旅 の おわり 世界 の はじまり。 『旅のおわり世界のはじまり』 本予告

旅のおわり世界のはじまり : 作品情報

旅 の おわり 世界 の はじまり

CONTENTS• 映画『旅のおわり世界のはじまり』の作品情報 C 2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO 【公開】 2019年公開(日本映画) 【監督】 黒沢清 【キャスト】 前田敦子、加瀬亮、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボフ 【作品概要】 2017年、ウズベキスタンと日本の国交樹立25周年記念行事として日本とウズベキスタンの合作映画の話が持ち上がり、オファーを受けた黒沢清監督が自ら脚本を書き下ろした。 前田敦子を主演に迎え、一ヶ月に渡るウズベキスタンオールロケを敢行。 異国の地を進む前田敦子が圧倒的な魅力を放っており、黒沢清監督でしか撮れない作品であると同時に、まったく新しい黒沢映画となっている。 映画『旅のおわり世界のはじまり』のあらすじとネタバレ C 2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO 藤田葉子は、バラエティ番組のリポーターとして、ウズベキスタンに来ていました。 朝、葉子がメイクを終え、外に出るとスタッフの姿が見当たりません。 あわてる葉子に声をかけてきたのは名刺を持ったウズベキスタン人の男性でした。 男性は葉子を連れてくるよう頼まれていたらしく、葉子をバイクに乗せ、ロケ先であるアイダル湖に向かって走り出しました。 カメラマンの岩尾、ディレクターの吉岡、ADの佐々木らスタッフは先に着いていて、淡々と彼女を迎えます。 早速台本が手渡されました。 ジャージの上にゴム胴長を履き、葉子は湖に入って行くと、カメラに向かって笑顔を向けました。 「みなさーん、こんにちはー。 今、私はユーラシア大陸のど真ん中、ウズベキスタン共和国に来ていますー」 ついで、地元の漁師と共に、湖に潜むと言われている怪魚・ブラムルの捕獲を試みますが、何度やっても捕まえることができません。 漁師は女性が船に乗っているからだ、魚は女性の匂いがきらいだ、と言い、いい絵がとれない一行は、お手上げの雰囲気にいらいらが募っていきます。 町に戻り、チャイハナ(大衆食堂)でのロケに移りますが、店の女性からは、いきなり言われても今は燃料がなく料理が作れない、と取材を拒否されます。 吉岡は、見た目だけ整えてくれればいいと紙幣を握らせ、なんとかOKをもらいますが、出てきたものは米が生のままのものでした。 それでも、美味しそうに食べてみせる葉子。 取材が終わり、撤収していると、店の主人が薪を抱えて戻ってきて、調理が可能になったようです。 女性が完成品を持ってきますが、吉岡はテムルにもういらないからと伝えるように言います。 テムルの困った顔を見た岩尾がみんなで食べようと受け取りました。 さらに女性は食べ物がはいった紙袋を葉子に手渡してくれました。 一行は、町の小さな遊園地にやってきて、くるくる回転する絶叫マシーンの撮影を始めました。 葉子が一人で乗っているのを見た現地の責任者は「未成年の少女を一人で載せてはいけない。 とても危険です」と心配しますが、吉岡は「彼女は少女じゃないです。 自分の意志で乗ってるんです」と相手にしません。 マシーンが動くと、思った以上に激しいもので、葉子はへとへとになってしまいますが、岩尾は「もう一回」と無慈悲に支持を出します。 「少女の脳が破裂してしまいます」と危惧する責任者に対して「だから少女じゃないんだってば」と吉岡は不機嫌そうに言い返します。 何度も撮り直しをくらい、ふらふらになった葉子は、それでも、笑顔で、最後を締めくくりました。 ホテルに帰った葉子に佐々木が食事はどうしますか?と声をかけてきますが、葉子は「バザールに行けばなにか手に入ると思うので」と応えます。 地図を持って、バザールに向かう葉子ですが、バスに乗るのも一苦労。 ようやくついたバザールでは、強引に商品を進められ、それを逃れるように葉子は駆け抜けます。 目的の店につくと、さっさと買い物をして黙って店を出ました。 ところが、途中で迷ってしまい、なかなかホテルに帰ることができません。 あたりも暗くなってきて、心細くなった葉子は、路地の一角で、家の裏庭につながれた一匹のヤギに出会います。 なんとかホテルに戻れた葉子は、東京の恋人へラインを送ります。 彼女は、ウズベキスタンの人々にも、撮影スタッフにも心を開こうとはせず、考えるのは遠く離れた恋人のことばかり。 翌日も怪魚の捕獲に挑戦しようとアイダル湖にやってきますが、漁師が船を出さないと言って、撮影が止まってしまいます。 「ようするに金がほしいんだろ?」と吉岡が言うと、テムルは「金ではなく彼の気持ちの問題です」と応えました。 