みさき 公園 跡地。 【諸行無常】南海電鉄の老舗遊園地「みさき公園」が2020年3月31日で閉園する件

みさき公園はいつまで?閉園?継続希望!→3月末に卒園後は?

みさき 公園 跡地

この項目では、大阪府岬町の遊園地について説明しています。 神戸市の公園については「」をご覧ください。 各地の三崎公園については「」をご覧ください。 この遊園地の最寄り駅については「」をご覧ください。 みさき公園 施設情報 事業主体 南海アミューズメント株式会社 管理運営 南海ビルサービス株式会社 開園 閉園 (動物園・水族館のみ) 所在地 〒599-0301 3990 公式サイト みさき公園(みさきこうえん)は、にあるで、(南海)が創業70周年記念事業としてに開業。 まで、加盟の施設 として、・・などを運営していた。 南海では、園内の営業管理業務を南海アミューズメント株式会社、園内の施設管理業務を南海ビルサービス株式会社へ委託していた。 しかし、に、上記の業務を含む当園の運営から撤退する方針を発表。 運営を引き継ぐ事業者との交渉を進めていたが、合意に至らなかったため、2020年3月31日で動物園・水族館の営業を終了した。 遊園地についても、南海が同日を最後に運営から撤退したため、翌から営業を休止している。 その一方で、南海は一部のエリア(遊園地など)を残したまま、付で敷地と(遊園地エリアを含む)建物・施設の所有権を岬町に無償で譲渡。 岬町は、譲渡を受けた敷地を町営の自然公園に転換したうえで、2021年度の再オープンを予定している。 「 みさき公園」という名称は町営公園にも引き継がれるが、譲渡後の遊園地エリアの扱いは未定。 施設概要 [ ] 公園という名前になっているが、遊園地(1980年代中盤までの呼称は「スポーツランド」)、動物園、水族館(2000年までは「自然水族館」として営業)および夏季限定の屋外大型を擁する複合型である。 和歌山県との府県境に近くをのぞむ丘陵地に位置する。 動物園併設型施設の特性(後述)を活かし、「低炭素社会」「生物多様性に貢献する」環境にやさしい鉄道の象徴という私鉄経営における動物園(併設型遊園地)の新しい意義を提示している(南海電鉄CSR報告書2009 p2-7)。 水族館については、2000年に「自然水族館」の営業を終えてからも、の飼育・繁殖やイルカショーの開催を続けてきた。 「日本国内では初めて」とされる常設の施設が多く、1961年には、大阪湾を一望できる園内の丘に(高さ約32m)を設置。 老朽化を理由に2014年9月で使用を中止してからも、園のシンボルとして残されている。 また、1964年3月20日から1980年代の中盤までは、「みさき公園スピードライン」(「日本国内の遊園地に初めて設置した」とされる)を動物園と観光灯台の間で稼働。 自然水族館には、他の水族館に先駆けて、開館当初から1986年まで大海洋水槽(オーシャナリウム)、1971年から2000年の営業終了まで水中遊歩道(トンネル水槽)を設けていた。 当園の敷地は、南海電気鉄道(南海)が運営するの「南淡輪駅」(南海鉄道時代のに開業後に移転)付近に位置していた。 このため同社では、南淡輪駅を「」として活用することによって、アクセスの利便性の向上を図っていた。 また、丘陵地ゆえに園内の起伏が激しいことを踏まえて、開園3年後の1960年から2012年まで園内にを設置。 1960年から2007年までは「観光リフト」、1965年3月2日から1982年までは「みさき公園観光ロープウェイ」(営業開始時点では大阪府内唯一ので最大31名までの乗車が可能)、1971年から1987年までは動物園を一周する「パノラマカー」()、1998年から2007年までは「灯台リフト」を運行していた。 年間の来場者総数は1966年度(約96万人)がピークで、1989年度には約72万人、2018年度には約33万6,000人にまで減少。 施設の運営に伴う累積赤字の増加傾向にも、歯止めが掛からなかった。 このため、南海は2019年3月26日に、当園の運営から撤退する方針を発表。 実際には、発表の前後から、複数の企業へ運営の継承を打診してきた。 しかし、条件面で合意に至らなかった ため、動物園・水族館の営業と遊園地の運営を2020年3月31日(火曜日)限りで終了することを同年2月13日に発表。 園内で飼育されてきた動物(約70種・450頭)の大半は、()を中心に、複数の施設(やなど)へ譲渡されることになった。 新型コロナウイルス感染拡大防止のため臨時休園中のみさき公園。 2020年3月22日。 なお、園内では動物園・水族館の営業終了を前に、「みさき公園の卒園式~たいへんよく遊びました~」というイベントを開催。 当初は、2020年2月29日(土曜日)からの開催を予定していた。 