反骨の考古学者rokuji。 ETV特集「反骨の考古学者 ROKUJI」:夏目房之介の「で?」:オルタナティブ・ブログ

NHK番組表・トップページ

反骨の考古学者rokuji

来歴・人物 [ ] 2000年、劇団ブルースタクシー(主宰)に入団後、数多くの舞台を踏む。 2009年に休団 (のち退団)。 趣味は、。 特技は()、。 出演 [ ] 映画 [ ]• Milk(2010年、監督)• ごくつま刑事(2010年、監督)• (2012年、監督) - 似顔絵師 役• 望郷の鐘(2014年、 山田火砂子監督) - 平助 役• (2016年、監督) - 骨無しチキン 役 テレビ [ ]• (2009年、)• (2009年、) - レギュラー井本仁 役• (2012年) - 沢田忠司 役• (2013年) - 手下 役• 原発メルトダウン 危機の88時間(2016年)• NHKドラマスペシャル「ラジオ」(2013年)• (2013年、)第3話 - 警官 役• (2015年、加盟局・加盟局・・の共同制作) - 思春鬼 役• Season2(2016年、ほか地上波放送) - レギュラー長谷川 役• Season3(2017年、ほか地上波放送) - レギュラー長谷川 役• Season4(2019年、ほか地上波放送) - レギュラー長谷川 役• Season5(2020年、ほか地上波放送) - レギュラー長谷川 役• (2016年、)第2話• (2016年、)ゲスト出演• 秋の3時間SP(2016年、)• (2016年、)第14期第13話• (2017年、)第16期第8話 - 清水正 役• (2016年、)第4期第5話 - 内科医 役• あさイチ「おトクがいっぱい!不便のススメ」(2017年、NHK)• (2017年、)第3期第6話 - 作業員 役• 真実の裁判ファイル~今日あなたは傍聴人になる!~(2017年、) - 林隆史 役• (2018年、)第55話• ドラマスペシャル〜選ばれし者〜(2018年、)• (2018年、)第9話• ぬけまいる〜女三人伊勢参り(2018年、NHK)• (2018年、)第9話 - 警官 役• (2019年、)第1話 - 脳外科医 役• 反骨の考古学者 ROKUJI(2019年、)• (2019年、)• 爆笑問題の天使が悪魔(2019年、)• もやモ屋「北京からきたおじいさん」(2019年、)• 常識の仮面はがします(2020年、NHK) 舞台 [ ]• リトルウイング主宰「ファジー」(1999年、王子小劇場) 主演• 劇団ブルースタクシー「パパはインディアン」(2000年、)• 劇団ブルースタクシー「ノスタルジックカフェ」(2001年、大塚萬劇場)• 現代制作者プロデュース公演「元禄影の錦絵」(2002年、)• 劇団ブルースタクシー「また逢う日まで」(2002年、中野ザポケット) 主演• 劇団ブルースタクシー「番外公演-カフカの腕時計」 (2002年)主演• 劇団アウトローズ「夢のありか 僕のありかた」(2002年、シアターモリエール)• 劇団九九81「女と結婚と殺人」(2003年、中野ザポケット)• 劇団ブルースタクシー「男はつらいの」(2003年、中野ザポケット) 主演• 劇団ブルースタクシー「ボーダー」 (2003年)主演• 劇団ブルースタクシー「ノスタルジックカフェ」 (2004年)• 劇団ブルースタクシー「番外公演-生きて想いをさしょうより」(2005年)• 劇団ブルースタクシー「猫に訊け」(2005年、中野ザポケット)• 劇団ブルースタクシー「ロードサイドストーン」(2006年、大塚萬劇場)• 赤の他人プロデュース公演「オーマイゴッド」(2006年)• 劇団ブルースタクシー合同公演「ホテルG」(2006年、下北沢空間リバティー)• 劇団ブルースタクシー「東京赤い糸」(2006年、中野ザポケット)• 劇団ブルースタクシー「落ちた男」(2007年、中野ザポケット)• 劇団ノーティーボーイズ「頓狂するは我にあり」(2007年、)• 劇団ブルースタクシー「Kiss Kiss Kiss」(2007年、新宿シアターブラッツ)• 劇団ブラボーカンパニー「宇宙の仕事」(2007年、シアタートップス) 主演• 演出「女は一生」(2008年、新宿サニーサイドシアター)• 劇団ブルースタクシー「アメミット」(2009年、中野ザポケット)• 「BARASHI」(2010、赤坂レッドシアター)• 劇団ノーティーボーイズ「ノーティーボーイズ的蒲田行進曲」(2011年、中野ザポケット)• 女々「こげた畳とゆれた尻」(2011年、千本桜ホール)• IN EASY MOTION「ハムスター」(2012年、Space早稲田)• IN EASY MOTION「真実の行方」(2013年、新宿シアターブラッツ)• IN EASY MOTION「秋にでも早稲田卒業せこいのかサコイのか」(2013年、Space早稲田)• シアターグリーンプロデュース「哀と愛と藍と」(2013年、)• Bobjack theater「幸福レコード」(2014年、シアターKASSAI)• 劇団タカギマコト「その姿、コウモリのように見ゆ」(2014年、阿佐ヶ谷アートスペース・プロット)• 」(2019年10月30日 - 11月4日、) CM [ ]• 歌う!ブラ*キッチン(2009年)あおいさん 役• 5大陸走破(2016年)• スポーツエントリー(2016年)• 鮮度生活チャンス編(2016年)• (2017年)• キリン メッツコーラ(2017年)• 人よりトク セレクト特典編(2018年)• だしとスパイスの魔法(2018年)• しまうまプリント しまうまブックあつめた思いを一冊に(2020年)• キューピーコーワiドリンク 話す眼篇(2020年)• 東京2020オリンピック The Official Video Game ゲームでオリンピック激闘ママ! ALL篇(2020年)パパ 役 ラジオ [ ]• スタープレイヤー(2015年)• クラバート(2016年)• NHK• 100億分の1のオトン(2018年) Web [ ]• Lovin'you(2010年、) 出典 [ ].