「どうしてこの国のやつは融通が聞かないんだ」と怒り出す吉岡。 その時、葉子は昨日のヤギを思い出し、「旧市街地の一角につながれたヤギがいたんです。 ミルクをとるために一匹だけ連れられてきたと思うんです。 とても哀れで。 あのヤギを草原に返してやるというのはどうでしょう」と提案します。 「それ、いいかもな」と岩尾は言い、一行は、葉子の案内でヤギのところへやってきます。 飼い主に金を払うと、好きにしてくれていいという返事が帰ってきました。 ヤギの名前はオックというのだそうです。 葉子が柵に入って、ヤギをなでるところを撮影したあと、トラックにヤギをのせて、一行は草原に向かいました。 C 2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO ヤギを草原に離し、カメラを止めた時、一台の車がやってきました。 降り立ったのは、ヤギの元飼い主たちです。 もうこのヤギは誰のものでもないから私達がいただくと彼らは言います。 「何してるんですか!」と葉子が血相を変えて走り出し、「約束が違うぞ」とスタッフが詰め寄ると、「こんなところに離しても野犬にやられてしまうだけだ」と元飼い主の女性は言い、葉子は「そんなこと聞いていません」と大声を出しました 「あんたたちは撮りたい映像を撮ったからいいじゃないか」と女性は言います。 吉岡が紙幣を握らせると、なにか言いながら、元飼い主たちは帰っていきましたが、葉子は釈然としない気持ちをいだきました。 一行は首都のタシケントに移り、美しいホテルに落ち着きますが、Wi-Fiがつながらず、恋人に連絡がとれない葉子は、葉書をしたためます。 ロビーに葉子が座っていると、テムルがやってきました。 いつしか話題が東京の葉子の恋人のことになり、テムルに何をしている人ですか?と問われ「海上消防隊」だと葉子は応えました。 テムルはウズベキスタンには海がないから海に憧れるといい、海は素敵なところですか?と尋ねますが、葉子は「ずいぶん危険なものと聞いています」と応えます。 「結婚するんですか?」と聞くテムルに葉子は少しだけはにかんで「そのつもりです」と応えました。 葉書を投函するために郵便局に出かけた葉子は街をあてもなく歩き、噴水のある建物の前に出ます。 すると、耳に美しい歌声が届きました。 導かれるままに、その建物に入っていく葉子。 いくつもの美しい部屋を通り抜け、歌声のするところに来ると、一人の女性がオペラを歌っていました。 葉子は客席にそっと腰をかけます。 葉子の視線には、ゆっくりと舞台へと歩いていき、オーケストラの演奏で「愛の賛歌」を歌う自分自身が映っていました。 夢見心地でしたが、やってきた警備員に声をかけられ、逃げるように立ち去りました。 翌朝、ホテルで朝食をとろうとしていると、岩尾が葉子に声をかけてきました。 うかない顔をしている葉子を見て岩尾は「ホームシックか?」と尋ねてきました。 「そんなんじゃないです。 でも仕事面でいろいろ難しいことがあって。 今のお仕事はやりがいがありますけれど、本当にやりたいことと、どんどん離れていってしまっているように思うんです」と応えます。 「本当にやりたいことって?」「歌です」「歌手? それなら同じことだろ。 観客に歌を届けるのも、視聴者にレポを届けるのも」「心のあり方が違うんです」2人はそんな会話を続けました。 岩尾は自分自身も本当はドキュメンタリーが撮りたかったんだと語り、「でも今もドキュメンタリーを撮っている、君を撮っていると面白いよ」と言うのでした。 水族館でブラムルを撮影する予定が、直前になって拒否されてしまった撮影隊。 その時、テムルが、ナボイ劇場はどうでしょう?と話し始めます。 ナボイ劇場は、第二次大戦直後、捕虜としてシベリアに抑留されていた日本兵が、タシケントに送られ、建設に関わったものだそうで、彼らは真面目で全力をあげて敵国のために奉仕し、ロシア人もウズベキスタン人も皆驚いたそうです。 その日本兵の話を聞いてから、もっと日本人のことが知りたい、日本と関わる仕事がしたいと思い、今の仕事を選びました、ナボイ劇場は自分にとって特別な存在なのですとテムルは熱心に話します。 そういうの、うちの視聴者には受けないんだよね、と言う吉岡に「吉岡くん、撮るものなくなっちゃうよ」と岩尾が声をかけました。 葉子は「私、そこに行ったかもしれません」と言って、昨日の出来事を話し、一行は町へと向かいました。 車の中で吉岡が「葉子さん、一度自分でカメラ回してみる?」と言い、葉子は佐々木からハンディカムを受け取りました。 タシケントの大きなバザールの取材で、葉子はカメラを持ちながら進み、調子よくリポートしていきます。 ところが、あまりに人が多く、撮影隊がついていけなくなってしまいます。 そうとは知らず、葉子はどんどん一人で進んでいき、挙げ句に、みかけた猫を追いかけて完全に一行と離れてしまいます。 それでも、カメラを回し続ける葉子。 