実際には、同年の初頭から日本国内でが広がっている影響で2月29日から3月23日(月曜日)まで臨時休園を余儀なくされたため、開催期間は営業再開日の3月24日(火曜日)から営業終了当日(31日)までに短縮された。 また、感染拡大防止策の一環で営業再開の対象を屋外施設に限定したため、屋内施設や密室系のアトラクション(園のシンボルであったなど)については2月28日(金曜日)で事実上営業を終了。 その影響で、当初予定していた屋内(イベントホール)での展示も見送られた。 3月27日(金曜日)の営業終了後にが府内における28日(土曜日)・29日(日曜日)の外出自粛要請を出したため、28日・29日には再び臨時休園で対応したが、30日(月曜日)から営業を再開。 その結果、南海は当初の方針に沿って、3月31日(火曜日)の営業を最後に当園の運営から撤退した。 南海による運営の最終日には、開園の前からおよそ200名の入園希望者が集まったため、本来の開園時間(9:30)より早く9:10にオープン。 新型コロナウイルス感染への対策として、入園口で非接触方式の検温と手指の消毒を実施することを条件に、6,214名の入園を認めた。 17:00の営業終了後に入園口の前で予定していたスタッフ総出の「エンディングセレモニー」は、感染拡大の原因に挙げられている事態(セレモニーを見届ける人々の混雑による潜在的感染者との濃厚接触)を避ける目的で、真貝征志郎園長による短い挨拶のみで終了。 その代わりに、営業終了後に園内で撮影した真貝とスタッフ有志によるを、当園の公式アカウントで公開するという措置を講じた。 当園のある関西地方では、全社(南海、、、、)が、当園と同様の遊園地をかつて沿線地域で運営していた。 南海が当園の運営から撤退したことによって、上記の鉄道会社が運営に携わる関西地方の遊園地は、(近鉄の関連会社がで運営)と(京阪の関連会社がで運営)だけになった。 遊園地 [ ] の開園以来、総距離650mの「」が設置されている。 このジェットコースターは西日本では最も古く、日本国内でも(東京都)に次いで2番目に古い。 また、営業休止の直前時点では、開業と同時に敷設されたレールを使用している。 1980年代には「ドルフィン」(宙返りコースター)や「パイレーツ」などの絶叫系マシンも設置されていたが、児童が安心して遊べるアトラクションを導入する方針を打ち出した1990年代に、絶叫系マシンを相次いで撤去。 がに開業した2001年度および、2014・2015・2017年度には、いずれも年間入園者数が前年度を上回っていた。 南海が運営していた時期には、アトラクションごとの利用料を入園料と別に設定していたため、アトラクションのみで利用できる「のりもの券」を長らく販売していた。 最後期には、「のりもの券」に代わって、「Mipo(ミポ=Misaki Point)」と称するポイント制度(100Mipoが100円に相当)を大半のアトラクションに導入。 「アトラクションカード」をサービスカウンターや対応アトラクションの受付で購入することによって、対応する全アトラクションで遊べるようになっていた。 「アトラクションカード」については、チャージ済みのポイント数(1,000Mipo、2,000Mipo、3,000Mipo)に応じて3種類を販売。 チャージ済みのMipo数が少なくなっても、サービスカウンターや上記受付での追加チャージ(最低100Mipo=100円)によってMipoを増やせる仕組みを講じていた。 その一方で、「アトラクションカード」を購入しない入場者でも遊園地を利用できるように、一部のエリアにはコイン(現金)式のアトラクションを残していた。 前述したように、南海の運営撤退を機に、2020年3月31日で営業をいったん休止。 エリア内の施設は、翌4月1日付で同社から岬町へ無償で譲渡された。 契約上は完全な引き渡し(町営公園としての再オープン)まで1年の猶予期間が設定されたため、岬町ではこの期間中に、遊園地の運営を委託する事業者を探すことを予定している。 動物園 [ ] キリン(みさき公園内の動物園) 長(当時)の博士が設計指導して設立された最初の動物園。 のを範としつつも、日本最初の「動物地理学的配置()」による「」を採用し、当時最新の様式を誇った(1年後にが同様式を更に拡大充実して開園するなど、日本各地の動物園で古賀の指導による動物園群が建設される先駆けとなった)。 この新様式をもって「自然動物園」を名乗り、日本の動物園史のうえで画期的だったとされる。 動物がのびのびと過ごせるようにした点が特徴。 「動物園は平和なり」という古賀の理想を具現化したものという。 の繁殖実績で顕著な成績を残し、「キリンのみさき公園」との異名をとったほか、の飼育数日本一や、ホロホロチョウ、プレーリードッグの放し飼いで有名だった。 