セリーヌ ディオン 死亡。 貧困と激動から大富豪へ成り上がった超豪華ハリウッドセレブ達15人

セリーヌ・ディオン、80億円の豪邸の中がヤバすぎる【写真アリ】

セリーヌ ディオン 死亡

ステージで夫を追悼するたびに涙を流しながら、ビルボード・ミュージック・アワードに出席してTV復帰も果たしたセリーヌ。 キャリアとプライベートの両面で35年以上もパートナーとして連れ添ってきたセリーヌとレネの愛の物語を振り返る。 12歳のセリーヌを発掘 セリーヌとレネの出会いは、セリーヌが12歳だった時。 当時38歳だったレネはセリーヌの歌声を聴くとすぐに彼女の才能を確信し、それから、二人三脚での音楽活動が始まった。 レネはセリーヌのデビューアルバムの制作費を捻出するために自宅を抵当にまで出し、すべてをセリーヌの成功にかけたという。 そんな2人が恋愛関係に発展したのは、セリーヌが19歳の頃。 26歳差という間柄には疑問の声もあがったというが、2人を止められる者は誰もいなかったと、セリーヌ自身が2013年に米Access Hollywoodに語っている。 夫妻には15歳の長男と、今年6歳になる双子の男児がいる。 結婚生活のヒケツは「コミュニケーション」 セリーヌとレネの絆は、結婚を機にさらに深まる。 レネはマネージャーとしてセリーヌが最高のコンディションで歌えるための舞台をつねに用意し、セリーヌを笑わせられるのはいつもレネだった。 セリーヌはレネとの関係の素晴らしさについて、2013年に米エンタメサイトRobin Leach's Vegas DeLuxeで触れている。 「私たちはよく笑うわ。 冗談も言う。 いつもふざけ合っているし。 お互い、この結婚を一生ものにしたいと思っているの。 全てのことについてきちんと話し合えば、いつもハネムーンな気分でいられるわよ。 コミュニケーションを取ること。 仕事よりも夫の看病を優先 何が起きても揺るがなかったセリーヌとレネの結婚生活に衝撃が走ったのが、1998年に起きたレネの食道がん宣告。 この日から夫妻の長い闘病生活が始まり、セリーヌはたびたびツアーを延期するなどして、献身的にレネを看病した。 レネは2014年には治療に専念するためにマネージメント業から退き、セリーヌも無期限で活動を休止するが、そんなセリーヌに復帰するよう最も求めたのは、レネ自身だったという。 セリーヌは仏Taste of Life誌で、そう語っている。 「レネはチャンピオンよ。 私は生涯をかけて彼を愛してきたわ。 うぬぼれていると思われたくないんだけど、私は彼の一番好きなシンガーなの。 当時セリーヌは、米PEOPLE誌でレネの闘病生活に触れ、「ひざがガクガクになっていいのは最後だけよ。 愛する人が倒れて助けを求めている時は、泣いている場合じゃないわ。 それは後からすればいい。 今は違うの」と気丈に語っている。 同時にレネとのある約束について、こう明かした。 「彼に『怖い? 分かるわ。 私に話して』って言ったの。 彼はこう言ったわ。 『君の腕の中で死にたい』って。 だから、『分かった。 私はその場にいる。 あなたは私の腕の中で死ぬわよ』って言ったわ」。 レネは2016年1月、セリーヌが制作中の15枚目のフランス語アルバムの完成を見ることなく、74歳の誕生日を迎える2日前に死去した。