誰もいないところで撮影していると警官に尋問され、言葉が理解できない葉子は咄嗟に逃げ出してしまいます。 警官に追われる羽目になり、最後は小川の橋の下に身を隠しますが、とうとうみつかって警察署に連行されてしまいます。 警察署では日本語ができる通訳としてテムルがやってきました。 部長刑事は、葉子に「あの場所は撮影禁止地域でした。 私達は伝えたいことがあったからあなたに尋ねたのです。 あなたが逃げ出したから私達は追いかけたのだ。 なぜ話をしないのですか。 そんなに私達が怖いのですか?」と話しかけ、彼女を諭しました。 「あなたは私達のことをどのくらい知っているというのですか? 話し合わなければ何もわかり合えないではないですか」 部長刑事の言葉に葉子は涙し、心から謝りました。 解放され、署を出ていこうとした時、彼女はテレビのニュース番組で東京の大規模な火災のことを放映しているのに気が付きます。 「原発?」と咄嗟に叫んだ葉子。 しかし、テムルによれば、東京湾の石油コンビナートの火災とのことでした。 「消防隊に大きな被害がでているようです」という情報に葉子は驚き、携帯を返してくれと頼むと、Wi-Fiのある場所に案内してもらいました。 恋人には連絡がつきません。 心配で気も狂わんばかりの葉子を吉岡が迎えに来ました。 まだ死者の名前は発表されていないそうで、こちらからも情報を集めると彼は言い、葉子はホテルに戻りました。 吉岡たちは、日本に一時的に帰ることになりました。 岩尾は残って待つそうです。 「君はどうする?」と尋ねた岩尾は葉子がまだ何も言っていないのに「帰れ。 その方がいい」と言い、その場を立ち去りました。 その夜、葉子の携帯がなり、あわてて出ると東京の恋人からでした。 彼の無事が確認でき、葉子は喜びで包まれます。 翌朝、早ければ5日で戻ってくると言い、吉岡と佐々木は日本に帰っていきました。 葉子と岩尾はアイダル湖の怪魚にもう一度挑戦していましたが、やはり怪魚が網にかかることはありません。 すると、漁師が、耳寄りな情報があると告げます。 彼の友人が山の方で、大きな角のある恐ろしい生き物を見たそうなのです。 葉子と岩尾は、友人を紹介してもらうことにしました。 その友人の案内で、葉子と岩尾、テムルと、雇った荷物持ちの男たちで、延々と山登りが始まりました。 眼下には真っ青な美しい湖が見えました。 岩尾は風景を撮っておきたいといい、機材を広げ始めました。 葉子は先の様子を見てきますといい、ひとり登っていきました。 どれくらい歩いたでしょう。 見下ろすと、遠くに一匹のヤギの姿が見えました。 「オック」と葉子は嬉しそうにつぶやきました。 その時、葉子の耳に「愛の賛歌」のメロディーが流れ、彼女は歌い始めます。 壮大な景色の中、歌い終えた彼女の表情は晴れ晴れとしていて明るく輝いていました。 映画『旅のおわり世界のはじまり』の感想と評価 C 2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO 2017年、ウズベキスタンと日本の国交樹立25周年記念行事として 日本とウズベキスタンの合作映画の話が持ち上がり、オファーを受けた黒沢清監督は、オリジナルのシナリオを書き上げました。 『旅のおわり世界のはじまり』のストーリーを大雑把に要約すると次のようになるでしょう。 仕事で異国を訪れた若い女性は、異国の人々に心を閉ざし、日本から来た撮影隊にも打ち解けようとしません。 東京にいる恋人にしか心をゆるさず、 人生に迷っている彼女が、さまざまな経験をしていくうちにウズベキスタンの人々の優しさと暖かさに触れ、次第に自己を解放していく物語。 ですが、実際のところ、ストーリーはそのままなのにまったく違った映画になっているのです。 黒沢清にしか描けない、黒沢映画以外の何者でもない作品とでも申しましょうか…。 なにより、 ヒロインを演じる前田敦子の特異性が際立っています。 冒頭、メイクを終えて外に飛び出すと、日本人スタッフが誰もおらず、その瞬間、彼女は溢れるような運動力を見せます。 ただ呆然と佇むのではなく、瞬時に動き出すのです。 異国の地サラマンドルのバザールではまるで突進のような買い物をし、道なき道を進むかと思えば、度々、車道を大胆に横切り、ガードレールを乗り越えさえします。 さらにハードな絶叫マシーンに何度も乗せられ疲れ果てビニール袋に嘔吐しながら、さっとビニール袋をゴミ箱に捨てると、 すたすたと現地の野次馬の中を歩いていくタフな様子はどうでしょう。 前に進めば一人で爆発的に進んでしまい、他者を置き去りにし、挙げ句に追われる身となってしまう、こんなヒロイン、見たことがありません。 異国の地で、誰ともコミュニケーションをとろうとしない彼女は圧倒的に孤独で、冷たいぎすぎすした雰囲気の撮影隊と、バックに流れる物悲しい音楽も相まって、序盤はどこか不安な寂しさがつきまといますが、 彼女は少女のように華奢に見えながら(実際、現地の人には未成年の少女と見られています)、その生き方はタフでハードボイルドでさえあります。 