大腸 が ん 気づい た きっかけ。 20.大腸ガンは早期発見が大切!

【大腸がん】先輩患者からのアドバイス がん=死ぬ病気ではない!:がんナビ

大腸 が ん 気づい た きっかけ

続いては手術と、その術後の経緯です。 3月22日 手術前日 翌日の手術に鑑み、前日早朝(9時半)からの入院となる。 初日は手術前準備ということでヘソの掃除、麻酔医師の検診、歯科医の検診(全身麻酔を行う際に、歯がぐらついていると欠けてしまうそう)、採血等を行う。 昼食、夕食は出たが、基本的には流動食。 最後の晩餐は濃い目のコーンスープだ。 合わせて絶え間なく電解水を飲む。 21時から、錠剤と共に2リッターの下剤を時間をかけて飲み始め、23時にかけて腸内のもの全てを放出。 翌日に備えて就寝せねばならないが横のベッドのいびきが激しく、ナースステーションにお願いし空いている病室での就寝を許可される。 3月23日 手術当日 午前中は絶食、水分は10時まで。 その後風呂に入り手術着に着替える(下着は付けない)。 ・患部マーカー 12時半に呼び出しがかかり、内視鏡にて尻より管を通し手術前の患部マーカーを行った。 前回の内視鏡と麻酔方法が違ったので非常に苦しかった。 カメラで見る患部は出血しており、確かに通常の内壁ではない。 そこに青色の液体を注入、ガン細胞に着色を行うのだ。 施工は15分ほど。 ・手術 部屋に戻り13時ころに呼び出し、担架に乗せられ手術室へ。 体に注射をされ、名前を聞かれたところまでは記憶に残っているが、その先は麻酔により落ち、全く覚えていない。 しかし、夢を見ていたことは確かだ。 ・術後 名前を呼ばれて目覚め、手術が終わったことが告げられる。 意外に意識ははっきりして、むしろ興奮状態に陥る。 腹を切られたからなのか、腹筋に力を込めてしまい落ち着かない。 そのままナースステーション横の個室に運ばれる(術後1日はそこが指定になるそう)。 また、猛烈な寒気が襲ってきて電気毛布2枚に包まれるも、やはり寒い。 時間を聞いたら既に16時を回っていて、家族がいっぱい話しかけてくれるが言葉を出すことで体力を奪われるので帰宅してもらう。 また、比較的麻酔が効いているうちに尿管を外してもらおうとお願いしたらすんなり許可がでるも、外した瞬間の痛みは今回の手術で最も痛い記憶だ。 先生からは手術の成功を告げられ一安心。 ・その晩 深夜2時頃~ 絶食を行うも点滴をされているので、尿意が1時間ごとに来る。 移動して便座に向かっていいとは言われていたが、立つだけで激しい立ちくらみと吐き気、冷や汗。 寒気は引き、むしろ体が熱くなっている。 こういうときに限ってこってりラーメンとか思い出し、吐き気を繰り返すも胃の中がカラなので出ないのと、腹筋を使うので激しい痛み。 また、尿管を外した際の粘膜の傷にて、尿をする事に激しい痛み、寝ながら尿瓶(しびん)で行うのだが激しい残尿感。 また、体を動かすたびに内蔵が移動することが分かり、激しい違和感。 痛み止めを数回行ってもらいやっと眠りにつくも、尿意で目が覚めまた痛みの連鎖が起こる。 3月24日 術後1日目 朝一番で手術着から用意してあったパジャマに着替える。 また、T字帯(医療用ふんどし)でいたことに改めて気づき、激しく下半身を露出していたが、痛みの方がひどくそこに気をかける事も出来ない。 日中は痛みでほぼ動くことができず、点滴が続いているので尿意も半端なく、その度に尿道が激しく痛いので恐怖する。 尿道の痛みが落ち着いたのは夕方なので、約24時間で粘膜は回復するのだろう。 夜になり体を(ベッドのチルト機構を使いながら)起こすことが出来るようになり尿瓶で尿を溜め、看護婦さんに処理してもらった。 また、寒気と発熱(38度後半の記憶が残っている)が続き、非常に苦しい。 ちなみに点滴はブドウ糖、ナトリウムの栄養剤が腕から、背中には弱い麻酔を持続させるものが刺され、背中の麻酔はプッシュボタンが用意され痛みが激しいときに押すことで、効果を促進する(この時はその効果をあまり感じていなかった)。 