次の

セリーヌ・ディオンの兄もガンで死去|Big Celeb/ビッグセレブ

セリーヌ ディオン 死亡

「正直に言って、いまが人生で最高。 本当にこの一瞬一瞬を楽しみたいし、大切にしたいの」とまずは現在が絶好調だと語るセリーヌ。 「全てが新しい。 復活したって感じる。 50歳って、すばらしい」。 夫でマネージャーだったルネ・アンジェリルの死から3年。 以前はコンサバスタイルだったセリーヌだが、近ごろはやけに個性的で尖ったファッションに徹している。 これについては「冒険ってわけじゃないわ。 自分が魅力的と感じられるスタイルを模索中なの。 自分のためにね。 強く、美しく、女性らしく、セクシーでありたいわ」とのこと。 新しいファッションスタイルにしても、「痩せすぎ」と叩かれているボディについても、「私自身は満足しているんだから、話したくないわ。 邪魔しないで。 写真も撮らないで。 あなたが(私のことを)イイと思ってくれるなら、私はあなたに寄り添う。 でもそうでないなら、放っておいてちょうだい」と主張した。 16歳年下のペペとの新ロマンスのうわさについては「親友なのよ。 みんなが知っている通り、ハグしたり、手をつないだりもするわ。 彼ってジェントルマンなの。 出かけるときに手を指し伸べてくれるのよ」と語った。 《Hiromi Kaku》.

