僚として王宮に勤めていたのだが、次第に安倍仲麻呂は日本に対する望郷の念が強まっていく。 何とか日本に帰国しようとしたが、その度に海が荒れたり船が難破したりするなどして、その悲願を達せられないままに唐で客死するという非業の運命を遂げた。 中国名は、 『朝衡(ちょうこう)』と言った。 この歌の原歌は『古今和歌集 羇旅(きりょ)』に収載されている406番であり、その長歌の解説には『遣唐使と共に帰国しようとした安倍仲麻呂が、唐の人々から明州の海辺で惜別の宴を開いてもらい、そこで夜になって上がってきた月を見て詠んだ歌』として紹介されている。 『異国(唐)の地の月』と 『故郷(日本)の春日の月』とが同じものであるというイマジネーションを働かせることで、安倍仲麻呂の非常に強い望郷の念、帰国の悲願の思いがしみじみと伝わってくる歌である。 当時の遣唐使は、出発する前に春日神社後方にある三笠山で『長旅の安全・無事』を祈願する習慣があったという。

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007 阿部仲麿 天の原

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そして、「明州 めいしゅう 」というところの海辺で、現地の人が送別会をしてくれた。 夜になって、月がひじょうに明るくさしのぼったのを見て、よんだ和歌だと語り伝えられていることです。 振り向いて広々とした大空を見わたすと、そこには夜空にかかる月、あれは、春日にある三笠の山にのぼった月なのだなあ。 四段活用・上二段活用・下二段活用の動詞がたくさんある そのほかの動詞は「」でご確認ください。 接続助詞「ば」については「」にくわしくまとめました。 助動詞のくわしい解説は「」をご覧ください。 唐土 もろこし にて月を見て、よみける 訳)中国で月を見て、よんだ歌。 この歌は、昔、仲麿を、唐土 もろこし に物 もの 習 なら はしに遣 つか はしたりけるに、数多 あまた の年を経 へ て、え帰りまうで来 こ ざりけるを、この国より又使 つかひ まかり至りけるにたぐひて、まうで来 き なむとて出 い で立ちけるに、明州 めいしゅう と言ふ所の海辺にて、かの国の人、餞別 むまのはなむけ しけり。 夜に成りて、月のいと面白くさし出でたりけるを見て、よめるとなむ語り伝ふる 訳)この歌は次のような次第でよまれた和歌である。 そして、「明州」というところの海辺で、あの国 中国のこと の人が送別会をしてくれた。 夜になって、月がひじょうに明るくさしのぼったのを見て、よんだ和歌だと語り伝えられていることですよ。 たかまがはら。 平城京の東方にある丘陵地帯。 ) みかさやま【三笠山】 奈良市、春日大社のうしろの山。 笠を伏せたような円錐形の山であるゆえにその名がある。 平城京の真東(まひがし)にあたるために印象深く、中国に渡った阿部仲麿が「あまの原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」(古今集・羇旅、百人一首)とよんだのも、いわば当然であった。 生まれた年を大宝 たいほう 元年 701 とする説もあります。 養老 ようろう 元年 717 、遣唐留学生として唐 とう (いまの中国)にわたります。 朝衡 ちょうこう という中国名を名のって、 玄宗皇帝 げんそうこうてい に仕え、 李白 りはく や 王維 おうい などの詩人たちと交流しました。 天平勝宝 てんぴょうしょうほう 5年 753 、遣唐大使 けんとうたいし 藤原清河 ふじわらのきよかわ とともに帰国しようとしたが、暴風にあって漂流し、唐に引き返しました。 けっきょく、日本に帰ることはできず、唐で没しました。 遣唐使 けんとうし 遣唐使は中国大陸の文化や政治を学ぶために派遣されました。 派遣はぜんぶあわせて十数回におよびました。 一度に派遣する人数は、多いときで500人ほど。 これを4隻の船にわけます。 4隻の船にはそれぞれ、大使・副使・判官 じょう ・主典 さかん が分乗したので、「よつのふね」とも呼ばれます。 