中盤、加瀬亮扮するカメラマンの岩尾が彼女に自分がドキュメンタリー志望だったことを告白したあと、「 今もドキュメンタリーを撮っている。 面白いよ、君を撮るのは」と言うシーンがあります。 これは、 黒沢清監督自身の言葉と言えるのではないでしょうか。 まるで前田敦子のドキュメンタリーではないかと思わせるくらい、 本作における前田敦子は圧倒的で、一時も目が離せないのです。 ところで、タイトルの『旅のおわり世界のはじまり』を見て、『世界のおわり旅のはじまり』ではないのかと思った人も少なくないでしょう。 というのも 黒沢映画では大概世界は終焉を迎えていて、人々は決まって旅に出るからです。 本作でもウズベキスタン・タシケントの警察署のテレビに、東京が燃え盛る場面が映し出されます。 それを観たヒロインは「原発!?」とテレビの前で悲鳴を上げます。 ラスト近く、共に進む撮影隊に向かって「 ちょっと先を見てきますね」と言い残して前田敦子はどう見てもちょっと先とは見えない距離を一人でずんずん進んでいきます。 彼女が前進すると、もう誰も追従できません。 そこで彼女は遥か彼方の草原で、一匹のヤギを目撃します。 野に放ってやったオックに違いありません。 高らかに歌い上げられる「愛の讃歌」。 黒沢映画でこれほど美しい世界の始まりが描かれたことに静かな感動を覚えました。 まとめ C 2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO 前田敦子と行動をともにするのはカメラマン役の加瀬亮の他に、染谷将太がディレクター役、柄本時生がAD、アディズ・ラジャボフが現地人との交渉役に扮し、とてもいい味を出しています。 染谷将太は冒頭から微動だにせず立っていて前田敦子に微塵も関心を示しません。 彼女を置いて行ったのも彼なのでしょう。 実にいけすかない役なのですが、徐々に人間の弱さが現れてくるところに旨さを感じました。 アディズ・ラジャボフは、ウズベキスタンの国民的人気俳優です。 彼が演じたのは、日本人撮影隊と現地の人々をつなぐ役割を果たすコーディネーターですが、通訳という以外にも、双方の考え方の違いや文化の違いでもっとも苦労したのは彼に違いありません。 前田敦子がホテルの窓を開けた途端、強い風が入り込んでカーテンが泳ぐショット、 前田敦子の横顔のアップに、ずっと聞こえていた噴水の音が消え、かすかに女性の歌声が聞こえてくるシーンなども忘れ難いものがあります。 黒沢監督には是非、もう一本、前田敦子主演で映画を撮ってもらい、歌うシーンを入れて、『Seventh Code』 、『旅のおわり世界のはじまり』と共に、前田敦子歌唱三部作を完成させてもらいたいものです。

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旅のおわり世界のはじまりのレビュー・感想・評価

旅 の おわり 世界 の はじまり

ホラー映画ではない黒沢清の作品でしたが、前田敦子の役柄がまるまるホラー映画の様な挙動不審、徘徊癖、情緒不安定、な演出だったので、逆に何故ホラー映画にしなかったのか不思議で、普通のドラマとして見るとあの主役の行動だけが気持ち悪過ぎました。 その他が全てモキュメンタリー的な自然体の演出だったので、前田敦子の演技というより物語上での行動だけが際立って異常に感じてしまい、黒沢映画としては今までと違う路線での失敗作 ヘンテコリンな魅力はありましたが という印象で、私的にはノレませんでしたね。 しかし、ウズベキスタンの風景や映像は非常に美しく観光映画としての価値はありましたが… 旅をする時って、楽しいようで、どこか一歩引いた目線で世界を眺めてしまう。 自分が、目の前にいる人達とは何か別のものに所属し、別の場所を目指している人間であると、ある意味線引きをすることでもある。 何にでも「No Thanks」で片付け、好意のお弁当にも鼻から見向きもしない葉子の旅路は、「本当は私は歌手なのに…」と、目の前の仕事を心の中で遠ざけてきた、今までの生活と重なる。 物見遊山的な人生。 加瀬亮に「君撮るの面白いよ」って言われるほどテレビリポーターとしては優秀だし、結婚までいきそうな恋人がいるなど、 しっかりと自分の人生を歩んできた軌跡はあるのに、自分で「本当にやりたいこととはどんどんズレていって」と、世界に線を引いてしまう。 しかしそんな中、警察のおっちゃんやテムルが心の扉をノックしてくれたおかげで、 実態を知ろうとしないままレッテルを貼っていた外国の街並みにも、血の通った同じ人間の営みがあることを実感する。 価値が無いと決めつけていた周囲に、自分の知らない可能性があることに気づく。 …その後日本に帰れる状況なのに、残って仕事に励んだってことは、そういうことでしょう。 