次の

セリーヌ・ディオンの兄もガンで死去|Big Celeb/ビッグセレブ

セリーヌ ディオン 死亡

セリーヌ・ディオンは「タイタニック」主題歌で世界的な歌手へ!亡き夫はマネージャーだった セリーヌ・ディオンの代表曲は「タイタニック」の主題歌!映画とサウンドトラックに与えた影響とは? 全世界でのCD総売り上げ枚数が2億枚を超えているセリーヌ・ディオンは、類まれなるテクニックと声量で人々を魅了する人気歌手です。 セリーヌ・ディオンが世界的にも人気となったきっかけは、1997年の映画「タイタニック」の主題歌「My Hear Will Go On」でした。 映画の興業的な大成功もあり、セリーヌ・ディオンの歌う「タイタニック」の主題歌は世界中で大ヒット。 あっという間に世界の歌姫となったセリーヌ・ディオンは、同曲で、アカデミー歌曲賞やグラミー賞をはじめとする数々の著名な賞を受賞しました。 映画「タイタニック」の象徴的な存在となった主題歌「My Hear Will Go On」は、その後の映画音楽業界にも影響を与えています。 とはいえ、世間に与えたインパクトの大きさから見れば、セリーヌ・ディオンが歌った「タイタニック」の主題歌が最も成功した例だと言えるでしょう。 セリーヌ・ディオンの亡き夫はマネージャーだった!12歳で出会い、19歳で恋に落ちた夫婦の軌跡 2016年1月、セリーヌ・ディオンを公私共に長年支えてきたマネージャーであり夫のレネ・アンジェリルが死去しました。 2人が出会ったのは、セリーヌ・ディオンが12歳で、レネ・アンジェリルが38歳の時です。 セリーヌ・ディオンの才能に惚れ込んだ今は亡き夫は、彼女のデビューアルバム費用を捻出するために自宅を抵当にまで出し、二人三脚で成功への道を歩んでいきました。 2人の関係に変化が訪れたのは、セリーヌ・ディオンが19歳の頃です。 マネージャーだったレネ・アンジェリルへの想いが恋へと変化し、1994年に、セリーヌ・ディオンの故郷であるカナダで結婚しています。 3人の子宝にも恵まれた2人でしたが、1998年に告知された食堂癌の進行を食い止めることはできず、長い闘病生活の末、2014年にはマネージャー業から引退した夫のレネ・アンジェリル。 セリーヌ・ディオンが制作中だった15枚目のフランス語アルバムの完成を見届けることなくこの世を去りました。 セリーヌ・ディオンの子供は3人の息子!葉加瀬太郎と共演、共作した経緯とは? セリーヌ・ディオンの子供の現在は?5回の流産を乗り越えて生まれた双子が実は三つ子だった!? セリーヌ・ディオンは、世界的な人気歌手としてだけではなく、不妊治療を乗り越えて授かった3人の息子の母親としても有名です。 子育てのためにラスベガスでのショーに仕事を集中させ、移動が少なく子育てのしやすい生活環境を整えたことは世間の共感を呼びました。 2001年に長男を出産しているセリーヌ・ディオンは、2010年10月23日に、帝王切開にて双子の息子を出産しています。 しかし、実はこのときは三つ子を妊娠していましたが、妊娠が発覚して間もなく1人の胎児の心肺が停止していたことを告白しました。 さらに、亡き夫レネ・アンジェリルによって、5回もの流産を経験し、6度目の体外受精が成功した結果がこの時の妊娠だったことも明かされています。 こうして3人の息子に恵まれたセリーヌ・ディオン。 2016年5月に行われたビルボード・ミュージック・アワードに出演した際に注目を集めたのは、アイコンアワードを受賞したセリーヌ・ディオンのプレゼンターとして登場した長男のレネ・チャールズでした。 当時16歳になっていたレネ・チャールズのイケメンぶりに、世界中のマスコミは大熱狂!ネヴァダストームミジェットAAというホッケーチームで活躍していることが伝えられるなど、エンタメサイトを賑わわせることとなりました。 セリーヌ・ディオンとの共演で多くを学んだ葉加瀬太郎!ワールドツアーで見たセリーヌ・ディオンのプロ意識 フジテレビ系で放送されたドラマ「恋人よ」(1995年)の主題歌は、セリーヌ・ディオンの歌う壮大なバラード曲「To Love You More」でした。 この楽曲でセリーヌ・ディオンと共作・共演したのが、バイオリニストの葉加瀬太郎です。 2人が共作・共演するきっかけを作ったのは、音楽プロデューサーのデイヴィッド・フォスターでした。 コンサートのために来日したデイヴィッド・フォスターは、葉加瀬太郎が参加していたバンド「クライズラー&カンパニー」の映像を気に入り、葉加瀬太郎を自身のコンサートに招待。 そこでゲスト歌手を務めていたのが、セリーヌ・ディオンです。 同い年の音楽家同士ということもあり、意気投合した2人は、「何か一緒にやりましょう」と約束。 その結果が、「To Love You More」という楽曲での共作へと繋がりました。 これを機に、セリーヌ・ディオンのワールドツアーへ参加することになった葉加瀬太郎は、常に彼女と行動を共にしていました。 そして、休日は一切言葉を発することなく、身振り手振りで会話をしているセリーヌ・ディオンの姿を目にします。 これは、冷暖房の効いたコンサート会場で何時間も歌い続けるため、休日は徹底して喉を休めるためでした。 このセリーヌ・ディオンのプロ意識の高さに、何よりも驚いたと語っています。 セリーヌ・ディオンがコンサートでラスベガス銃乱射事件を追悼!新曲はP! NKが楽曲提供!! 2017年10月1日に、ラスベガスで痛ましい銃乱射事件が起こってからわずか2日後にステージに立ったのが、ラスベガスの「コロシアム・アット・シーザーズパレス」で長期公演中のセリーヌ・ディオンでした。 この日の公演は、セリーヌ・ディオンが静かに観客へ語りかけるという異例の形で幕を開けています。 「事件からまだ日が浅い今だからこそ」と、コンサートを決行すべきか悩んだことを明かしたセリーヌ・ディオンは、公演の収益を犠牲者の家族へ寄付することを発表。 時折涙を堪えるような表情を見せながらも、最後まで気丈に振舞ったと言います。 この日の公演で、観客とセリーヌ・ディオンの気持ちが、より一層固く結ばれたことは言うまでもありません。 さかのぼること1年前の2016年は、セリーヌ・ディオンにとって、愛する夫に加え、その死の2日後には兄も他界するという耐え難い悲しみに見舞われた年でした。 そんなセリーヌ・ディオンが、同年9月にリリースした新曲が「Recovering」です。 書き下ろしたのはP! NKで、深い悲しみから一歩ずつ立ち直ろうとする姿を描いた歌詞はもちろん、曲のシンプルな美しさがセリーヌ・ディオンの歌声を際立たせています。 ドラマティックなメロディラインの楽曲が多いセリーヌ・ディオンにとって、P! NKが作り出したシンプルな楽曲は、音楽家としても新しい挑戦となったようです。 12歳の頃から共に歩んできた夫と死別してしまったセリーヌ・ディオンの悲しみは現在も癒えず、夜は6歳になる双子の息子たちと川の字になり一緒に眠っていると言います。 自身が深い悲しみの中にいるからこそ、ラスベガス銃乱射事件の犠牲者の家族を気遣う気持ちも一層強まるのでしょう。 人間としての深い愛情が感じられる世界的な人気歌手セリーヌ・ディオンの今後が、喜びの多いものであることを願わずにはいられません。

次の