廃止されたのは寛平 かんぴょう 6年 894。 唐で戦乱がつづき、情勢が不安定になったことが原因です。 の提案によって廃止が決まりました。 日本史語呂合わせ:遣唐使廃止(白紙にもどそう遣唐使) 唐(618~907年) 唐は618年、李淵 りえん によって建国されました。 首都 長安 ちょうあん (現在の西安)は、東西対称の碁盤の目のような区画で街が作られており、そのほかの東アジアの国々の首都のモデルになりました。 平城京や平安京も長安の作りにならっています。 長安は、まわりのさまざまな国々から留学生や商人がおとずれる国際都市でした。 彼らは唐の国の仕組みや文化などを自分の国に持ち帰り伝えました。 阿倍仲麻呂も玄宗皇帝の時代に中国の政治制度を学んだ一人でしたが、帰国することはできませんでした。 唐の二つの安定期 唐の国内政治が安定して、特に強い国力を持っていた安定期が二つあります。 貞観の治 じょうがんのち と開元の治 かいげんのち です。 唐の中央官制「三省六部」 李世民と、その臣下の者たちが交わした政治論をまとめた書物が、『貞観政要』 じょうがんせいよう です。 これは日本にも伝わり、特に愛読したのが 徳川家康 とくがわいえやす です。 家康は学問好きで知られ、『貞観政要』を愛読書とするだけでなく、自ら出版もしました。 くわしくは「印刷博物館」のHPをご覧ください。 () 『貞観政要』を読んでみたい方は『新釈漢文大系』をご覧ください。 玄宗皇帝の開元の治 713~741年 唐の第6代皇帝、玄宗の時代はひじょうに安定した政治だったので、「開元の治」 かいげんのち と呼ばれています。 しかし、治世の後半は 楊貴妃 ようきひ を寵愛 ちょうあい したことで政治が乱れてしまいました。 玄宗の時代に対処しなければならない一番の問題は異民族でした。 そこで導入されたのが、募兵制 ぼへいせい と呼ばれる傭兵 ようへい 制度です。 傭兵とはお金で兵士を雇うことです。 そして、それらの傭兵をたばねる 節度使 せつどし と呼ばれる指揮官を設置しました。 節度使は首都から離れた辺境地域に散らばって、警備の任務にあたりました。 最初に設置されたのは10か所です。 玄宗の治世の最初の40年ほどは、これらの政策がうまくいき、国内の情勢は安定していました。 安史 あんし の乱(755~763) 楊貴妃はもともと玄宗の皇子の妃でしたが、玄宗が楊貴妃を見初めて、745年頃、自分の貴妃としました。 玄宗は楊貴妃に夢中になって政治をおろそかにするようになります。 また、楊貴妃のいとこにあたる楊国忠 ようこくちゅう を、皇帝の補佐役である宰相 さいしょう に任命して優遇しました。 そのような玄宗の政治に不満を持ったのが節度使の 安禄山 あんろくざん でした。 安禄山は節度使を3つも兼任するほどの実力者でしたが、楊国忠との権力争いにやぶれ、 史思明 ししめい とともに兵を挙げます。 長安は反乱軍に占領され、玄宗と楊貴妃らは逃げましたが、逃げる途中で、楊貴妃は戦乱の原因になったという理由で楊国忠とともに処刑されました。 唐は反乱の鎮圧に苦労し、ウイグルの協力を得てようやくおさめましたが、国の力はおとろえてしまいました。 反乱の指導者である安禄山と史思明の、二人の頭文字を取って「安史の乱」と言います。

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天 野 原

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短歌 あおによし奈良の都は咲 (さ)く花のにおうがごとく今さかりなり 小野 老 桜の花がさきにおっているように、奈良の都は繁栄をきわめていることだ。 万葉集) 秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行 秋が来たと目にははっきりとは見えないけれど、吹く風の音で、もう秋なのだと、はっと気づかされる。(古今和歌集) 「来ぬ」=来た。 「さやかに」=はっきりと。 