そして恋人の生死が確認されたことで、自分の人生の中で「愛」が確信のあるものと気付く。 (テーマ曲が愛の讃歌なのは、人を愛することって、唯一、自分の内側から確信を持って溢れ出るものだからじゃないか?仕事や夢や物事の価値判断なんかは、色んな主観や要因で変わってしまうけれど) ほんで、山羊のオクーちゃんが、山のてっぺんに向かって生き生きと駆け上がっていく様子を見て、確信する。 かつては、「自分でロープを断ち切ることもできた。 本当は何を望んでいるの?」と尋ねたりもした。 でも、監禁されたり野に放たれたりされた、オクーちゃんの人生は、オクーちゃんにしか分からない。 同様に、自分が歩んできた旅路は、自分しか見たことのない景色なのに、 それを見たことのない誰かに良いとか悪いとか決められるのか、と。 ましてや自分が決められるか、と。 山のてっぺんは、登るために価値があるとされる目的地ではなく、登ってきた瞬間にだけ鮮明に感じられる景色(世界)である、と。 2回見て、このくらいの理解。 映画のタイトルそのものが、ネタバレ。 黒沢清監督は、女優、前田敦子の良さを1番よく知ってる監督だと思う。 ウズベキスタンで映画を撮りませんか?という企画から、 生まれたヒロイン映画。 前田敦子がヒロインでと脚本も監督自身のオリジナル。 ウズベキスタンに、撮影クルーのレポーターとして、加瀬亮、染谷将太、柿本時生、と共に、前田敦子演じるヒロインは同行してるのに、ポツンといる佇まい。 街中をさまようヒロインを追うように黒沢組の芦澤明子さんの撮影も黒沢作品としてはかなり自由に動いているのが新鮮。 コトバがわからない現地で、無茶なレポートをしていく中で、 カメラが回る間の笑顔とカットがかった途端、素の表情になる。 出会う動物。 ヒロインが歌う歌。 黒沢清監督とは 「Sevens Code」は前田敦子の曲のショートフィルム的な60分の作品。 ローマの映画祭で複数の賞を獲得するのもわかる60分に意外な展開のある紛れもなく黒沢清映画。 「散歩する惑星」は出番は少ないのに、前田敦子でしか演じられない瞬間。 これからも黒沢清作品の中の前田敦子を観ていきたい。 ちょうど半年前にウズベキスタンを旅したので、タイミングが合って鑑賞しました。 メディアに映る異国の地もメディアに映る自分の姿も一部だけを切りとって分かった様な気になってしまう。 そんな現代の違和感を主人公を通して感じました。 SMSも同じですよね。 プロフはウズベキスタンではとてもポピュラーなメニューなので、どこのお店でも大鍋に作り溜めしていると思います。 わざわざ撮影の為に作って貰わなくても、無かったらどこのお店にでもあるのでは?と思うのは、私がウズベキスタンに行った事があるからです。 また、ウズベキスタン人は、お土産屋さんを除いてあんなにがめつい感じではありませんでした。 国民のホスピタリティ最高でしたよ。 私が出逢ったウズベキスタン人も一部ではありますが。 旅番組を作る映画の裏方にリアリティが無いと思わせたのだとしたら、凄いですね。 それじゃ怪魚なんぞ獲れんだろw バイカル湖でいっその事水着姿で踊ってくれれば良かったものの、、、ぽ〜にぃて〜る〜、、。 〜あらすじ〜 冴えないB級番組収録の為、女性リポーターを演じるネガティブ洋子がウズベキスタンに行き奮闘する話。 ってか、中盤までのB級番組収録のくだり、どうにかならなかったのかな、、、と。 💦 食事ネタとかヤギのネタとか、、ネタって言えないんだよね。 B級番組や地方ローカル番組に逆に失礼。 収録時間外の前田敦子、もがきながらも探索するウズベキスタンでの展開、後半が生きないんだよね。 前田敦子のイヤイヤガンバルマン感は悪くない。 彼女にもう少しアクティブ感があればガラッと映画は変わっただろう。 ネガティブで愛の讃歌を歌われても困る。 異国の地は安心すれば溶け込むもんです。 素のままの様なウズベキスタンと撮影はいいだけに残念。 前評判が上々で、玄人受けする黒沢清監督なのと、 最近の前田敦子は目を見張るものがあるので、観に行ってきました。 観終わって、私には合いませんでした。 もうね、前田敦子にこういう「根性のあるバカ女」役はお腹いっぱいです。 これまでも何度も観ました。 彼女の可能性はもっと違う気がします。 ウズベキスタンの土地と風習、日本人の感覚との差異、 言いたいことは理解できましたし、絵も美しかったです。 でもね、こんないい役者たちを使っておいて、 贅沢な素材を使って、雑に盛り付けた料理みたいです。 勿体無い。 それしかない。 エンディングの歌も、 下手なのは問題ないですし、ディレイなしの生歌で表現したかったのも解りますが、 なんであんな素晴らしい景色で接写なんだろう…。 いろいろ、うーん、うーん…な作品でした。 寝坊してしまい、自力で撮影隊を追い掛けなければならない様な立ち位置にいる。 