日中に父母、長女が見舞いに来てくれるも、長女のリアクションに笑ってしまい、その度に体中に地獄のような痛みが来、これは辛かった。 3月25日 術後2日目 激しく回復、点滴は付いたままだが歩くことを推奨され、院内を歩き回る。 運動を行うことで腸閉塞になるリスクを回避するためだ。 確かに歩くことで腸が動き出し、屁を出すことができた。 そうすると恐ろしくお腹周りがスッキリする。 また、院内を徘徊中に食堂を見つけ、普段ならばラインナップを見ても全く食指が動かないのだがこの時ばかりは全てが美味そうに見える。 食欲も回復しているようだ。 昨晩までのことを考えると動けることが素晴らしい・・・が、歩くことによる消耗と、腹筋あたりの痛みが再発して悶絶する。 痛み止めを点滴と共に投入されると眠気が来るのだが、発熱も伴っているので酩酊状態になっていた。 3月26日 術後3日目 背中の麻酔が切れ患部の痛みで起床。 朝一番で痛み止めを投入してもらう。 背中の麻酔はこの日までなので、その効果があったことを実感する。 回診に来た先生が患部に貼り付けてあったテープを剥がしチェック。 傷の状態を確認され、そのまま風呂に入って洗浄するよう指導が入る。 痛み止めが効いていることもあり、そのまま久々の風呂で体を洗う、それだけで健康に近づいた気がした。 夕方には食事が出され、重湯(米を溶いた汁)、味噌汁の汁のみ、かぼちゃスープという汁物のみだが、口から食べることが出来るのは嬉しい。 歩くことで点滴が逆流してしまうこと複数回。 何度も針を刺しなおすも結構キツかったりする。 3月27日 術後4日目 運動(といっても、遠方のトイレまでの移動)を行うと、やはり患部が痛くなるのだが、痛み止めを使うほどでもなく我慢できる。 娘達が見舞いに来てくれ、非常に心洗われる。 食事は重湯から汁っぽい粥にクラスチェンジし、おかずも出始める。 また、先生の指導で風呂に毎日入って傷の洗浄を行う。 初めて夕方、便が出る・・・も、非常に少量。 夕方の点滴が最後のものになり、これにて自由の身となる。 点滴時は食事をしなくてのどが渇くことはなく、むしろ1時間ごとにトイレに行っていたが、その回数もこの後は減っていくことになる。 3月28日 術後5日目 点滴がないので院内をウロウロ徘徊できるが、パジャマやパンツのゴムが患部(手術跡)を圧迫することで痛みが発生するのでちょっとずらしておく。 薬のたぐいはなくなったが微熱は続いており、ダラダラとした一日になる。 その際に聞いたのだが、傷は約48時間で癒着、1週間で完全になるそうで、人間の体って意外と頑丈だ。 夕飯に伴い下剤を貰うようになった。 3月30日 術後7日目 傷は痛みから痒みに変化している。 基本、歩くとやはり消耗するが、調子は激しく戻っている。 病理検査(ガン組織)の結果、転移が無いことが判明、ひと安心。 歩くスピードも上がってきたが、さすがに走ることはできないし、子供を抱っこすることもまだ厳しいだろう。 あとは回復に努めていくのみ。 ここまでのまとめ 手術自体は全身麻酔なので、あっという間に終わります。 しかし、腹を切ることによる腹筋力の低下には参りました。 久々に口にする食料は、見た目がどんなものでも絶品です! やはり強制切開は麻酔覚めると痛いですし、痒いのも結構堪えますよね~。 「動け!俺の身体!!」と中二病みたいなこと考えていました・・・ 今回の病院、ナースさんがもの凄くキビキビ働かれていて、本当に頭が下がります。 実は、母も妹も我が家はナースなのですが、こんな大変な仕事をしているのかと逆に尊敬してしまいます・・・! それにしても。 まくネンさんの極限状態が連発した、その状況の方が気になります・・・なかなかドラマチックなネタをお持ちですね~! 主治医の先生はこの界隈では腕の立つ方(偶然でしたが)らしく、本当に信頼しています。 人の命を預かる仕事って大変ですね~!.