「おどろかれぬる」=はっと気づかされる。 朝あけて 船より鳴れるふとぶえの こだまは長し なみよろう山 斎藤茂吉 夜が明けて船の汽笛が港いっぱいにひびくと、そのひびきが港をとりまく山々にこだまして、長く長くひびきわたっていく。 天 (あま)の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に出 (い)でし月かも 阿倍仲麻呂 大空をはるかにふり仰いで見ると、東の空に月が出ている。 あれは春日の三笠の山に出ていた、あの月だなあ。 外国で、母国への思いをよんだ歌。 「春日」は奈良あたりをさす。 幾山河 こえさりゆかば さびしさの はてなん国ぞ きょうも旅ゆく 若山牧水 いくつの山川をこえていけば、このさびしさが終わってしまう国があるのだろうか。 わたしは、きょうもそんな国を求めて旅を続けている。 石がけに 子ども七人こしかけて ふぐをつりおり 夕焼け小焼け 北原白秋 海辺の石がけに、子どもが七人ならんでこしかけ、無心にふぐをつっている。 ちょうど美しい夕焼けで空も海も赤くそまり、子どもたちも赤い光につつまれている。 妹の小さき歩み いそがせて 千代紙 (ちよがみ)買いに行く月夜かな 木下利玄 夕方おそく、妹と二人で千代紙を買いに家を出たが、妹はなかなか速く歩けないので、それをいそがせて月夜の道を歩いていった。 石 (いわ)ばしる たるみの上のさわらびの 萌 (も)えいづる春になりにけるかも 志貴皇子 岩の上を音をたてて流れ落ちる水のほとりに、もうわらびが若芽をふき出している。春になったのだなあ。(万葉集) うすべにに 葉はいちはやく萌 (も)えいでて 咲かんとすなり 山ざくらの花 若山牧水 山ざくらは花よりも先に葉が出る。うすくれないの若葉が真っ先に芽吹いて、山ざくらは、今まさに花咲こうとしている。 遠足の 小学生徒うちょうてんに 大手ふりふり 往来 (おうらい)とおる 木下利玄 遠足の小学生が、どの子も喜びで夢中になって、元気よく手を大きくふりながら、通りを歩いていく。 大海 (おおうみ)の いそもとどろに寄する波 われてくだけて さけて散るかも 源実朝 岸に打ち寄せてくる波が、岩にあたって大きな音をたて、白い水しぶきをたてて飛び散っていることよ。(金塊和歌集) 親馬の 道をいそげば きりにぬれて 子馬も走る いななきながら 橋田東声 朝、きりのたちこめた高原の道を親馬がいそぐと、そのあとを、しっとりときりにぬれた子馬が、待ってと言うかのようになきながら、おくれまいと着いていくよ。 おりたちて けさの寒さをおどろきぬ つゆしとしとと かきの落ち葉深く 伊藤左千夫 庭におり立って、けさの寒いことにおどろいてしまった。 つゆがしっとりとおりて、深く重なり合ったかきの落ち葉をぬらしている。 かすみ立つ 長き春日 (はるび)をこどもらと 手まりつきつつ きょうもくらしつ 良寛 春がすみの立つ、のどかな春の長い一日を、子どもらと手まりをつきながら、今日もくらしてしまったなあ。 かめにさす 藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に とどかざりけり 正岡子規 かめにさしてある藤の花ぶさが短いので、たたみの上にはとどかない。 ガラス戸の 外のつきよをながむれど ランプのかげの うつりて見えず 正岡子規 外は美しい月夜である。 ガラス戸ごしにその月夜の景色をながめようとしたのに、ガラス戸には室内のランプの光がうつるだけで何にも見えない。 葛 (くず)の花 踏みしだかれて色あたらし この山道を 行きし人あり 釈迢空 赤むらさき色の葛の花が、踏みにじられて、まだなまなましい色を見せている。こんな奥深い山道を、私のほかにも、すぐ前に通っていった人がいるのだなあ。 くれないの 二尺のびたるばらの芽の 針 (はり)やわらかに春雨の降る 正岡子規 真っ赤な色をしたバラの芽が二尺(約60センチ)ほどのびている。 新芽でまだやわらかいとげを、春雨が静かにぬらしている。 心なき 身にもあわれは知られけり 鴫 (しぎ)立つ沢の 秋の夕ぐれ 西行法師 俗世間のことを捨てた出家の身にも、このしみじみとしたおもむきは感じられることだ。