にキリン、2頭、など人気動物が相次いで死亡したが、にはチャップマンが園内で生まれ、この赤ちゃんの命名権を南海のレジャー情報専門サイト「 NET」で販売するという企画が行われた。 また日本初ののを行っている。 の夏季には、「ナイトZOO」(予約制による動物園内の夜間見学ツアー)を開催。 参加者から好評を博したことを受けて、以降も夏季限定のツアーとして、まで毎年実施されていた。 からは、開園55周年事業の一環で、「南米の森」(大陸に生息する動物専用の展示・飼育施設)も常設している。 なお、閉園までに飼育されてきた動物については、を中心に、複数の動物園などへ受け入れを依頼。 受け入れ先の決まらない動物については、閉園日の2020年3月31日までを目途に、アドベンチャーワールドで受け入れることを予定していた。 主な受け入れ先と、受け入れが決まった主な動物は以下の通り。 キリンなどの大型動物については、閉園日までに受け入れ先が決まらなかった。 このため南海では、前述した猶予期間中にも、受け入れ先の決まっていない動物の飼育を園内で継続。 その間に受け入れ先を探している。 受け入れ先が最後まで決まらなかった動物については、当初の予定に沿って、アドベンチャーワールドで順次受け入れる。 アドベンチャーワールド(和歌山県白浜町):、、、、、• ():(一部)、、• ():マーラ(一部)、、、(など)• 神戸どうぶつ王国():• ():、 ぷ~るらんどRiO [ ] ぷ~るらんどRiO 開園30周年記念事業の一環で、に開設した大型レジャープール。 海の見える高台に流水プール、総距離90mの「川下り」(関西地方の遊園地で初めて導入)、総距離40mの直線スライダー、子ども用のプールなどを備えている。 施設名の「RiO」は、「川」を意味するから命名。 開設当初は、当時アイドル歌手として活動していたがCMソングを歌っていた。 には「ループスライダー」、には「スプラッシュスライダー」 を相次いで新設。 には、関西地方の遊園地では初めて「ウォータージャングル」を常設した。 の夏季にも例年通り営業していたが、営業期間中の8月下旬に、の影響でウオータースライダーに亀裂が入るなどの被害を受けたため、予定より早い営業の終了を余儀なくされた。 さらに、翌に南海が当園全体の運営から撤退する方針を示したため、被害箇所の復旧や営業再開へ至らないまま閉鎖が決まった。 もっとも当園では、以上の事情でプールの営業を休止していた2019年の夏季(6月28日 - 9月1日)に、「プールに水を入れられない」状況を逆手に取る格好で「 夏の水入らずキャンペーン」を実施。 本来は「おとな」(中学1年生以上)1,350円・「こども」(2歳 - 小学6年生)700円の入園料を、キャンペーン期間中に限って、「おとな」「こども」一律100円に設定した。 通常の夏季には17:00に設定していた営業終了時間についても、キャンペーン期間中のみ21:00にまで延長。 8月中の毎週土曜日に「ナイトZOO」を実施するなど、プール以外の施設や、日中に比べて涼しい夕方以降の時間帯での集客を図っていた。 シャイニースタジアム [ ] シャイニースタジアム 「大阪湾の景色・夕陽・生命の輝きを感じるスタジアム」というコンセプトの下に、当園の開園50周年記念事業の一環として2009年3月1日に開館。 イルカのトレーナーやショーの運営スタッフには、「たかがイルカショー、されどイルカショー。 小さくとも きらりと輝くショーでありたい」との願望を込めて、「 シャイニースターズ(Shiny Stars)」というチーム名が新たに付けられた。 なお、スタジアムの新築に合わせて、アシカ舎・ペンギン舎もスタジアムの場外に新築・移転。 移転前はアシカとペンギンのショーも開催されていたが、移転後はイルカのショーだけを定期的に実施していた。 開館に際しては、南海がとの間で5年間の契約を結んだため、2012年3月31日で契約期間を満了するまでは「伊藤園シャイニースタジアム」という名称で営業していた。 契約期間中は、伊藤園の主力製品である「」の大型広告が施設外壁に掲示されたほか、スタジアム内には同社のしか設置されていなかった。 2012年4月1日から2014年3月31日までは、伊藤園に代わって「」(大阪市西区に本社を置く中古車買取会社)が南海との間でネーミングライツ契約を締結したため、「ユーポス シャイニースタジアム」と改称。 施設の大型広告なども一新されたが、契約期間の満了後は新たなスポンサーが付かなかったため、「シャイニースタジアム」という名称を用いていた。 元々は2000年に閉鎖された「自然水族館」であり、バンドウイルカとカマイルカのショーが行われているショープールは、日本現役最古の陸上イルカショープールとされる「マリンスタジオ」をそのまま使用していた。 