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大腸がんの早期発見のメリットと検査法を解説します~大切な人にも教えてあげよう~ │ 駒込病院 スタッフコラム

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例によって「危険度診断」がありました。 出血がある• 便が細い• 何度もトイレに行きたくなる• 便秘・下痢を繰り返す• 貧血・立ちくらみがする 一個でも該当すると大腸ガンの危険性が高いので、大腸検査を受けるべきです、という診断でしたが、確かにこの症状は、大腸ガン、特に直腸ガンのほとんどでみられる症状です。 また、番組に出てた20代~の全員が、何らかの症状がありました。 でも、更に言うなら、おしりから血が出たことない人、便が細くなったことのない人って、どのくらいいるんでしょうね? つまり、どの症状も、痔をはじめ他の病気(体調)でもよくみられる、ごくありふれた症状だってことです。 私としては、この内容には異存はありませんが、それぞれの項目にひとことを付け加えるべきだと思ってます。 「いつも・毎回」、または、「だんだんひどくなる」という言葉ですね。 ほんとに「ガン」や「ポリープ」であれば、出血がたまにあるとか、たまに便が細くなるなんてことはなく、「毎回便に血がつく」、「いつも細い便しかでない」、はずなんです。 もっというなら、「出血がある」はともかく、「便が細い」、「何度もトイレに行きたくなる」に関しては、そこまできていれば、早期ガンではなく進行ガンの可能性が高いかもしれません。 ただ、「ガン」、特に「大腸ガン」に関しては、早期発見すれば、80%以上の確率で治るのではないかと考えられています。 というのも、大腸ガンは、最初からガンであることは少ないんですよ 最初はポリープの形で出てくるものが多くて、ある程度のサイズになると中にガン細胞がまじってくる。 そしていつか、全部がガン細胞に置き換わる「大腸ガン」になるわけで。 「症状が出てから」では、もう進行ガンになっている可能性がある。 でも、症状が出る前、ポリープの段階で見つければ、なんと、大腸ガンは予防できるかもしれないってことなんです。 だから、私たち肛門科医は、言うんです。 「せっかくこういう病院(肛門科)にがんばって来たんだから、もうこの機会に大腸検査しておきましょうよ」ってね。 たまに血が出るとか、たまに便が細くなる、という程度でガンを思いつめる必要はありませんが、それをきっかけに検査を受けることで、まだちっちゃいガンやポリープが見つかるかもしれない。 それで、上手くいけば、カメラで取りきれちゃうかもしれないんです。 同じ日の夜中に、某番組で、やっぱり大腸ガンの話をやってました。 大腸内視鏡の専門医が、何とか人工肛門にならないような手術をした、というドキュメンタリーでしたけど。 大腸ガンのイヤな点は、そのおよそ半数が「直腸」、つまり肛門のすぐ近くにできるってことです。 だから、大きくなってからだと手術で「人工肛門」をつけないといけなくなるわけで、それに対する恐怖心が一般の方には非常に大きいと思われます。 「大腸ガン」と聞いただけで「人工肛門」と思っちゃう方もいらっしゃるくらいです。 でも、だからこそ、症状が強くなってからでは、おっきな手術をしなきゃいけなくなるからこそ、大腸ガンは、早期発見がもっとも大切です。 また、それがかなえば「治せるガン」である可能性がとっても高いんです。 みなさま、チャンスがあればぜひぜひ内視鏡検査をお勧めします。 ツラくないですよ。 次回はその話の予定です。

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大腸がんの症状やなるきっかけを教えてください。

