オイル ショック と トイレット ペーパー。 オイルショックとは わかりやすく3分で説明します!日常生活が大混乱になった様子をごらんください

原油価格マイナスで「逆オイルショック」トレンドに 「石油王を飲んで応援」「原油売りの少女」などネタ投稿続々: J

オイル ショック と トイレット ペーパー

オイルショックによるトイレットペーパー騒動とは? 1973年、第四次中東戦争をきっかけとした オイルショックの際、石油の供給量減少や価格高騰が起こりました。 様々な製品の主原料となる石油の値上げが、物価の上昇を引き起こすのではないかという人々の不安感が高まる中、一部のデマなどから発生した トイレットペーパーの買い占め騒動のことをさしています。 これを受けて OPEC 石油輸出国機構 加盟原油国のうちサウジアラビアを筆頭にしたペルシャ湾岸 6か国が原油価格の引き上げを発表します。 さらに段階的な削減も発表し、アメリカやオランダなど イスラエル支援国に関しては経済制裁 原油の輸出禁止 を決定しました。 安価な中東の原油に依存していた西側先進諸国ではこれによる燃料・原料の不足から物価の急激な上昇が起こり、経済的な混乱が起きるのですが、これを オイルショック 石油危機・石油ショック と呼びます。 トイレットペーパー騒動の発生 (騒動の勃発地「千里大丸プラザ 」 出典:) オイルショックを受けて、連日マスコミが石油資源不足の報道をしており、国民の不安は大きくなっていました。 1 973年 10月に政府が発表した 「紙資源節約の呼びかけ」から、「紙が無くなる」というデマが流れ始めます。 そして 11月に大阪でチラシに煽られて特売トイレットペーパー購入に主婦が殺到した結果、即売のフォローで通常品も販売対応したのですが、それも瞬く間に売り切れるという出来事がおこりました。 その情報を聞いた新聞社が【あっという間に値段は2倍】という記事を出してしまいます。 特売品に対して通常品が高額なのは当然なのですが、この記事は大変インパクトがありました。 このために騒動が大きくなり、全国各地で トイレットペーパー買い占め騒動が起きてしまうのです。 トイレットペーパー騒動の実情と政府の対策 騒動が起きた当時は実際には品不足もなく、マスコミや口コミに踊らされただけでした。 ところが、購入過多からの在庫不足が連鎖になり、政府からの買い占め自粛要請が出るほどになります。 現在でも、 TV放送された製品が一時的に需要過多になり、店頭から消えてしまう現象は多くて大変困りますよね。 さらに政府は、 石油緊急対策要綱を閣議決定し、総需要の抑制に努めます。 その為に国内の消費はさらに低迷していったのです。 オイルショックだけの影響ではないにせよ、ここに戦後続いていた日本の 高度経済成長が終わりを迎えることになるのです。 ガソリンスタンドの日曜営業停止や、 TVの深夜放送の停止、ネオンの停止など国民は深刻に受け止め協力していきます。 その結果、エネルギーの消費抑制効果も出るようになり、さらに省エネに繋がる技術革新や、石油に代わる代替エネルギーの研究が進んでいくようになったのです。 その結果、世界的な原油不足となり再び石油危機が起こります。 これを 第2次オイルショックと呼びますが、この時は、前回の教訓を活かしていた政府の対応の速さから、日本国内ではそれほどの影響は出ていないとのことです。 ここからは、騒動のきっかけとなったオイルショックを引き起こした中東問題について詳しく解説していきたいと思います。 興味のある方はぜひ最後まで読んでください。 まずはその歴史を遡ってみたいと思います。 約 3000年前…現在のイスラエルのある地域には ユダヤ教を信仰する ユダヤ人の国である『イスラエル王国』が存在していた。 紀元前 600年頃ローマ帝国の侵略により、ユダヤ人は追放されローマ帝国の征服によりこの地では キリスト教が普及する。 600年頃にはイスラム帝国が占拠し イスラム教が普及していく。 さらに、 16世紀頃には オスマン帝国がこの一帯を支配したので、イスラム教の色が強い地域になっていったのです。 オスマン帝国支配の際に、この地域は 「パレスチナ」と呼ばれるようになります。 また、最初の『イスラエル王国』の住人であったユダヤ人たちは各地に散って活躍したのですが、優秀であるが故の迫害を受けた為、多くの人々がこの地に戻ってくるようになりました。 その為、この地域はアラブ人【イスラム教】とユダヤ人【ユダヤ教】がほどほどに共存して成り立っていたのです。 その際オスマン帝国の内部崩壊を狙ったイギリスにより、この地域の微妙な均衡が崩されていくのです。 イギリスはアラブ人側へ武力協力を呼びかけると共に、勝利後のアラブ人の国の建国を約束し、さらにユダヤ人側には資金協力を要請し、こちらにも同様の約束をします。 その上で勝利後はどちらの約束も守らず、さらに第二次大戦後にはこの地域から撤退、問題を国連に丸投げしたのでした。 やはり国連も構成国の意思が働いてしまったのです。 国連の代表国であるアメリカにとっては、本土に住むユダヤ人の票は非常に重要なものらしく、当時のトルーマン大統領や、現在のトランプ大統領もこの大きな力を得て大統領に当選したようです。 そのため、良質な土地側を ユダヤ人の国 [イスラエル ]としました。 これに対して当然納得がいかないアラブ人はイスラエルに攻撃をしかけ、これが最初の戦いとなります。 その後も、様々な国の思惑等から現在に続く泥沼状態になってしまうのです。 中東戦争の勃発 (第一次中東戦争 出典:) 建国された [イスラエル ]に対してアラブ諸国との戦いが何度も起こりますが、それらを 『中東戦争』と呼んでいます。 アラブ人側を支援したエジプトとヨルダンにより、 『ガザ地区』『ヨルダン川西岸地区』が一旦はアラブ人の土地となるのですが、その後反撃したイスラエルに奪取されてしまいます。 結果、アラブ人の住むところが無くなるのは大変!とばかりに、この2つの地域をアラブ人の住む 『パレスチナ自治区』として国連が認定し、ここに住むアラブ人を 「パレスチナ人」と呼ぶようになっていきます。 この『第一次中東戦争』でイスラエルが反撃し勝利できたのは、バックにアメリカとイギリスの協力があったからといわれます。 海運交通の要所であるこの運河ですが、当時財政難に陥ったエジプトが保有株をイギリスに売却してしまつたことで、イギリスが筆頭株主になっていたのです。 1956年エジプトが スエズ運河の「国有化」を宣言したために、イギリスは激怒、フランス・イスラエルに協力を仰ぎ、 第二次中東戦争が勃発します。 この戦いは、国連の停戦要求、ソ連のエジプトへの協力、アメリカの反対などにより終了しました。 スエズ運河の国有化は認められましたが、戦争自体はイスラエル側の勝利でした。 しかしながら、イスラエルなど軍事攻撃をした側への批判は大きく、エジプト側が世論に支持されることになっていくのです。 ゴラン高原へのユダヤ人居住によるアラブ諸国との緊張の高まる中、 1967年 第三次中東戦争を仕掛け、急襲によりエジプト・ヨルダン・シリア・イラクなどの軍事基地を破壊。 6日戦争と言われるような短期間に『シナイ半島』『ガザ地区』『ヨルダン川西岸地区』を占領しました。 この戦いにおいて、アラブ諸国が 石油戦略を展開することで有利な休戦へと持ち込みます。 『シナイ半島』はエジプトが奪還しましたが、『ガザ地区』『ヨルダン川西岸地区』からのイスラエル人撤退とはいきませんでした。 まとめ.