以後、色々と撮影するも自身の心は満たされない。 映画自体もこの時点では、一体(映画全体で何を表現しようとしているのか?)何を撮ろうとしているのか?は謎だ! ただ、ぶっきら棒な顔を終始している前田あっちゃんと、適当に撮影している様に見えるカメラマン役の加瀬亮。 何かにつけてジャパンマネーをチラつかせては、簡単に事を解決するのを選択する染谷将太等。 どうやら全員が、自分自身が今置かれている立場に満足はしていない様に見受けられる。 そんな時に前田のあっちゃんは突如街へと繰り出す。 ちょっとした買い物をはするが、一体何の為に街へ出るのかが分からず。 観ていて困惑してしまうのだが、そんな折に前田のあっちゃんは寂しそうな1匹の山羊を見つける。 映画は、見るからにこの1匹の山羊と。 前田のあっちゃんを一対の様な存在として見ている様に見える。 「この山羊を解放してあげたい!」 その想いこそは、満たされない毎日にあがき続けている自分に対し。 目の前の希望に迎え!と言っているかの様に…。 第2章 歌への渇望 毎度毎度、街へと繰り出す前田のあっちゃん。 まるで迷路の様な街並みをウロチョロウロチョロ。 それでいて、しっかりとホテルには帰れてしまうのが、全く持って意味不明なのだが(笑) そんなある日。 美しい歌声を耳にし、或る劇場へと迷い込む。 実は、前田のあっちゃんの夢は歌手で。 歌への渇望が強い。 この時に、舞台で熱唱する前田のあっちゃんと、客席でそれを聴いている前田のあっちゃん。 その導入の入り方。 更には(何故だかホテルに戻っている)目が覚めた時の部屋のノックの音。 風に揺れるカーテン。 揺れる陽だまりの妖しさ。 『岸辺の旅』や『ダゲレオタイプの女』等、近年の黒沢清映画で表現されて来た。 単純なホラー映画とは一線を引く、(一般映画なのに)黒沢清流ホラー描写が観ていて楽しい。 ホテルの部屋の中で、意味なくゴロゴラと転がる描写等は。 その直前に妖しく光る陽の光と共にこの作品で最高の白眉のシーンでした。 そんな時に、先日行った劇場の話題が。 その劇場こそ、日本人捕虜が建設時に尽力した劇場だった。 生きて帰れるのか分からないのに…。 そんな日本人捕虜の心の奥底と、今置かれている自分の立場の位置を探す日々との比較を…。 しかも今度は或る意味で表現者として。 「原発ですか?」 何気なく言った一言。 この一言こそ、前作の『散歩する侵略者』に繋がる台詞ではないだろうか?山羊を巡る騒動での、あっちゃんが全速力で走る横移動のカメラワークもやはり『散歩…』を彷彿とさせる。 第4章 エピローグ 映画は半ば強引に大団円を迎えるのだが。 まさかまさかの…。 まるでこの1カットの為だけに、それまでに2時間とゆう長〜い時間を掛けて来たみたいに。 ウズベキスタンで現地レポートするTVレポーターという設定なので、ナチュラルメイクでラフなスタイルですが、だからこそ彼女の持つ魅力が引き立っていたなと感じました。 (あっちゃんファンというわけではありません) 物語も「世界ふしぎ発見!」の裏側を見ているような面白さがあります。 1分の尺を撮るのにこんなに過酷なロケをしてるのかと、TVマン達への尊敬の念さえ抱きました。 特に絶叫マシンレポートは観てるだけでキツイ・・・。 一方で、葉子の行動にイライラする面も。 英語も話せないし若い女性、それに「私は結構用心深い」と自分で言ってるのに(フリなのか?)、夜の人気が少ない場所へ出歩いたり、一人で突っ走って迷惑をかけたり。 一応反省はしているようですが、そんな葉子を誰も叱責しないのも気になりました。 また、ミュージカル女優を目指しているため歌唱シーンがありますが、もう声量が無さ過ぎて聴いてられない・・・。 歌が下手なわけじゃないのですが、とにかく声が細いので、これでミュージカル出たいと言われても・・・。 どうしても気になる箇所もありましたが、人や国を見た目や偏見、情報だけで判断するのではなく、自分で感じたこと・見たことを大事にしていけばもっと分かり合えるというメッセージはとても良いし共感できました。 とはいえ、危険な国でふらふらするのは危ないので注意。 笑 ネタバレ! クリックして本文を読む 彼らのつくっている番組はどんなものなのか。 彼らはどんな画を撮りたいのか。 映画の初めから、葉子(前田敦子)は何かモヤモヤを抱えているように見えますが、 そのモヤモヤが何なのかはおそらく自分ではわかっていなくて、 なぜモヤモヤしているのかを探ろうともしていないように見えます。 だからもちろん、僕たちにもそのモヤモヤがなんなのかはわかるわけありません。 ただ、はっきり言えるのは、葉子のモヤモヤの原因は、 ウズベキスタンという日本から遠く離れた慣れない土地にいることではないということです。 岩尾に「歌が歌いたい」と告白しても葉子の心は満たされません。 また、葉子だけではなく、撮影クルーというコミュニティ全体を見ても「撮りたい画」が撮れないことにイライラしているように見えます。 