また、オーシャナリウムという大規模水槽を屋内に設置し、やなどの大型水族館の大水槽での飼育運営方法に大きく貢献した。 なお、この水族館建設に関わった初代水族館長のは、「東洋一」といわれたの官舎で誕生し、長じて水族館、みさき公園自然水族館、、の建設に関わり、阪神パークを除きすべて館長職 を務めた水族館の生き証人というべき人物である。 イルカ飼育はなどと同時期にスタートし、にイルカの搬送世界最長記録(当時)を樹立したほか、には日本初の「水中遊歩道」(トンネル水槽)を導入した。 イルカショーについては、中断時期をはさんで、「イルカジャンプショー」という名称でから再開。 「自然水族館」を閉館してから、「シャイニースタジアム」が完成するまでの間も続けられていた。 には、飼育下繁殖のイルカから初めて子どもが誕生。 園の名称にちなんで「みさき」と名付けられたが、園内で生育中のに死亡した。 「シャイニースタジアム」でのイルカショーでは、シーズンごとにBGMや演目を変更するなど、何度観覧しても楽しめるような工夫が為されていた。 その一方で、からは「イルカふれあい体験営業」も開始。 日本国内からの入園者にとどまらず、国外からの旅行者からも高い人気を博した。 には、新型コロナウイルス感染の拡大を踏まえて、から(火曜日)まで有料(入場料とは別の料金扱い)のイルカショーを休止する代わりに、一部の時間帯で「シャイニースタジアム」の無料開放を予定していた。 実際には2月29日から(月曜日)まで臨時休園を余儀なくされたため、(シャイニースタジアムを含む)屋外施設限定での営業再開を機に方針を変更。 再開当日の(火曜日)から(土曜日)まで一部時間帯の無料開放を実施した後に、営業終了までの3日間( - )限定でイルカショーを開催することを決めた。 イルカショーについては、1回公演あたりの観覧者を「シャイニースタジアム」収容人数の5分の1程度(200名)にとどめたうえで、3月23日から(木曜日)まで観覧希望者を当園の公式サイトで募集。 希望者からの抽選によって、1日あたり800名(4回公演での総人数)に対して、条件付きながら有料で観覧できるように対応した。 応募の倍率はおよそ4倍で、抽選の結果は、(金曜日)の午後に応募者全員へ通知。 前述した事情で29日の開催を見送ったが、の最終公演(15:30から開催)は、抽選の落選者などもスタジアムの外(園外の堤防など)から公演を眺めるほどの盛況で幕を閉じた。 ちなみに、「シャイニースタジアム」の閉場時点では、2頭のカマイルカと3頭のバンドウイルカがショーに出演していた。 しかし、いずれのイルカも閉館までに受け入れ先が決まらなかったため、南海では動物園エリアと同様の措置を講じている。 その一方で、和歌山城公園動物園では、海遊館やなどではを受け入れている。 わくわく電車らんど [ ] 子ども向けの鉄道体験施設として、に開業。 (10905号車)・新旧塗装(新塗装7041号車・旧塗装7033号車)のカットモデル3点を用いての運転士・車掌体験や、の実物大モックアップを使った運転士体験が可能なほか、で遊べる広場を設けていた。 南海電鉄関連の展示・グッズ販売スペースを屋内に併設していたため、や往年の南海電車を知る沿線住民からも人気を博していたが、前述した事情を背景にで事実上営業を終了した。 同社では自社の路線で運行を終えた車両の静態保存施設を他に保有していないため、営業終了後の上記の車両の扱いは未定。 園内では「わくわく電車らんど」の開業前にも、南海電鉄の創業100周年に当たるまで「」()としてで運行されていたから、先頭車の2両を創業100周年記念事業の一環として。 車内の座席を撤去したうえで、展示施設に転用していた。 転用当初は「南海の歩み記念史列車館」として使用されていた が、末に南海が(のに加盟する球団)の経営権をへ売却したことを機に、「南海ホークス記念館」として活用されていた。 ただし、露天での保存中に車体の老朽化が進んだため、後に閉鎖したうえで2両とも解体。 「南海ホークス記念館」の展示物や機能は、南海ホークスのとして使用していたの跡地(の南隣)でからが開業したことに伴って、なんばパークス内の「南海ホークスメモリアルギャラリー」へ移された。 イベント [ ] 園内に野外ステージ(イベントステージ)を設置。 ・や等の、などのライブ公演を定期的に実施していた。 当初は遊園地・動物園・水族館の営業終了当日()まで「卒園展」関連などのイベントが予定されていたが、前述した事情で、前月(2020年2月)の開催分を最後に終了を余儀なくされた。 ただし、イベントステージ場外のレストラン(営業終了時点での店名は「みさきキッチン」)が通常より座席数を減らしながら営業を続けたことに伴って、スタンド(定員1,914人)のみ「みさきキッチン」のテイクアウト客に無料で開放されていた。 