次の

Eテレ『反骨の考古学者 ROKUJI』を見ました

反骨の考古学者rokuji

NHKの『ETV特集』で反骨の考古学者の 森本 六爾 もりもと ろくじ さんが特集 されるそうです。 番組内では再現ドラマが放映され、 お笑い芸人ハライチの岩井勇気さんが 森本 六爾さんを演じるとのこと。 森本 六爾さんの人生はかなり大胆? だったそうで、ww 戦前の女流作家林芙美子とも交流があり 松本清張の短編小説『断碑』の主人公 木村卓治のモデルにもなった方でも あるそうです。 そんな森本 六爾さんは、若干32歳で お亡くなりになられているそうですが、 死因はなんだったのか?またお墓の場所は 何処にあるんでしょうか? 今回は反骨の考古学者、森本 六爾さんの プロフィールや経歴、活躍を支えた妻 嫁 ミツギ夫人の奮闘や死因やお墓の場所など 松本清張『断碑』について調べてみたいと 思います。 スポンサードリンク 出典:『ETV特集』公式サイト 名前 森本 六爾 もりもと ろくじ 生年月日 1903年3月2日 没年月日 1936年1月22日 出身地 奈良県磯城郡織田村大泉 現在:奈良県桜井市 職業 考古学者 森本 六爾さんは明治36年 1903年 に 奈良県に生まれ育ちます。 大正9年 1920年 に旧制畝傍中学校 現在の奈良県立畝傍高等学校を卒業され、 小学校の代用教員として採用され、 教師として生活をスタートされます。 そんな森本 六爾さんですが、 大正13年 1924年 に上京されると、 東京高等師範学校の校長三宅米吉のもとで、 歴史教室の副手 助手 として勤務されます。 ところが、3年務めていた副手 助手 ですが、 三宅米吉さんが亡くなったことを機に退職 されます。 さて、そんな森本 六爾さんですが、 ここまでだとあまり考古学者として 活躍はされていませんね。 ? 森本 六爾さんが『反骨の考古学者』と 言われるようになったのは、 どういった訳だったのでしょうか? スポンサードリンク 森本 六爾さん『反骨の考古学者』として活躍 さて、森本 六爾さんについて 『ETV特集』の予告では、 弥生研究に生涯をかけた、伝説の考古学者の物語。 男の名は森本六爾(1903-36)。 アカデミズムに反抗する強烈な人格。 真実を求めるせい絶な執念。 埋もれていた六爾の野帳ノートが調査され、新事実が続々と浮かび上がっている。 大胆で創造的な弥生研究を成し遂げた原動力とは何だったのか?共に闘った妻・ミツギの存在にも注目。 32歳で亡くなった波乱の生涯にドキュメンタリーとドラマで迫る。 出典:『ETV特集』公式サイト とのことですが、 よくわかりませんww 早速森本 六爾さんが反骨の考古学者と 呼ばれるようになった理由について 調べてみたいと思います。 森本 六爾さんは東京高等師範学校の校長 三宅米吉さんのもとで歴史の勉強をされて いたそうです。 そんな森本 六爾さんは1927年 昭和2年 ご自身で『考古学研究会』を設立されます。 一般的に考古学の研究となると、 大学の教授などエライ方がされるもんだと 思っていましたが、森本 六爾さんは 在野というかアマチュアの方たちだけで 考古学の研究をされていったそうです。 確かに反骨かもですねww 1929年 昭和4年 には東京考古学会と 名称を変更され、雑誌『考古学』を創刊 されちゃいます。 めっちゃ、スゴいですね。 ww そんな森本 六爾さんは、弥生時代について 特に研究されており、当時まだ弥生時代に ついて今ほど判明していなかったそうです そんな弥生時代について森本 六爾さんは すでに弥生時代には弥生土器を用い、 農耕文化を形成していたと紹介していった そうです。 ww 当時の考古学の教授の先生のかたが、 苦虫つぶしたような顔が目に浮かびます ww 当時、森本六爾さんが唱えた弥生時代に 稲作・農耕文化があったということは 考古学界では完全に無視されていたそう です。 