鴫の飛び立つ沢の秋の夕ぐれのさまを見ていると。(新古今和歌集) こどもらと 手まりつきつつ この里に あそぶ春日は くれずともよし 良寛 子どもらと手まりをつきながら遊んでいると楽しくて、この村里に春の日はくれなくてもよいと思われることだ。 駒 (こま)とめて そでうちはらうかげもなし 佐野のわたりの 雪の夕ぐれ 藤原定家 馬をとめて、着物のそでに積もった雪をはらい落とす物かげもない。 佐野のわたりの夕ぐれのさびしさよ。 (新古今和歌集) 金色 (こんじき)の 小さき鳥のかたちして いちょう散るなり 夕日の丘に 与謝野晶子 夕日がさす丘のいちょうの葉が散っていく。 その葉は、夕日に照り映えて、金色の小さい鳥がいっせいに舞い降りるようだ。 死に近き 母にそい寝のしんしんと 遠田 (とおだ)のかわず 天に聞こゆる 斎藤茂吉 死期のせまった母のそばでそい寝をしていると夜もしんしんとふけてきた。 この静けさの中、遠くの田で鳴くかえるの声が、まるで天に鳴いているかのようにしみいって聞こえてくる。 しもやけの 小さき手して みかんむく わが子しのばゆ 風の寒きに 落合直文 しもやけのできた小さい手をして、みかんの皮をむくわが子のことがしみじみと思われる。風が冷たいこんな寒い日なので。 白鳥 (しらとり)は かなしからずや 空の青 海のあおにも 染まずただよう 若山牧水 白鳥はひとりで悲しくないのだろうか。 空の青さにも海の青さにも染まることなく、白い姿のままただよっている。 銀 (しろがね)も 金 (くがね)も玉も 何せんに まされる宝 子にしかめやも 山上憶良 銀や金、それに玉なども、どうして子どもというすばらしい宝におよぼうか、いやおよびはしない。 (万葉集) 田子 (たご)の浦ゆ うちいでて見れば真白 (ましろ)にぞ 富士の高嶺 (たかね)に雪は降りける 山部赤人 田子の浦を通って、見晴らしのきく所に出てみると、真っ白に富士の高嶺に雪が降り積もっていることだ。(万葉集) 「田子の浦」=静岡県の駿河湾北西部の浜。 「うちいでて」=急に見晴らしのよい所に出て。 たらちねの 母がつりたる青蚊帳 (あおがや)を すがしといねつ たるみたれども 長塚 節 ふるさとのわが家へ帰った夜、年老いた母が青がやをつってくれた。 たるんではいたが、すがすがしい気分で寝た。 「たらちね」は「母」にかかる枕詞。 「すがし」=すがすがしい。 たわむれに 母を背負いてそのあまり 軽 (かろ)きに泣きて 三歩あゆまず 石川啄木 じょうだん半分に母を背負ってみたが、あまりの軽さに、母が年をとったことを思い知らされ、悲しさで三歩と歩くことができなかった。 父君よ けさはいかにと 手をつきて 問う子を見れば 死なれざりけり 落合直文 お父様、けさはお体のぐあいはどうですか、とまくらもとに手をついてたずねる子を見ると、この子を残してどうして死なれようか。 東海の 小島の磯 (いそ)の白砂 (しらすな)に われ泣きぬれて 蟹 (かに)とたわむる 石川啄木 さすらい暮らしのわが身の悲しさをかみしめながら、とある海岸で蟹とたわむれている。 啄木が北海道を転々としていたころに作った歌とされる。 「たわむる」=たわむれる。 箱根路 (はこねじ)を わが越えくれば伊豆の海や 沖 (おき)の小島に 波の寄る見ゆ 源実朝 箱根の山道をこえると、眼下に伊豆の海が広がり、沖の小島に波が打ち寄せるようすまでが見え、すばらしい景色だ。 (金塊和歌集) 「わが」=わたしが。 「見ゆ」=見える。 花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に 小野小町 桜の花も色あせてしまった、春の長雨の間に。 それと同じに、世を過ごし、物思いにふけっている間に、私の若さもおとろえてしまった。 「ふる」は「降る」と「経(ふ)る」、「ながめ」は「長雨」と「眺め」の、それぞれ掛詞になっている。 春過ぎて 夏来にけらし 白妙 (しろたえ)の 衣ほすてふ 天 (あま)の香具山 (かぐやま) 持統天皇 春が過ぎて、もう夏が来たと見える。