かつては、子どもたちの学習を主な目的に、在阪大手新聞社とのタイアップイベントを園の全域で年に2回開催していた。 以下では、の協力による卒園展で、(同社所蔵の報道資料・新聞記事を含む)資料や写真を展示する予定だった過去のイベントを記す。 - 「みさき公園自然動物園開設記念 世界探検博覧会」(主催:)• 当園を第1会場、南海本線の付近で営業していた淡輪遊園(現在のあたご山公園)を第2会場として使用。 会期中の暫定措置として、当園の開園に合わせて「南淡輪駅」から改称したばかりのみさき公園駅に、淡輪駅にを停車させていた。 - 「伸びゆく世界とこども博」(主催:)• 会期中には、「こども館」「世界館」「宇宙館」などのを園内に設けていた。 春「世界の驚異博 ワンダフルフェア」(主催社不明)• 会期中には、数千年の歴史を持つ建造物(やなど)や、当時「世界一」とされていた建造物(など)が園内で再現されていた。 1959年秋「アメリカ開拓史 大西部少年フェア」(主催社不明)• 会期中には、開拓の物語を子どもたちに分かりやすく解説する目的で、開拓に重要な役割を果たしたやなどを園内に展示していた。 秋「空・陸・海 のりものフェア」(主催社不明)• 会期中には、園内に「のりもの歴史館」を開設。 また、当時目覚ましい発展を遂げていた「のりもの」(移動手段)を実物・模型・写真などで紹介しながら、「のりもの」の未来像を描き出していた。 春「海洋博」(主催社不明)• このイベントを記念して、日本初の観光灯台を建設。 開業当初は、明治初期のレンズ(イギリス製)や日時計などを展示する博物館を併設していた。 - 「化石は生きていた 600,000,000年の驚異」(主催:朝日新聞大阪本社)• 会期中には、日本全国から集められた化石や、の全身骨格などを園内に展示。 の特別公開イベントも実施された。 - 「春のみさきフェア アンデルセンの世界」(主催:讀賣新聞大阪本社、、)• 会期中には、が描いたの世界やキャラクターを再現したを、園内に多数展示していた。 1981年春「中国の恐竜展 魚類から猿人までの4億年」(主催社不明)• 会期中には、中国の貴重な学術標本が、国外で初めて園内で公開された。 - 「日本の鉄道博」(主催:讀賣新聞大阪本社、讀賣テレビ放送、報知新聞社)• 会期中には、明治時代初期からの日本の鉄道史を物語る貴重な資料を、園内に多数展示。 特設したレールの上でを走行させるイベントも、期間限定で開催した。 秋「宇宙探検フェア NASAからの月の石」(主催社不明)• 会期中には、からの協力の下に、宇宙探検の歴史と未来をスケールの大きな展示で紹介。 前年()から始められていたの打ち上げに成功した瞬間の写真も展示された。 - 「よみがえるライダーたちの伝説 世界のスーパーバイク展」(主催社不明)• 会期中には、クラシックバイクから世界最大のスーパーマシンに至るまで、バイクファン垂涎のマシンを無料で多数公開していた。 - 「大オーストラリア展 自然と不思議な動物たち」(主催:朝日新聞大阪本社)• 南海電気鉄道創業100周年事業の一環として開催。 古賀忠道による監修の下で、に生息する珍しい動物のをおよそ120点公開するとともに、同国の自然や動物を紹介していた。 当園がから夏季限定で「ぷーるらんどRiO」の営業を開始した背景には、春季・秋季に上記のイベントで多くの入場者が集まる一方で、夏場に客足が落ち込んでいたことが挙げられている。 イメージキャラクター [ ]• 2006年6月、「ぷ〜るらんどRiO」イメージキャラクターに「」を起用。 2007年6月、「ぷ〜るらんどRiO」イメージキャラクターにザ・プラン9の「」を起用。 2008年6月、「ぷ〜るらんどRiO」イメージキャラクターに「」と「」を起用。 2011年7月16日 - 8月31日、夏のイメージキャラクターに「」を起用。 2012年3月26日 - 6月30日、開園55周年イメージキャラクターに「」を起用。 メディア関係 [ ]• 、系『・イルカに乗った』(制作)でがイルカショーのトレーナー役を演じ、1日でイルカの背中に乗って水上を滑走する「サーフィン」を披露し、ロケ地となった当公園のスタッフから驚嘆された。 、関西テレビ制作の深夜ドラマ『』の第11話 のロケ地にみさき公園が登場。 この回ではガールズバー「WILD! 」のメンバー(他)らが慰安旅行に行くという設定であった。 出身の・は、『』(大阪府内に本社のある制作の情報番組)へ出演した際に、高校・大学生時代に大阪府内で生活していた縁で、当園の名称から「美咲」(みさき)という芸名を決めたことを明かしている。 