次の

1973年の「トイレットペーパー騒動」を解説――“噂と不安”でオイルショックと無関係な物資が次々品切れになった歴史に「

オイル ショック と トイレット ペーパー

[広告] 写真のトイレットペーパーは、「ウタマロ ソフト 55メートル」(4ロール入り)が7セットと「ソフトペンギン2枚重ね32. 5メートル」(同)1セットの計8セット(計32ロール)。 写真には写っていないがほかにも衣装ケースの中にたくさんのトイレットペーパーが見つかったという。 女性に確認すると、実家の倉庫を掃除していたところ、保存状態のいいトイレットペーパーが大量に発掘され驚いたという。 「母かと思ったが、実は祖母が1973(昭和48)年のオイルショックの時に購入した物だった。 当時の情報源はテレビだけだったため、テレビを見た祖母が心配になって私たちのために買ってくれたのだと思うが、倉庫に片付けたまま忘れてしまったらしい。 父から、しばらく本当にトイレットペーパーが売り場から消えてなかなか買えなかったと聞いた」と話す。 このほか、1971(昭和46)年のニクソンショック(ドルショック)の際に大量の生活用品などを購入し、机の上に並べている当時28歳の実母の写真も見つかったという。 アルバムのメモ書きには「ドルショックにそなえて買いだめです 歯ブラシ さとう スリッパ クレラップ テューブ たわし 電池 ハシ 等」「ズバーッとお金を使うのって いい気持ちです ストレス解消 約2万円だったかナ」(原文ママ)とある。 女性は「ドルショックの時にはものが値上がりすると言われ、消耗品を買いためたと聞いている。 この時は消費税の駆け込み需要のような感覚だったのかもしれない。 母のメモ書きから、主婦のストレス発散だったんだと思った。 (現在のトイレットペーパー売り切れ現象も)今の政権のさまざまな疑問が解決されない問題や、連日の新型コロナウイルスの報道による不安なども、知らず知らずのうちに主婦たちのストレスとなってたまっているのでは。 もしかしたらストレス発散の方法さえあればトイレットペーパーの買いだめも解消されるかもしれない」と話す。

次の

オイルショックとトイレットペーパーの関係

オイル ショック と トイレット ペーパー

これは1973年にあったオイルショックのときと同じような風景となっています。 👇その当時の動画がこれになります。 マスク品切れな今だからオイルショック映像 1973年 — 新ヒロミ・ファンファニー hiromifanfanny2 なぜオイルショックが発生したときに、トイレットペーパーが買い占められるのかというと、デマと不安による集団心理が組み合わさって発生します。 新型コロナで日本中に不安が広がり、「この状態だと、紙すらなくなるんじゃないか?」という不安が広がります。 現代においては、LINEやTwitterなどで、トイレットペーパーがなくなるやオムツがなくなっている、などと噂を聞いて、我先にと買い占める人がでてくるというわけです。 また政府が休校を宣言したり、テレワーク・リモートワークがにわかに盛り上がっていますが、家に引きこもる人が増えることも原因の一つでしょう。 引きこもっているときにトイレットペーパーがなくなると悲惨ですからね。 このような不安から、トイレットペーパーを買い占める人が増えているわけですね。 今こそあの言葉を使う時だと。 そんな話を家族にしたら、その年代はオイルショックを経験してるから・・・って言われて納得した — mea meer369 最後に オイルショック2020でトイレットペーパーが買い占められている件についてまとめました。 トイレットペーパーがなくなるというのはデマですので、変な噂に右往左往されないようにしましょうね。

次の