香具山のあたりには、あのように点々と衣がほしてある。 (万葉集) 「白妙の」は「衣」にかかる枕詞。 「天の香具山」は、奈良にある大和三山の一つ。 馬鈴薯 (ばれいしょ)の うす紫の花に降る 雨を思えリ 都の雨に 石川啄木 東京のまちに、今雨がしとしとと降っている。ああ、ふるさとにいたとき、ちょうど今ごろは馬鈴薯の花に雨が降っていたものだ。 ひさかたの 光のどけき春の日に しず心なく 花の散るらむ 紀友則 日の光がのどかにさしている春の日に、どうして落ち着いた気持ちもなく、桜の花は散り急いでしまうのだろうか。 (古今和歌集) 「ひさかたの」は、天地の現象(光・日・星・雨・雲)などにかかる枕詞。 「散るらむ」=どうして散ってしまうのか。 東 (ひんがし)の 野にかぎろいの立つ見えて かえりみすれば 月かたぶきぬ 柿本人麻呂 夜が明け始めた東の方の野に、ほの白く光がさしており、ふり返って西の方を見ると、月はもうかたむいてしまっている。 (万葉集) 「かぎろい」=明け方に地平線上に見えるあかつきの光。 「かえりみすれば」=ふり返って見ると。 ふるさとの なまりなつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きに行く 石川啄木 ふるさとを遠くはなれて生活していると、ふるさとのなまりがなつかしい。 ふるさとからの列車が着く駅の人ごみの中へ、それをわざわざ聴きに行ったことだ。 「なまり」=方言。 「そ」=それ(なまりを指す)。 ふるさとの 山にむかいて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな 石川啄木 久しぶりにふるさとに帰ってなつかしい山々をながめていると、心が満ち足りて何のことばも出てこない。ふるさとの山はしみじみとありがたい。 水ぐるま 近きひびきにすこしゆれ すこしゆれいる こでまりの花 木下利玄 水車小屋のそばに咲いているこでまりの花が、水車の回るたびにそのひびきでかすかにゆれている。 みちのくの 母のいのちをひと目見ん ひと目見んとぞ ただにいそげる 斎藤茂吉 みちのくのふるさとにいる危篤(きとく)の母、その母の生きているうちにひと目見ておきたい。その一心にひたすら帰郷を急いだことだ。 「みちのく」=東北地方のこと。 「ただに」=ひたすら。 見わたせば 花ももみじもなかりけり 浦のとまやの 秋の夕ぐれ 藤原定家 この海岸の景色を見わたすと、春の花、秋のもみじというおもむきのあるものは何もないことだ。 海岸の漁師の仮小屋だけがある秋の夕ぐれのようすのものさびしさよ。 (新古今和歌集) 山里は 秋こそことにわびしけれ 鹿の鳴く音 (ね)に目をさましつつ 壬生忠岑 山里では、秋がとりわけもの悲しいことだ。 鹿の鳴く声で夜中に目をさましさましして。 (古今和歌集) 山里は 冬ぞ寂 (さび)しさまさりける 人目も草もかれぬと思えば 源宗于朝臣 山里は冬になると、とりわけ寂しく感じられることだ。 訪ねてくる人もいなくなり、草も枯れてしまうことを思うと。 (古今和歌集) ゆく秋の 大和の国の薬師寺の とうの上なる ひとひらの雲 佐々木信綱 秋も終わろうとするある日、大和の国の薬師寺をおとずれた。 青い空を背景に美しい三重の塔が立ち、その塔の上に一片の白い雲が浮かんでいる。 和歌の浦に しおみちくれば かたをなみ あしべをさして たずなきわたる 山部赤人 和歌の浦に潮が満ちてくると、さっきまであった干潟がなくなってしまうので、鶴はアシのはえている陸の方へ鳴きながら飛んでいく。 わが宿の いささむら竹 吹く風の 音のかそけき この夕べかも 大伴家持 わが家の庭先に生えている少しばかりの竹に吹きつける風の音が、何とかすかなこの夕暮れであることよ。 和歌には短歌のほかに長歌・旋頭歌などがあったが、短歌はその中でも特に多く歌われるようになったもの。 ここから和歌を三十一文字(みそひともじ)ということもある。 初句で切れていれば初句切れ、第2句ならば二句切れ、以下、三句切れ、四句切れという。 