系『』の「ガンバレ1年生岬の動物園」というコーナーで、新人イルカトレーナーと獣医師の成長ぶりが取り上げられている。 原作の・『』(における第8話)では、1980年頃の当園の風景をモチーフに描かれた「ニコニコ遊園地」が、物語の鍵を握るスポットとして登場している。 2006年6月から連載されている『-第2部-』(、作画)では、閉鎖寸前の第3セクターのテーマパーク「ワイワイランド」を、県庁職員が再生させるストーリーのモデルとして取材協力している(このため、ワイワイランドの園内風景はみさき公園とそっくりである)。 の楽曲『夏の日の中』 で唄われている「海の見える丘」はみさき公園付近の情景であることを、本人が2010年5月16日の「THE SECRET GIG4」 ステージトークで明かしている。 、『』の生中継で、が観光灯台(当時は営業時間内に一般客へ開放)の上から「」を歌った。 遊園地の営業休止と動物園・水族館の営業終了が発表された翌週(2020年2月20日)の『ちちんぷいぷい』(放送時点ではと相互ネット)では、(大阪府出身の絵本作家)が「とびだせ! えほん」(木曜日に月1回のペースで放送されるコーナー)向けの岬町ロケ(同月8日=土曜日)の最中に当園の「フロッグホッパー」(カエルのモチーフと一緒に飛び上がるミニ垂直落下式のアトラクション)「ジェットコースター」「観覧車」に乗った模様や、園内の様子をスケッチで描いた模様を収録した映像を放送した。 ちなみに、(毎日放送のアナウンサーで木曜日のスタジオアシスタント)による補足説明や、(フリーアナウンサー)によるロケVTRのナレーションには、「今年(2020年)3月に南海電鉄が経営から撤退することが決まっているが、撤退後の敷地の利用方法は未定で、『みさき公園』自体の閉園まで決まったわけではない」という情報が盛り込まれていた。 開園から動物園・水族館の営業終了までの経緯 [ ] 当園および前園(みさき公園駅の駅前区域)は、におけるに当たる。 元来は大阪ゴルフクラブ(1938年開業)が所有していた土地(24万坪)の一部で、中の1944年4月1日から、ゴルフ場の施設と合わせてに接収されていた。 直後の1945年8月24日付で接収を解除されてからは、大阪府への移管を経て、の一環で13万坪分の敷地が日本国政府に買収。 農地として、政府から一般の耕作者に解放されていた。 大阪ゴルフクラブでは、営業の再開に向けて、国有農地の耕作者に対する離農交渉と並行しながら、用地の確保・復旧工事に着手。 国有農地以外の敷地(11万坪分の開拓農地)を9ホールズのコースに改造したうえで、1952年10月に営業の再開へ漕ぎ着けた。 しかし、解放農地のゴルフ場への転用がに抵触することを農林省(現在の)から指摘されたため、大阪ゴルフクラブは解放農地の転用を断念。 地元の関係者や南海電気鉄道(南海)と共同で協議や研究を重ねた末に、「ゴルフ場のある南淡輪地区に『大阪府民のレクリェーション施設』として都市計画公園(泉岬公園)を建設することを前提に、ゴルフ場を『公園の緑地帯』として認可を受けることによって、国有農地の払い下げと開拓農地の転用許可を得るしかない」との結論に達した。 上記の結論に沿って許認可の手続きが進められた結果、日本政府は、(ゴルフ場の敷地分を含む)公園指定区域内の開拓農地を南海へ貸し付けることを1955年10月に認可した。 この決定を受けて、南海は同年12月から泉岬公園の建設に着手。 指定区域内で都市公園施設(自然動物園、自然水族館、売店、食堂など)を設置する許可を後に得たため、地元自治体の(近隣4ヶ町村の合併によって1955年4月1日に誕生)が公園の敷地を無償で借用する旨の契約を結んだうえで、「みさき公園」という名称での開業に至った。 このため、南海と岬町の契約では、当園を「借地公園」として扱っていた。 南海は2019年3月26日に、翌2020年3月31日付で当園の事業から撤退する方針を発表。 大阪府内外の複数の事業者に対して運営の引き継ぎを打診してきたが、合意に至らなかった。 2019年7月には、遊園地の営業終了に向けて準備を進めていることを岬町に説明。 説明を受けた岬町の田代堯町長によれば、当園の運営で毎年3億円規模の赤字を出していたとのことで、同社の2017年度決算では約33億円の減損損失を計上していた。 園内と前園を合わせた総面積は約33. 6ヘクタールで、動物園・水族館・遊園地の運営終了を発表した2020年2月の時点では、20億円の資産価値が見込まれている。 ただし岬町では、南海以外の運営者による「みさき公園」の存続を模索。 上記の契約に沿って、敷地と一部の建物を無償で譲渡することを南海に強く要請。 当園で飼育されてきたイルカや大型動物については、「維持費が多額なので、南海の事業撤退後に岬町で全額を賄えば、町の財政が破綻しかねない」として、アドベンチャーワールドなどの施設へ譲渡されることが決まった。 