ディレクターの吉岡(染谷将太)は、「撮れ高」を気にしてはいますが、果たして「撮りたい画」があるのでしょうか。 カメラマンの岩尾(加瀬亮)は、職人気質で仕事をこなしてはいますが、果たして「撮りたい画」があるのでしょうか。 ADの佐々木(柄本時生)は、気さくでテキパキしていますが、果たして「撮りたい画」があるのでしょうか。 きっとあるのでしょうが、誰もそれを言葉にはしません。 撮影が順調に進まないこともありますが、それだけではないでしょう。 だからもちろん、僕たちにもそのイライラがなんなのかはわかるわけありません。 ただ、はっきり言えるのは、「撮りたい画」が撮れない原因は、 ウズベキスタンという日本から遠く離れた慣れない土地にいることではないということです。 囚われのヤギを解放する画を撮っても撮影クルーの心は満たされません。 映画に流れている、このぼんやりした倦怠感、鬱積感が一変するのは、 葉子がウズベキスタンの警察署で「東京湾の石油コンビナートの大規模火災」を見たときです。 東京湾で消防士として働く恋人に連絡を取って安否を確認したいあまり、 葉子は「Wi-Fiどこ?」と言い放ちます。 ウズベキスタンにある彼女が、ここで初めて周囲の人に「要求」します。 この真剣味のある「要求」が持つ意味を理解できない人はいないでしょう。 つまり、この時の葉子の気持ちは、国籍など関係なく、周囲の誰しもが理解できます。 この時、葉子は「世界と同化」したのです。 日本語の「世界」にはいろいろな観念がありまして、 英語にすると World や Universe がありますが、この場合の「世界」はどちらでもなく、 「自分が今まさに現実に知覚しているものによって脳が描き現したすべて」という観念で、 あえて平易な言葉に置き換えれば「状況」です。 ウズベキスタンという見慣れぬ土地で、世界と同化する経験を経た葉子は、 その後、ようやくウズベキスタンの景色をありのままに知覚できるようになったように見えます。 葉子の言葉で置き換えれば、「心がついてきた」ということでしょうか。 ラスト、世界に「心がついてきた」葉子は、 ウズベキスタンの雄大な光景をバックに歌を歌います。 「世界と同化」しなければ、歌は歌えませんし、「撮りたい画」は撮れません。 彼らのつくっている番組はどんなものなのか。 彼らはどんな画を撮りたいのか。 そこには一切触れずに、映画のおわりまで誘うのはさすがというより他ありません。

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『旅のおわり世界のはじまり』、前田敦子の絶妙さ

旅 の おわり 世界 の はじまり

解説 カンヌ国際映画祭で受賞を果たした「岸辺の旅」など国内外で高い評価を受ける黒沢清監督が、「散歩する侵略者」「Seventh Code」でもタッグを組んだ前田敦子を主演に迎え、シルクロードを舞台に、日本とウズベキスタンの合作で製作したロードムービー。 取材のためにウズベキスタンを訪れたテレビ番組のレポーターが、番組クルーとともにシルクロードを旅する中で成長していく姿を、現地でのオールロケで描いた。 いつか舞台で歌を歌うことという夢を胸に秘めたテレビ番組レポーターの葉子は、巨大な湖に潜む幻の怪魚を探すという番組制作のため、かつてシルクロードの中心として栄えた地を訪れる。 早速、番組収録を始めた葉子たちだったが、思うようにいかない異国の地でのロケに、番組クルーたちもいらだちを募らせていく。 そんなある日、撮影が終わり、ひとり町に出た葉子は、かすかな歌声に導かれ、美しい装飾の施された劇場に迷い込むが……。 葉子と行動をともにする番組クルーたちに、加瀬亮、染谷将太、柄本時生と実力派が集結。 2019年製作/120分/G/日本・ウズベキスタン・カタール合作 配給:東京テアトル スタッフ・キャスト ウズベキスタンについてよく知らなかったので、楽しみにしていた。 どこまでこの国について知ることはできたかは怪しいが、主人公もまた異国の地を知らない人物であるから、主人公と同じ目線で映画を堪能できた。 テレビ番組のロケ一行は珍しいものを探してウズベキスタンをさまよう。 幻の魚を求めて人工的にできた湖を訪ね、移動遊園地で乗り物体験するなど、よくあるレポート番組のロケ風景は何か空虚さを感じさせる。 前田敦子演じる主人公が、道に迷った途中で見つけたヤギを放してやろうと提案する。 むやみに現地の生活に踏み込むべきなのだろうかとも思うが、あれはなんだったのだろう。 ミュージカル女優を目指している主人公が劇場で突然歌い出すシーンと大自然背景に「愛の讃歌」を歌うシーンは見惚れる。 前田敦子はとても絵になる女優だなと思った。 テレビで彼の危機を知るシーンは、『ニンゲン合格』を思い出した。 ネタバレ! クリックして本文を読む 黒沢清監督と前田敦子の3度目のタッグ作。 