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私の大腸がんが発見されたのは、2004年の9月のことです。 実は、その年の2月頃から、嘔吐と腹痛、寒気に襲われ、病院を何度か受診していました。 ただその際は、胃の具合が悪いと訴えたため、胃の検査のみ受けていました。 実は、私の父が胃がんを経験しており、症状として『胃に針が刺すような、チクチクという痛みがある』と訴えていたのを覚えていました。 私も、針でチクチク刺されるような、ときには剣山でえぐられるような痛みがあったため、「もしかしたら、胃がん?」という思いがあったのです。 最初のうちは医師も胃だけを診察して、それ以外の部位を調べてくれませんでした。 5月には、胃カメラも飲みましたが胃酸過多という診断で、薬を処方されただけ。 ただ、2度目の胃カメラのとき、これまで大腸の検査を受けていなかったということで、大腸内視鏡を勧められました。 さて、内視鏡検査で、ポリープが見つかりました。 医師は、「細胞を検査して悪い結果が出れば手術が必要」と検査後に説明してくれました。 ただ、私は検査時の対応から、大腸がんと察していたため、「がんであることは間違いないですよね?」と尋ねました。 すると、「間違いない。 ただし、念のため細胞を検査するので、後日、結果を聞きに来てください」との答えでした。 病理の正式な結果が出るまでは、とても不安でしたね。 病気の正体を知るために、情報収集にも励みました。 関連する書籍は12~13冊買い、インターネットでもいろいろ調べました。 ただ、情報はたくさんありますが、どれを信じたらいいのか分からず、混乱もしました。 ただ混乱しつつも、大腸がんの場合、どこで手術を受けても技術的に大きな差はないということは理解できました。 また、私は、自営業のため、入院中も極力仕事を続けたいという思いがあり、自宅に近いことを第一条件として病院を決めました。 がんの診断を受けた方は、国立がんセンターで治療を受けたいと考える方が多いですよね。 なんだかシンボリックな名前ですし。 ただ、もし、がん以外の病気を抱えている場合、がんの専門病院では、その合併症は診てもらえないのです。 その点も、理解しておくといいと思いますよ。 その年の11月に入院しました。 病室は4人部屋で、他の3人ともがん患者でした。 既に手術を4回受けている患者さんもおられて、その方は、自分のお腹の傷跡を私に見せながら、「大丈夫だよ」と励ましてくれました。 ベテランの域に達した患者さんでしたねぇ。 同室の患者さん達に、励まされ、また、いろいろ教えてもらったことは、精神的に大きな支えとなりました。 入院してからも仕事を継続 私の場合、入院後、直ぐには手術の日程が決まりませんでした。 手術までは動けますので、入院しつつも、病室にパソコンを持ち込み、また、外出許可を取って仕事を続けていました。 そのため、仕事上のお客さん達にも、入院しているということは、ほとんど知られませんでした。 ただ、手術後ある程度の期間は仕事ができませんので、手術の日程が決まったときに、伝えておくべきお客さんに対して、「腸閉塞の疑いで1週間ぐらい入院する」とだけ伝えました。 『入院すると仕事はできなくなる』と考える方もいるかもしれませんが、大腸がんの場合、手術前までは食事制限があるくらいで比較的自由です。 他のがんに比べても外出しやすいと思います。 医療者との信頼関係、医療者を育てるという気持ちも大切 医療者との信頼関係はとても重要だと思います。 私自身は、医療者とよいコミュニケーションを取ったうえで、手術を迎えることができたと思っています。 また、医療者を育てるという気持ちも必要だと思いますね。 手術の前日、研修医も含めて、担当医が説明に来てくれました。 そのとき、私は、研修医の先生に、「切ったり、ぬったりしてもらってかまわないよ」と言いました。 担当医も驚いて、「いいのですか?」と聞いてきました。 私は「ただ、1つだけ条件がある」と、「傷口はどうでも良いが、がん細胞の見落としだけはしないで欲しい」とね(笑)。 手術の結果、私の大腸がんは、ステージ3、リンパ節への転移が3つありました。 再発予防のため、術後に抗がん剤治療を受けました。 看護師で注射が下手な人がいますよね。 