その一方で、南海は2020年3月24日付で、動物園・水族館の営業終了後(2020年度)の無償譲渡に関する基本協定を岬町との間で締結。 遊園地エリア、観光灯台、野外ステージなどの施設を残したまま、営業終了の翌日(同年4月1日)付で、敷地と施設の所有権を岬町へ譲渡した。 協定には完全な引き渡しまで1年の猶予期間が設けられたため、南海ではこの期間中に、動物園、水族館、シャイニースタジアム、プールを撤去する。 岬町では、遊園地以外の施設の運営をや方式で南海以外の民間事業者へ委託することを前提に、や用の施設を新たに整備。 「みさき公園」の名称を継承しながら、町営の自然公園として、2021年度の再オープンを目指している。 ただし、遊園地エリアについては、運営委託先の事業者が存廃を判断。 上記の施設の撤去が難しい場合には、撤去の期限を2021年6月30日まで延長する。 ちなみに、南海ではかつて、大阪府の沿線地域で「」を当園の姉妹遊園地として運営。 の閉園を経て、同年の高野線ダイヤ改正を機に、同線にある最寄り駅の名称を「狭山遊園前」から現在の「」へ改めた。 当園については、「岬町立みさき公園」としての再オープンが検討されているものの、遊園地・動物園・水族館の運営終了が発表された時点では最寄り駅の名称の扱いが明らかにされていない。 その一方で、大阪ゴルフクラブは、前述した開拓農地を18ホールズのコースに再整備。 1953年7月24日から営業を完全に再開すると、農林省による開拓農地の全面払い下げ(1960年)などを経て、現在に至るまで営業を続けている。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• ヨメ代行はじめました。 第11話「楽しい慰安旅行」2013年3月21日放送• アルバム『』(1993年3月21日発売・)M-7。 山根康広『THE SECRET GIG4』岡山公演 2010年5月16日、デスペラード岡山• 1984年7月26日放送分で、関西地方では毎日放送が同時ネットで生放送。 実際には、生中継の時間帯(21時台)が園全体の営業時間外に当たったことから、南海電気鉄道などによる特別な許可を経て生中継に至った。 出典 [ ]• 同協会にはには動物園扱いで加盟している。 - 南海電鉄(2019年3月26日)• 同種の施設としては、西日本ではアドベンチャーワールドや、東日本では・などがある。 - 共同通信社(2020年2月13日)• - 南海電気鉄道(2020年3月29日)• 南海電気鉄道 『南海二世紀に入って十年の歩み』、1995年、106頁。 南海電気鉄道 『南海電鉄最近の10年 創業120周年記念』、2005年、99頁。 - 産経ニュース(2018年8月24日付、2019年6月21日閲覧)• - 「休暇村紀州加太」スタッフブログ(2019年6月26日)• - 旬刊旅行新聞(2019年7月2日)• 鈴木克美「水族館」p234-236• - (2020年2月15日)• 「私鉄車両めぐり130 南海電気鉄道」『』1985年12月臨時増刊号 特集・南海電気鉄道、電気車研究会、1985年、 197頁。 『』1995年12月臨時増刊号 特集・南海電気鉄道、、1995年、 98,209。 卒園展に向けて讀賣新聞大阪本社から提供された報道資料(付同社朝刊に掲載の開業告知記事)を参照。 松山メアリ 2013年3月21日. オフィシャルブログ「miracle」. 2017年4月9日閲覧。 - 日経ビジネス(2019年6月28日)• - NHK関西NEWS WEB(2020年2月14日) 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - 南海電鉄• - 動物園・水族館の営業期間最終盤(2020年2月29日 - 3月23日)に新型コロナウイルス感染拡大の影響で臨時休園を余儀なくされたことを背景に、園内のイベントホールで展示を予定していたコンテンツの一部を同年3月17日から公開。

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みさき公園、南海電鉄が2020年3月に撤退-「後継事業者探し」へ

みさき 公園 跡地