また、青銅器や古墳など時代の墳墓研究 にも意欲的に取り組んでいたそうです。 実は、自分も最近知ったのですが、 日本の歴史は、西暦600年代、つまり 聖徳太子前後以前の歴史について、 結構な範囲がわかっていないそうです。 それ以降の歴史については漢字などの 文字文化の輸入や、中国との交易などで 歴史の整合性は取れているそうですが、 それ以前についての歴史は土器や古墳など 現在に残った遺跡などから少しずつ判明 しているそうです。 とはいえ、当時ほとんど判明していなかった 弥生時代について農耕をしていたことを 紹介するってかなり意欲的に活躍されて いたんですね。 ちなみにこちらが森本 六爾さんの著書 ですね。 まぁ、なかなか、簡単に読もうという ものではないでしょうがww 興味がある方はぜひご一読を。 スポンサードリンク 森本 六爾さんの晩年や死因・墓は? さて、そんな森本 六爾さんですが、 わずか32歳でお亡くなりになられて いますが晩年はどうだったのか? 森本 六爾さんは、反骨の考古学者として 活躍されつつ、1931年にはフランスに 留学されたそうです。 ちなみにこの時期に戦前から戦後まで 活躍した女流作家の林芙美子さんと交流 を持ったそうです。 さて当の森本 六爾さんですが、なんと そのフランス滞在中にある病気に罹って しまい、帰国を余儀なくされてしまいます そして帰国後は鎌倉で病気の療養に 務めつつも、病床で考古学の研究を続け 1936年 昭和11年 にご自宅でお亡くなり になってしまいます。 森本 六爾さんの死因につながった病気 ですが、結核だったそうです。 現在でこそ、そんなに恐る病気では ありませんが、当時結核は不治の病 だったそうです。 実は弥生時代に稲作・農耕文化が 行われていたとする森本 六爾さんの 意見はお亡くなりになった時点では 相変わらず無視されたままだったそうです 無念だったでしょうね。 当時日本は戦前ということもあり、 歴史学については皇国史観があり、 かなり統制が厳しかった時代だったと 思われます。 そんな森本 六爾さんが亡くなった1936年 の12月に行われた遺跡の調査でなんと 森本 六爾さんが唱えた弥生時代に 稲作をしていたという事実が判明した そうです。 !! もう少しだけ生きながらえることが 出来ていれば、戦後の自由な研究が出来 森本 六爾さんのやりたかった研究が 日の目を見ることになったと思われますが ・・・ そんな森本六爾さんのお墓は、 現在森本六爾の地元奈良県桜井市にある 粟殿極楽寺共同墓地に奥さんのミツギ夫人 とともに埋葬されているそうです。 とはいえ、森本 六爾さんについて 考古学の鬼、反骨の考古学者として 考古学者の間でかなりの知名度がある方 だそうです。 というのも、森本六爾さんのお弟子さん たちがのちに数々と著名な実績を挙げられ そのことから森本六爾さんの異名が ことさら取り上げられたみたいですね。 スポンサードリンク 森本 六爾さんの妻 嫁 森本ミツギとは? さて、そんな森本六爾さんを支えたのが 森本六爾さんの妻 嫁 の森本ミツギさん です。 森本ミツギさんについての情報は 残念ながら、ほとんど見つけることが 出来なかったのですが・・・。 かろうじて判明していることは、 教師をされていた方だったそうで、 実は森本六爾さんが運営していた 考古学研究会 のちの東京考古学会 の 運営費は森本ミツギさんが教師として 稼いだお金からやりくりされていた そうです。 !! 確かに、高等師範学校を辞めた後の 収入がなかった中、森本六爾さんが 考古学の研究に集中出来たのは、 ミツギ夫人の支えがあったればこそだった とは!! しかも、その働きのおかげで森本六爾さんが フランスパリへ留学することまでやってしまう ってかなりスゴい方ですね。 今回のETV特集では、 森本六爾さんとその夫人ミツギさんの 再現ドラマがあるそうですが、 これは必見ですね。