内心、もう少し勉強してから来て欲しいと思いながらも、何度でも針を刺されています。 だって、りっぱな医療者になるために、誰かが腕を貸さないといけないと思うからです。 私も、がんの診断を受ける前、自覚症状があってもなかなか受診しませんでした。 また、入院中にイレウス(腸閉塞)になってしまった際も、なかなか助けを呼ぶことができませんでした。 イレウスは、死んでもいいと思うほどの痛みでした。 告知の精神的辛さに匹敵する、肉体的な辛さです。 イレウスが起こったとき、私はなんとかトイレに行くことができました。 しかし、その後、全く動けなくなってしまったのです。 身動きが取りにくい状態でトイレに行ったため、浴衣もパンツも脱ぎ、真っ裸の状態でした。 この状態で、夜中のトイレで一人ぼっち。 真っ裸で看護師さんや医師を呼べないと思ったのです。 イレウスで非常に苦しい状態ですので、パンツをはくのに4時間ぐらい要してしまいました。 明け方まで、パンツをはくためにトイレで孤軍奮闘していたのです。 その前に手術も検査もいろいろ受けている訳で、裸にこだわるのも変ですよね。 ただ、まあ、男というのは、そうゆうところがあるのですよ。 大丈夫ではなくても大丈夫と言ってしまう。 ただ、皆さんには、「命を守るために、素直になって欲しい」と言いたいです。 こんな私がいうのも変な話ですがね(苦笑)。 でも、自分の体の信号に対して素直になり、自分の体をマネージメントすることはとても重要なことです。 今は、私自身、少しでも体に違和感があるときは、迷わず、診察を受けています。 がん=死ぬ病気ではない! テレビの番組でも、がんで亡くなるというケースが多いですよね。 「お父さんはがんなの?がんだから死ぬの?」とよく質問されました。 『がん=死ではない』ことを伝えていかなければいけないと、強く感じました。 がんになることで、確かに死ぬ可能性はあります。 しかし、生きられる可能性も十分ある訳です。 生きて頑張っている人達がたくさんいる。 実名で自分のがんを公表しているのは、がんであっても普通の日常生活を送っている人間がいることを伝えたいためです。 ただ、こうして自分の病気を公表し、他の人にがん検診を勧めることは、他人のためだけでもないのです。 人にがん検診の重要性を説くこと自体が、私自身のストレス解消、精神的安定剤になっているようです。 男性では、がんになったことを公表する人が少ないように思いますが、公表することで、得られることがあることも知ってもらえればと思います。 隠していると、我慢してしまう部分が出てくるものですから。 また、自分のがんを公表すると、「実は私もよ」という方がたくさん出てきてびっくりもします。 現役男性患者の患者会を作りたい 私は、現役で仕事をしている男性達を対象とする患者会を作りたいと思い、仲間を募っています。 がんと仕事の両立をどうするかは、大きなテーマだと思うのです。 男性のなかには、『この仕事を終えてから治療に行く』などとおっしゃる方がいます。 多くの男性が、仕事に穴を開けることを恐れて、治療を先送りしがちなのではないでしょうか。 しかし、この病気は進んでしまったらダメですが、早いうちに対応できればちゃんと治るのです。 優先順位を考え、環境を整えていくのは自分自身です。 死ぬことよりも生きることが大切なのだから、生きるために何をすべきかを個人が考え、それを周囲がサポートできるようになればいいと思うのです。 また、がんの治療と男性の性機能に関して、まだまだあまり語られていないと思います。 例えば、大腸がんの後遺症としての勃起障害など。 私自身は、治療後、第3子に恵まれました。 手術後の抗がん剤治療中に、「子供をもうけたい」と医師に相談したのですが、医師は、男性の場合に抗がん剤治療がどう影響するか知りませんでした。 実際、抗がん剤の添付文書には女性患者の場合の注意事項は書いてあっても、男性患者に関しては記載がないようですね。 こうゆうことも変えていかないといけないと思っています。

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