SUMMARY みさき公園閉園の危機の概要 今年3月、南海電気鉄道がみさき公園の運営から2020年3月をもって撤退することを発表した。 みさき公園は1957年に南海電鉄が開業したレジャー施設で、岬町にとっては最大の観光資源の一つだ。 田代町長は慰留したものの、南海電鉄の方針は変わらない。 仮に遊園地事業を継続できない場合に備え、自然公園として再整備する町の独自案も温めている。 町のシンボルである遊園地、みさき公園から、運営主体の南海電気鉄道が2020年3月をもって撤退することになりました。 岬町としては、みさき公園が別の事業者に引き継がれ、現在の状態で存続していくことを望んでおります。 今は後継業者の選定などについて、南海電鉄との間で協議を重ねています。 事態を知ったのは、昨年7月のことでした。 南海電鉄の遠北光彦社長から岬町役場に伺いたいとアポイントがありました。 朝一番に、しかもたった1人でおいでになったので、何があるのかと驚きました。 そうしたら「みさき公園の運営から撤退したい」と言われ、さらにびっくりして「そんなことを急に言われても困る。 理解ができるように説明してほしい」と返答しました。

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2020年3月末をもって閉園されます。

みさき 公園 跡地

南海本線みさき公園駅を降り西に出れば岬公園遊園地です。 プールやどちらかと謂えばショボイ動物園があり、アクティビティ毎にお金を払う一般的な遊園地です。 小さいお子様なら(ごく小さいうち)暫くは楽しんでもらえます。 遊園地と違い無料ですし、啄木鳥各種や筒鳥、稀に鶯まで観察できる穴場の鳥見ハイキングコースです。 但し飯盛山から俎石山や雲山峰へ抜けるロングコースは一般向きではありませんちゃんと足回りと4時間程度の歩行時間に加え地形図等の供えも必要ですので出来ればコースに慣れた方と共にどうぞ。 最初は飯盛山<=>みさき公園駅ピストンで十分でしょう(これでも1.5~3時間は掛かります)。 子どもが小さく、混雑している場所へのお出かけはいつも気疲れがするのですが、こちらはイベントがなかったせいかすいていて、自分たちのペースで一日中遊べてとても満足でした。 小さい子(小学校低学年くらいまで)づれの家族が1日でまわれるちょうどよい規模だと思います。 ただ皆さんおっしゃるように坂が急なので、ベビーカー利用の方などは事前に移動の順番を考えたほうがいいかもしれません。 イルカショーはもちろんですが、動物園も小さい子向きですがとても良かったです。 キリンが結構近い距離で見られますし、プレーリードック(おじいちゃんが1匹いてかわいい)やシロフクロウなども近くでゆっくり見られて動物好きのわが子はとても喜んでいました。 ふれあい動物園も飼育員の方々がとても親切で、ゆっくり楽しむことができました。 遊園地も並ぶストレスもなく、また係の方が皆さん親切で気持ちよく遊ぶことができました。 ジェットコースターは小さい子でも乗れるくらいで怖くないですが海の景色を見ながら乗れてなかなか良かったです。 乗り物の料金は安いですが、同伴者の料金や動くパンダなどコイン系の乗り物も含めいろいろ乗っているとまあまあな金額になります。 それでもこれだけいろいろ楽しめたらいいと思いました。 お弁当は持参しました。 10月の日曜日に行ってきました。 晴れていてちょうどよい気候でした。 電車で行きましたが、駐車場は3分の1程度しか埋まっていませんでした。 敷地が広いせいもあって、とてもすいていました。 南海線の電車と入場券とのセットで買うと1000円以上お徳になります。 さて、園内の評価ですが、昔からある古い感じで歴史を感じてしまいます。 とても現代的ではないです。 小さな子供連れが多かったです。 園児から小学低学年ぐらいまで。 ・イルカショーは最高です。 これが見たいため行ったのですが、予想以上でした。 やや小さめの水槽でしたが、その分近くで見ることができます。 イルカもかなり訓練されています。 イルカと触れ合うことができるのもいいですね。 (別料金ですが) ・動物園は、ライオン、トラ、キリン、熊など一とおりはいて楽しめますが、なんとなく活気がないです。 旭川動物園を見習って、パフォーマンスをあげ、集客につなげる必要があるかな。 ・乗り物は、ジェットコースターはじめみんな古くて30年前の代物です。 小さい子供向けですね。 迫力はありませんが、小さい子供にはちょうどいいかな。 ・レストラン 最悪です。 よくこんなものを1000円で出しているなというぐらい、いただけないランチです。 絶対持ち込みするべきです。 芝生もありますのでシートを張ってお弁当を食べている家族がたくさんいたのもうなづけます。 全体的な評価ですが、イルカ目的なら十分かなとおもいますが、経営者はもっと考えるべきでしょう。 天気のいい10月のオンシーズンでこの人では経営が危ういと思います。 イルカあり、動物園あり、乗り物あり、でいろんなものがそろっていますが、ターゲット層が小さい子供連れの家族に限られている感じですね。

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