自分もアイドル時代はさておき、女優としては惹き付けられる存在。 『苦役列車』『もらとりあむタマ子』『イニシエーション・ラブ』『モヒカン故郷に帰る』『町田くんの世界』…。 今もアンチ派には徹底的にフルボッコにされているが、その実力や魅力は着実に磨かれている。 本作も然り。 舞台で歌う事を夢見る葉子は、TVのバラエティー番組のレポーターとして3人の撮影クルーと共にウズベキスタンへ。 自分の本来の夢とは違う望まぬ仕事。 ワガママ言って拒否はせず、要求されれば何でもやるが、少々投げやりイヤイヤ感が。 夢はあるものの、本気でそれに向かおうとしているのか。 自分の生き方も明確に見出だせない。 恋人との結婚も考えているが、本当に望んでいるのか。 典型的な優柔不断ヒロイン。 決してイラッとさせるムカつくタイプではないが、心を開かない性格のようで、時々言動が分かりかねる事も。 迷子になる事2回、警察に身柄を預けられる事1回! そんなヒロインがこの旅の中で異国や人々と触れる。 トラブルやある悲しみを経て、再認識していく。 成長していく。 心の底から解放されていく。 それらを繊細に演じている。 前田敦子のPVでもあった。 撮影の目的は、巨大湖の幻の怪魚探し。 TVで放送されたらついつい見てしまいそうな面白そうなネタだが、黒沢清がすんなりバラエティー番組なネタを撮る訳がない。 メインは先にも述べたが、ヒロインの彷徨。 作家性の強い黒沢清らしい作品ではあるが、好みは分かれそう。 でもちゃんと、海外ロケを行うTVバラエティーの苦労も。 トラブル続き、尺が足りない、イイ画が撮れない、何より現地の人との考えや価値観の違い。 大変だなぁ…。 そうやって我々は、TVで楽しませて貰っている。 コロナが終息したら再び、TVバラエティーで海外旅を。 撮影クルー役に加瀬亮、染谷将太、柄本時生ら実力派。 異国の地で五里霧中だった葉子が自分の夢をはっきりさせたのは、買い物の最中、美しい歌声に導かれナヴォイ劇場を訪れてから。 撮影NGの場所に入ってしまい、警察に身柄を拘束される…否、これは誤解で、ただ事情を聞きたかっただけ。 心を開かないから、相手に伝わらない。 話さないと分からない。 東京から届いた大事故ニュース。 恋人の身を案じる。 それらを経て、葉子は確かに変わった気がした。 何をしたいか、何を伝えたいか、何が大事か。 日本とウズベキスタンの国交25年、日本人が建設に関わったナヴォイ劇場70年記念作。 異国同士の交流。 葉子が解放したヤギの姿。 圧倒的なウズベキスタンの大自然の美しさ。 葉子自身も解放され、それらに抱かれ心の底からの歌声…。 世界の果てで、自分のはじまり。 前田敦子さんの、この映画の独特な雰囲気に合った絶妙な演技、素晴らしかった!!なかなか心を開かず、現地で打ち解けようとしない旅人を見事に表現。 ナボイ劇場や最後の高原でのあっちゃんの歌、感動する。 旅のおわり世界のはじまり…という意味は見ていくとジワジワとわかる感じがする。 旅人である葉子に警察官が、きく、なぜ話し合おうとしないのか、話し合わないと分かり合えないのでは…と。 世界のはじまりのきっかけを与えてくれるような言葉であり、ウズベキスタンの警察官が紳士的で優しい! こんなに現地の警察官って優しいのかな…って警察署の場面では一瞬思ったが、この映画を、通して、一貫して現地の人たちが、あたたかい!プロフのお母さんも実は暖めてプロフだしてたし、ヤギのお母さんもヤギを再び捕まえてないし、あの湖の気分屋漁師もめちゃくちゃいい人じゃん!?ウズベキスタンの人たちの優しさが本当に伝わる映画!! 取材の気持ちをつまらなくさせてたのは、分かろうとしない日本人の側の問題だと、だんだんと気づかされる… そのウズベキスタンの人たちの優しさがあったからこそ、葉子は、自分の世界をみつけ、世界をはじめられるようになったと思える!!ウズベキスタンを好きになれる!!• 「デスカムトゥルー」 C IZANAGIGAMES, Inc. All rights reserved. 「ソニック・ザ・ムービー」 C 2020 PARAMOUNT PICTURES AND SEGA OF AMERICA, INC. ALL RIGHTS RESERVED. 「エジソンズ・ゲーム」 C 2018 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved. 」 C 2019 Sony Pictures Television Inc. and CBS Studios Inc. All Rights Reserved. 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

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