三大和歌集 ・ 万葉集 4世紀〜8世紀中ごろまでの、あらゆる階層の人々の歌を約4500首収める日本最古の歌集。 奈良時代後期に大伴家持らによって編集された。 ・ 古今和歌集 平安時代の中ごろにつくられ、約1100首を収める、紀貫之らによる最初の勅撰和歌集。 ・ 新古今和歌集 鎌倉時代のはじめにつくられ、約2000首を収める、藤原定家らによる勅撰和歌集。 おもな歌人 石川啄木 1886〜1912 岩手県出身。 三行書きの表現法と、「生活」を歌う題材の新鮮さとによって天才詩人の名声を得る。 歌集『一握の砂』『悲しき玩具』。 伊藤左千夫 1864〜1913 千葉県出身。 「明星」派と対立、『馬酔木』を創刊。 小説『野菊の墓』。 木下利玄 1886〜1925 岡山県出身。 志賀直哉らと『白樺』創刊。 斉藤茂吉 1882〜1953 山形県出身。 伊藤左千夫に師事。 『アララギ』創刊。 歌集『赤光』『あらたま』。 佐佐木信綱 1872〜1963 三重県出身。 童謡『夏は来ぬ』 を作詞。 島木赤彦 1876〜1926 長野県出身。 伊藤左千夫に師事、のち『アララギ』の編集の指導的地位に。 俵万智 1962〜 大阪府出身。 『サラダ記念日』『チョコレート革命』など。 藤原定家 1162〜1241 鎌倉時代初期の公家。 代表的な新古今調の歌人。 『小倉百人一首』を撰集。 与謝野晶子 1878〜1942 大阪の商家に生まれる。 明治30年代の浪漫的詩歌の中心「明星派」をリード。 歌集『みだれ髪』『舞姫』など。 若山牧水 1885〜1928 宮崎県出身。 歌集『海の声』『別離』『路上』。 万葉時代の歌人 大伴家持 柿本人麻呂 山上憶良 山部赤人 俵万智さんの歌集から 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ たっぷりと君に抱かれているようなグリンのセーター着て冬になる いつもより一分早く駅に着く 一分君のこと考える 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの 砂浜のランチついに手つかずの卵サンドが気になっている 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ 手紙には愛あふれたりその愛は消印の日のそのときの愛 万智ちゃんがほしいと言われ心だけついていきたい花いちもんめ 愛してる愛していない花びらの数だけ愛があればいいのに 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト 「クロッカスが咲きました」という書きだしでふいに手紙を書きたくなりぬ 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 思いきり愛されたくて駆けてゆく六月、サンダル、あじさいの花 なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き 自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ 明治屋に初めて二人で行きし日の苺のジャムの一瓶終わる 折りたたみ傘をたたんでゆくように汽車のりかえてふるさとに着く 母と娘のあやとり続くを見ておりぬ「川」から「川」へめぐるやさしさ 定期券を持たぬ暮らしを始めれば持たぬ人また多しと気づく 資本主義のとある街角必要に応じて受けとるティッシュペーパー かすみ草にいたるやさしさ花束のできあがりゆくさまを見ており 年下の男に「おまえ」と呼ばれていてぬるきミルクのような幸せ 二週間先の約束嬉しくてそれまで会えないことを忘れる まっさきに気がついている君からの手紙いちばん最後にあける 「今いちばん行きたいところを言ってごらん」行きたいところはあなたのところ 『あい』という言葉で始まる五十音だから傷つくつくつくぼうし やわらかな秋の陽ざしに奏でられ川は流れてゆくオルゴール がんばれ中学受験生!.

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