次の

佐古井隆之

反骨の考古学者rokuji

の『反骨の考古学者 ROKUJI』を見た。 をハライチさん、妻をさんが演じていて、雰囲気があっていてなかなかよかった。 岩井さんは雰囲気と顔立ちと体格が似ていて、伊藤さんはの米子さんのしっかりしたイメージからかハマっていた。 もう離れて久しくなったので大分忘れてしまったのだけど考古学の学史に必ずでてくるの。 アカデミックな世界と離れて考古学を実践し32歳もの若さで亡くなっていたなんて知らなかった。 幕末や明治、大正ごろの人の特集やドラマを見るといつも思うんだけど、この時代の人たちの一生はなんと濃密なのかとつくづく考えてしまう。 32歳の人生の中でで遺物を200くらい実測して、雑誌を立ち上げ、結婚し、フランス留学、語学を習得し、国内の関係者に呼びかけて史料を集成し、後進を育て、もちろん常に論文も書いて、ほんとうになんというエネルギーなんだろう。 不遇というか苦しい状況の中で腐らずに成したの功績は大きかったと改めてわかったのだけど、ドラマで見ることで人生の濃さに圧倒された。 志を持ち、心から支えてくれる妻や仲間たちがいたことは幸せであると思う。 毎日ぼんやり生きている気がして、ちょっと考えてしまう。 明日も同じように仕事いって帰って気づけば数年過ぎていそうだ(というか、目の前の事だけこなしているうちに32年なんてあっという間に過ぎていった)。 周りを巻き込み命をかけるほどの高い志とか、いきなり沸いてくるわけでもないから、せめて自分自身の小さい事でも、この1年でどうなりたいか、何年先はどうありたいか、どこまでいくか、何をするか、を考えて生きていかないと勿体ないな。 umetsubuan.

次の